透明

高田れとろ

第1話

ふと、昔のことを思い出してみたい時がある。


かすかに覚えているあの感情を、もう一度。

心の中に取り出して、温め直す。


白く固まった脂肪のような感情を溶かし、クリアーにするのだ。


整理整頓。

潔く。


掻き消したくなる感情もクリアーになれば、残しておける。


ガラクタの中から探り出す。

今日はこれが指先に引っかかった。


高校生の頃。


家を出て、徒歩二十秒のところにあるバス停からバスに乗る。


朝夕のラッシュ時間にしか人は乗らないこのバス停からは、

私を含めて五人が乗り込む。


すでにいくつかの手前の停留所で何十人もの人が乗車。

バスの床に靴の底が着けば良いほどの混雑。


次のバスは三十分後。


どうしてもそのバスに乗らなければ遅刻する。

皆、同じ状況。


駅前のロータリーでバスを降りる。


バスは私を降ろすと、今、走ってきた方向の名前を背負い、

再び向かい側にあるバス停に停車する。


私は定期を持ったままバスを降り、別のバス停の前に立つ。


多くの人は、電車の駅へと流れていく。


毎日同じ場所から同じ場所へ、

レールの上を滑り歩くように。

決して踏み外すことはない。


次のバス停では、痩せた老人がバスを待つ。

私がバス停に到着する頃には、すでに老人はそこに立っている。


その老人とは毎朝出会うが、挨拶などしたこともない。

視線を合わせたこともない。


涼しく微笑んで、じっと前を見ているだけの老人は、

ここから二つ目のバス停で下車する。


大きな病院の前だ。


私は終点まで乗車する。

田舎の、さらに田舎にある高校へ通っている。


定刻通り、私と老人を乗せたバスはゆっくりと発進する。

終点までの乗車時間およそ五十五分。


この長い時間が、私には短い。


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