第2-2話 皮から作る水餃子と占いと(2/4)
「お好きな席にどうぞ」
考え事をしながらレッスンルームへ入った早都に、佐和先生が声をかけた。
(そうだ。今日は、私が一番だった……)
いつもは、誰かしらが先に席に着いている状態なのに、今日は座席が選び放題。早都にとっては、それも悩ましい状況だった。
(佐和先生の包むところをよく見たいけれど、近くに座っていいのか、遠慮した方がいいのか。せっかくのチャンスだから、先生の近くに座るとして、右側から見た方がわかりやすいのか、左側から見た方がいいのか…)
早都は、しばらく悩んだ末、ハンター久保さんがいつも陣取っている席、佐和先生の左手側に座ることに決めた。
(ハンター久保さんのチョイスに間違いはないはず。今日は、久保さんは受講しないようだし)
(あ~あ、久保さんの名前は思い出せるのに、北島さんタイプさんの名前は、やっぱり出てこない……。でも、きっとレッスン中にわかるよね)
早都は、北島さんタイプさんの名前を思い出そうとするのをやめた。
早都の前の席には、ウッチーが座った。
「そのエプロン、かわいいですね。そのイラストは、肉まんですか?」
ウッチーが、すかさず佐和先生に尋ねた。今日の佐和先生は、濃紅色の地に白い線でイラストが描かれたエプロンをしていた。
「そうですね。あんまんかもしれませんが、きっと肉まんです。この前、台湾へ研修に行った時に買ってきました」
「めっちゃ、好きです、その感じ。他にも何か買われましたか?」
ドリンクコーナーで飲み物を入れながら、ウッチーが、質問を続ける。
「このシリーズのものを色々と。ほら、このバッグも」
佐和先生が、足元に置いてあったバッグを手に持って、見せてくれた。それは、たくさんの肉まんモチーフが一面に描かれている、トートバッグだった。肉まんモチーフは、規則正しく、整列して描かれている。でも、イラストそのものがラフなので、きちっとした感じになり過ぎていないところが、ちょうどいい。早都は、シリーズものをいくつか購入したという、佐和先生の気持ちがわかる気がした。
(エプロン、トートバッグ……他には、何があったのかな?タオルとか?)
「こちらよろしいですか?」
足音をたてることなく、静かに早都の隣の席まで歩いてきた貴婦人さんが、早都に話しかけた。
「どうぞ。よろしくお願いします」
少し緊張しながら、早都は応えた。
「先生の台湾研修のお話でしたか?」
貴婦人さんが、尋ねてきた。佐和先生は、台湾研修のことをブログにあげているので、貴婦人さんもそれを読んでいるのだろう。
「そうなんです。今日の先生のエプロン、台湾で購入していらっしゃったものだそうです」
「かわいいですね。先生の雰囲気に、とても合っていると思います」
貴婦人さんは、静かに微笑んでから、飲み物を一口、口に含んだ。
後の2人も、席に着いた。ウッチーの隣には岡田さん、佐和先生の向かい側のお誕生日席には北島さんタイプさんが、座った。今日の北島さんタイプさんは、ドット柄のワンピースの上に、ダークパープルのシャツワンピースを羽織っていた。シャツワンピースを羽織って着るスタイルは、北島さんもよくやっているものだ。
(ファッションまでもよく似ている~)
早都は、思わず顔がほころんだ。
レッスンが始まった。
「11月に入りましたね。点心の季節の到来です。夏の間お休みしていたレッスンメニューも再開します。原田さん、お待たせしました」
(佐和先生、私が初夏に水餃子レッスンのリクエストをしたこと、覚えていてくれたんだ)
佐和先生に笑顔を向けられた早都は、嬉しくなると同時に、恥ずかしさで顔が真っ赤になった。
「今日のレッスンメニューは「水餃子」です。「水餃子」は、北京や上海などの寒い地方でのお正月の食べ物です。香港とか南の地方でお正月に食べるのは「大根餅」です。寒い地方は、小麦の文化、南の方は、お米の文化なんですよね」
早都は、「大根餅」も受講済みだ。
(そう、そう。大根餅のレッスンでも、そう習ったっけ)
佐和先生の説明が続く。
「全体の流れですが、まずは、皮を作っていきます。途中で、2回、生地を寝かせる時間があります。その間に、具の作り方の説明をし、実際に具を作っていただきます。皮と具ができたら、包んでいただきますね」
「早速、皮を作っていきましょう。今回用意している小麦粉は、目の前のスーパーで購入した商品ですが、この商品に拘らず、ご自宅にあるものを使っていただいて大丈夫です」
佐和先生のお教室の向かいには、大手のスーパーがある。「スーパーで手に入る材料で、手軽に手作り点心を楽しんでもらいたい。点心を包む人が、増えてほしい」というコンセプトに沿ったメニュー作りをしている佐和先生。お教室で使っている小麦粉の銘柄も、一般的なスーパーに必ず並んでいるものだ。
「今回のメニューでは、粉を振るう必要はありません。ボウルの中に全ての皮の材料を入れて、よく混ぜてください」
「粉っぽさが無くなったら、捏ねてくださいね」
皮を作るのは、いくつかのレッスンで経験済みの早都。初めて小籠包を習った時とは違って、落ち着いて作業することができた。
「この状態になったら、生地を一つにまとめてください。ここで、一度、時間をおきます」
クッキングマットの上に出した生地にボウルをかぶせて一息。すぐに、佐和先生から、具の材料と作り方の説明があった。
「休ませた生地をもう一度捏ねてから、具を作りましょう」
生地にかぶせていたボウルをはずし、今度は、クッキングマットの上で生地を捏ねる。向こう側の生地を手前に持ってきて中央に重ねる。生地を少しずつ回転させながら、これを繰り返す。
「岡田さん、パン作りの経験がおありですか?」
佐和先生が、岡田さんの方を向いて微笑みかける。
「えっ、わかりますか?」
「捏ね方が、パンのそれです」
「そうなんです。パン作りに、ハマっていた時期があります。その時は、毎朝オーブンで手作りパンを焼いていました」
「ホームベーカリーではなく?」
「そうです。自分で生地を捏ね、成形して、焼いてました」
(素敵……)
早都は、焼きたてパンの香ばしい匂いがふっと漂ってきたように感じた。
「とても慣れた手つきです。ただ、水餃子の皮を作る時は、もう少し力を抜いた方がいい感じに仕上がりますよ」
「こうですか?」
「そうそう、いい案配です。皆さんもいいですね。形を整えて、もう一度休ませましょう。この間に、具を作ります」
佐和先生が、豚肉の入ったボウルをキッチンから持ってきた。
今日も、お隣さんとペアで、具を作る。早都は、貴婦人さんとペアだ。
「お願いします」
貴婦人さんが、そう声をかけてくれたので、早都は手袋をして、一生懸命に具を混ぜた。
「そろそろ青物を入れましょうか」
貴婦人さんの問いかけに、早都は具を混ぜていた手を止め、ボウルを貴婦人さんの方へ差し出した。貴婦人さんは、美しい手つきでボウルにニラなどを加え、ゴムベラを使って具を仕上げてくれた。
ここでもう一度皮を捏ね、次は「包む」工程へ。材料と包み方は違うが、1個ずつの皮の重さを量るところも、皮を伸ばすところも、具を載せて重さを量るところも、手順は小籠包と同じだ。
丸く伸ばした皮を手のひらに載せ、具を載せた佐和先生が、包み始める。
「ヒダは、中心に向かってたたみます。真ん中をピタッと閉じ、右から3つ、左から3つ。真ん中が「春」、そして右側が「夏・秋・冬」、左側が「冬・秋・夏」を表しています。前の年と次の年の交わりはしっかりと交わるように、左の1番目のヒダは、右の1番目のヒダにしっかりと重ねてください。残りのヒダは、重ならないようにしてくださいね」
説明をしながら、佐和先生は2つ、3つと水餃子を作ってくれた。佐和先生が作る水餃子は、コロンとした形がかわいい水餃子だ。佐和先生が包むところを動画に撮ったり、佐和先生の指の動きをじっと観察したりしていた早都は、
(小籠包よりも簡単な包み方だから、これは速く包めそう)
と、嬉しくなった。
「でき上がった水餃子は、置く向きにも注意してくださいね」
佐和先生のクッキングマットの上を見ると、デモンストレーションで作った水餃子が、向きを揃えてコロン、コロン、コロンと並んでいた。
「さあ、皆さんも包んでみてください」
今日も佐和先生の明るい声で、エールが送られた。みんなが一斉に皮の重さを測り始めた。水餃子は、皮と具が同じ重量、厚めの生地なので、小籠包のように皮が破れてしまう心配がない。
(よし、頑張ろう!)
(真ん中を綴じて、夏・秋・冬、交わりはしっかりと、そして冬・秋・夏)
心の中でそう呟きながら、早都は、水餃子を包んでいった。
(いいペースで包めているけど、でも、どこか佐和先生のと違うのよね)
5個包んだところで、早都はいったん手を止め、ウッチーと岡田さん間で、岡田さんに包み方を教えながらデモンストレーションをしている、佐和先生の手元を見た。
(相変わらず、滑らかな動きで、見惚れてしまうなあ。具は、静止したまま、皮だけが、先生の人差し指に導かれて中心へ集められていっている。皮と具の間に、薄い空気の層があるみたい。美しい……)
(そっか。私のは、ヒダが短いんだなあ。次は、もうちょっと長いヒダを作るようにしてみよう。ヒダを長くするには、どうしたらいいんだろう?)
早都は、包む作業を再開した。
(真ん中を綴じて、夏・秋・冬、そして冬・秋・夏)
突然、佐和先生が、早都の方を見て質問を投げかけた。
「原田さん、今年の夏に何かありました?」
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