おうちカルチャー マニア
志木 柚月
プロローグ
今にして思えば、しゃぼん玉のようなボール型カプセルではなく、バランスボールのようなボール型カプセルの中の出来事だった。原田
早都の頭に思い浮かんでいるのは、たくさんのボール型カプセルで構成されている世界。家というカプセル、学校というカプセル、職場というカプセル。自治会やサークル、スポーツジムにカルチャースクール等々。それぞれのコニュミティ・クラスターごとの、大きさも、色も、浮かんでいる高さも違う、ボール型カプセルで満ち溢れている世の中だ。そして、私たちは、それらの間を行き来して暮らしているのではないかとイメージする。
しゃぼん玉のように、透明でオープンなカプセルがある。そこには、開放的で流動的な世界が広がっている。それとは逆に、限りなく不透明に近いバランスボールのようなカプセルもある。内部が見えない、外からの圧力にも反発する、閉鎖的な世界。なぜ、あのカプセルの中で働き続けてしまったのだろうか……
初めは気が付かなかった。あるいは、それほど閉鎖的ではなかったのかもしれない勤務先の会社カプセル。それが、人が入れ替わるごとに、だんだん地下に潜るように頑なさと不透明さを増していき、とうとう本性が露わになってしまった。一見、民主的でオープンなイメージだったカプセルが、実はモーレツ社員が称賛されていた時代の感覚が連綿と受け継がれている、カモフラージュはしているけど根底には封建的な考えが根強く残っている旧態依然とした体質の会社カプセルだったのだ。
「ご主人がいるんだし、別に原田さんが働く必要はないんじゃない?」
「1汁3菜って言葉、知らないの?もっと料理に時間をかけたら」
「子どもを抱いたままでも履きやすいからって、そのペタンコ靴はないんじゃない?」
そう言えば、この会社に転職した頃から早都はいくつかの違和感を抱いていた。それは、じわじわと、まるで落雷を伴う雨雲が広がるように早都に覆いかぶさってきた。そのうちのいくつかは稲光りをし、トゲのように早都の心に突き刺さった。すぐに抜けるトゲもあったが、なかなか抜けず深く刺さりっぱなしになる太いトゲもあった。初めは、感覚や生き方の違いとやり過ごしていたことも、何度も何度も多くの人から同じことを聞かされると、それが唯一の真実のような気がしてくる。
10年目のある日、いくつものトゲが刺さったまま、早都は横浜の小さな会社カプセルを飛び出した。
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