第1-3話 今日のレッスンメニューは小籠包(3/4)
具と皮ができたところで、いよいよ包む作業に突入だ。
「8gに分けた皮に、具を17gを載せて、トータル25gで包んでいきます」
佐和先生が、後半の作業を説明してくれた。
(皮も具も計量しながら作っていくなんて、びっくり。目分量ではダメなのね。結構細かい作業だなあ)
早都は、憂えた。
「まずは、8gの皮の材料を10個分作ってください。先ほど捏ねた皮を棒状に伸ばして、カードで切りながら量ると、いいですよ」
(皮の材料を棒状に伸ばすなんて、粘土工作みたい。子どもの頃、粘土のひもを作るのが、苦手だったんだよなあ。手で転がしても、なかなか細く長くできなくて……)
早都の懸念は、ますます大きくなった。早都が不安を抱えながら、皮をコロコロ転がしていると、
「同じところでコロコロしていても、細くなりませんよ。転がす手の位置を、中心から端へずらしていくようにすると、細い棒状になってくれますよ」
佐和先生が、誰にともなく声をかけてくれた。そのアドバイスどおりにすると、皮が思い通りに伸びてくれた。
(助かったぁ)
早都は、ほっと胸をなでおろした。
「目分量に自信あり」を自負する早都にとって、8gずつにカットするのは得意分野。そこは、サクサク作業し、次の工程の説明を待った。
「1枚分の皮の材料を取ったら、打ち粉をして、全体に粉がまぶされるようにくるくるします。そして、手のひらで潰します。そのあと、麺棒を使って、ちょうど手のひらに乗るくらいの大きさになるまで皮を伸ばします」
佐和先生が、右手で麺棒を操作しながら、左手でリズミカルに皮を回していくと、大きめのそら豆くらいの大きさだった皮が、あっという間に、直径が6~7cmくらいの薄く丸い皮になっていった。
「まずは、麺棒の使い方を練習してみましょう。1枚、皮を伸ばしてみてください」
ついに、麺棒の登場だ。早都は、麺棒も、ほとんど使ったことがない。覚束ない手つきで、麺棒を動かす。軽く転がしたつもりが、力強く皮を押してしまったようで、皮に波波の跡が付いてしまった。思わず力んでしまっている自分に気づいた早都は、ふ~っと息を吐いて脱力、手首を軽く動かして仕切り直した。
(力まない、力まない。)
(麺棒を、前後、前後。皮を伸ばして……と)
(あれ?丸くならないっ。楕円? というより、長方形に近いかも。こんな皮でも、包める???)
「原田さん、左手の動きをもう少し小さくしてみてください。慌てなくても、大丈夫ですよ」
「クレスウェルさんは、皮の真ん中より手前で麺棒を戻すようにしてください」
「滝川さん、きれいにできていますね」
「深谷さん、そのくらいの大きさでいいですよ」
「久保さんは、もう少し大きく伸ばした方が、包みやすいと思いますよ」
佐和先生は、一人ひとりに声をかけながら作業テーブルを一周した。そして、早都の席で1枚皮を作ってくれた。
「見本にどうぞ」
佐和先生は、作った皮を早都の作業板の右上において、自分の席へ戻っていった。
「では、具を包んでみましょう。作った皮を左手に載せ、真ん中に具を取ります。全体で25gになるように、具を取ってください」
佐和先生が餡ベラで取った具は、早都が思ったよりもたっぷりだった。その具を、餡ベラを器用に使って、キュッキュッと皮の中心に押し込み、安定させる。そして、サッサッサッサッとヒダを作って、包んでいった。「小籠包」の完成である。
「こんな感じです」
佐和先生は、左手の上で形を軽く整えた後、でき上がった小籠包をキッチンマットの上に置いた。
「復習レッスンの滝川さんは、どんどん包んでいいですよ。他の皆さんは、もう一度包むところを見てください。動画の撮影もいいですよ」
麺棒を前後にクルクル、皮を丸く、手のひらサイズに伸ばすと、具を載せて、ヒダを作って包む。佐和先生の動きは、スムーズすぎて、あっという間に、次の小籠包が完成してしまった。早都は、スマートフォンでの撮影に気を取られすぎ、あまり良く見てなかったことを、後悔した。
「初めての皆さんは、ヒダの数は、15を目標に、包んでみてくださいね。では、やってみましょう」
佐和先生の声が、明るく響く。これから難しい作業に入る受講生に、エールを送ってくれているように早都は感じた。
(やるしかないよね。手順は、皮を伸ばして、具を載せて、量る)
(麺棒を前後、前後。左手は、少しずつ動かす)
(おっ、皮はまずまず。いい感じ。次は、具)
(あれっ、重さが全然足りない。もっと具を載せないと……)
(確かに、具は目分量では難しいかも。まだまだ載せないと、25gにならないなぁ)
「滝川さん、上手にできていますよ。さすがですね」
「久保さんは、ヒダをもう少したくさん作れるといいですね」
「クレスウェルさん、もう少し皮が小さい方が、包みやすいですね」
「原田さんは、もう少し皮を伸ばしてもよかったかも。ちょっと、貸してください」
そういうと、佐和先生は、25gの具をうまく載せきれないでいる早都の手から、皮をさっと受け取り、キュッキュッと餡ヘラで具を押し込むと、スッスッスッスッとヒダを畳んで、小籠包を作ってくれた。佐和先生の手に包まれると、薄い皮も、決して破れることのない丈夫なものと錯覚してしまう。
(さっきまで私が四苦八苦していた皮だよね……)
「今度は、もう少し大きめの皮を、作ってみてください。その方が、包みやすいですよ」
佐和先生が、優しく教えてくれる。
「はい」
(よし、次。皮は、もう少し大きくね)
「先生、私のは穴が大きすぎる、と思うんです。どうしたらいいですか?」
復習レッスンの滝川さんが、佐和先生に質問をした。早都が、夏木先生タイプさんと命名した人は「滝川さん」という名前の方だった。滝川さんは、形の美しさを追求しているようだ。
「もう少し指先の方だけで摘まむようにすると、上の穴が小さくなりますよ。最後の一捻りもポイントですね。もう一度やってみますよ」
佐和先生が、新しい皮を作って包み始めた。早都は手を止め、佐和先生の手元を注視した。皮を伸ばして具を載せる。餡ベラでキュッキュッ。テコの原理を使っているというこの動作が、
(とても理にかなっていて、美しい)
と、早都は思った。この動きで皮に具を載せた時の、ヒダを折る前の小籠包の形にも、早都は引き付けられた。ぽんっと膨らんだ後ろ姿が、とても美しいのだ。佐和先生のそれは、生徒のものとは一味違うきれいな半球形、それをそのままオブジェにしたいくらいの完成度だ。包む前なのに美しい。完成形の美しさが、約束されているかのようなクオリティーだ。
(裏を返せば、包む前が美しくなければ、完成形もそれなりにしかならない、ということかもしれない。きれいにできるように、頑張ろう)
「皆さん、初めてにしては、とても上手ですよ」
佐和先生は、励ましの言葉をかけながら、順番に生徒の隣に立ち、見本の小籠包を包んだり、アドバイスをしたりしてくれた。
この場面でも、ハンターの先生への質問は、容赦がなかった。「皮の大きさは、これでいいか」「具の載せ方は、どうか」「ヒダ寄せ方は?」等々。デモンストレーションも、何度も依頼していた。ハンターに確保されて、かなり長い時間足止めされている佐和先生に、早都が話しかけられずにいると、
「あぁ~。先生、皮が破れてしまいました」
北島さんタイプさんが、佐和先生を呼んだ。
「具を戻して、皮から作り直しましょう。皮の中心を厚めにすると、破れにくくなりますよ」
佐和先生が、ハンターの元から、移動してきてくれた。
「具が多くて、どこから包み始めたらいか、わからないです」
ようやく、早都も質問ができた。
「具は一度に載せるのではなく、少しずつ押し込んで載せていくといいですよ。皮は、摘まみやすい所を探して、そこを起点に包んでいきましょう。この場合は、この辺りから始めるといいですよ」
疑問が解消された早都は、止まっていた手を、再び動かし始めた。
「うまくいかなかったものは、具を戻して、皮から作り直してください。せっかくですから、たくさん練習しましょう」
「難しい~」
「あ~、やっちゃった」
「これは、いい感じにできました」
という声が聞こえて、賑やかだったお教室も、いつの間にか、みんなが無口になり、それぞれが30個作り終わる頃には、静かな空間になっていた。早都も、夢中になって包んでいたようだ。包み終わって、肩がコチコチ、足がパンパンになっていることに気が付いた。
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