第60話 17歳 戦う順番待ってます

 Τιγριςが住んでいる付近には、ゴンドラが設置されていはいない。Τιγριςと六花を求めて戦う場所になるからだ。

 戦いの余波で、ゴンドラのロープが切れてしまったりするのを避けるためだ。


 私は、世界樹の樹にかけられたハシゴをするすると登っていく。


 頭上では、ときおり閃光が走ったり、爆音がしたり、予期しない突風が吹いたりしている。精霊術を使い合っているのだろう。


 それにしても……と私は、Τιγριςの姿を見上げる。


 羽根の付いた猫科の大型獣というような姿だった。はっきり言おう……羽根のはえた虎だ。体のシマシマ模様は、ライオンではなく虎で間違いないだろう。


 世界樹の樹を重力を無視したかのように、上下に走り回っている。男性のエルフを追っかけ回している……。


 当たり前のことだが、私たちエルフは空を飛ぶことなどできない。世界樹か、もしくは枝を足場にして戦わなければならない。


 あっ、エルフの人が弓矢を放った。しかも精霊術で加速・強化している。


 獲物を狩るために放つような矢ではない。仮に、あれほど速度をあげて、強化した矢を猪や鹿に当てたら、そのまま木っ端みじんになってしまい、皮やお肉を食べるどころではなくなってしまうだろう。


 完全に、相手を殺すつもりで放つ弓矢だ。


 カーンという音が大気を震わせる。


 あっ、でも弾かれた。ネコが、猫じゃらしを右手の爪でニャッ! と遊びで引っ掻くような感じだったのに、矢の勢いはすっかり止まり、そしてそのまま世界樹の枝の葉の中へと落ちていった。


 足場の悪いところで戦わなければならない。Τιγριςは空を飛べて、足場が悪いというのは、私にとってはデメリットだけど、相手のデメリットにはならない。むしろ、足場となる枝や幹が少なく、空間が開けている。Τιγριςは、自由自在に空を飛び回っている。

 完全にΤιγριςが地の利を得ている。


 お父さんと狩りに行ったときに教えてもらったことを思い出す…………。


 ・


 ・



 今よりずっと幼い時だった。私は弓矢の矢羽根の材料にするため、はやぶさを狩ろうとしていたが、飛んでいる隼に矢を当てることができないでいた。


「また避けられた……あんな早いの、無理だよ……」


『いいかい、エステル。Δάφνηの民が狩ることができないものなんていない。エステルが隼のこと、森のことを知らないからなんだ。よく見ててごらん』


 お父さんが弓を構え、気配を消して森と同化していく。隼が飛んできた。すっと弓を引き、矢を放つ。


 矢は隼に命中した。


「お父さんすごい! いま、矢に向かって隼が自分から当たりに行ったみたいだったよ! どうやったの!?」 


『父さんはエステルより、ずっと隼のことを知っているからだよ。隼があの小枝の上を飛んでいたムクドリを見つけて捕まえようと殺気を放ったのは分かったかい?』


 私は首を振った。私は隼だけにしか注目していなかった。


『狙いを定めた隼は、獲物に集中する。そこに隙が生まれる。それに、隼はムクドリを捕獲しようとするのだから、飛ぶ進路だって予測できるだろう? 隼のことをもっと知るんだ。獲物のことを獲物以上に知るんだ、エステル』


 ・


 ・


 

 そうか! 分かった気がするよ、お父さん!


 そうなのだ、簡単なことだ。


 いま、Τιγριςは、他のエルフと戦っている。相手に集中している。つまり、この付近の何処かにある六花への注意はおろそかになっているはずだ。


 べつに、あんな羽の生えた恐い猛獣と戦って六花をゲットしろとは言われたわけではない。六花を取りなさいと言われたのだ。


 Τιγριςが戦いに夢中になっている隙に、六花を取る! 


 私は、世界樹の葉を集め縫い合わせ、葉っぱのローブを作る。これを被れば、周囲の葉っぱに紛れて、枝の中を密かに移動することができる。


 ふふふ。戦わずに六花を楽してゲットできそうだ。


 私は気配を消して、静かに世界樹の幹を移動していく。Τιγριςがこのあたりにいるということは、この付近に六花があるということだろう。


 あっちかな?


 私は、静かに匍匐前進で進んで行く。急ごしらえだけど、世界樹の葉のローブは、枝の間を移動するときには迷彩服のように私の姿を捉えにくくしてくれる。


 おっ! あれだ! 薔薇のような花が三つ咲いている。きっとあれが六花だ。


 ふふふ。Τιγριςも私に気付いた様子はない。完全に気配を消した私を、戦闘に気をとられながら見つけるなんて無理なはずだ。


 私は、匍匐前進でゆっくりと近づく。焦らず、躊躇わず、ゆっくりとだが、確実に音を立てずに進む。


 よし、あと100メートルくらいだ。一気に走って取るか? このまま隠れながら取るか? 二度目は通用しないだろう。チャンスは一度きりだと考えた方がいい。それなら、慎重に隠れながら進んで行こう……。


「ねぇ、そこのあなた、何を遊んでいるのかしら?」


 あれ? なんか声がきこえた。Τιγριςは、男のエルフと戦っている。こちらに気付いていない。


 気のせいかな? でも、お茶の良い香りがする。


「ねぇったら! もうまったく!」


 私が被っていた世界樹の葉の迷彩服をばっとめくり上げられた。


 私が枝に張ったままの体勢で顔を上げると、そこには、女性のエルフが仁王立ちしていた。


 同じ黄色いワンピースを着ている。それに……エルフって銀髪で、ストレートの髪質だと思っていたのだけど、なぜこの人は、銀髪縦ロールの髪型なのだろうか?


 パーマとかエルフにもあるのかな?


「もしかして、あなたが『下層』で17歳になったって娘? 数週間前にずっとつぼみだった六花が咲いたから、誰かが17歳になったのだろうとは思ってたけど、『下層』から来るの、意外と早かったわね」


 やけに『下層』という言葉を強調するなぁ……。それに……なんだ、この人。もの凄くボン・キュ・ボンなスタイルをしている。エルフって、スレンダーな体格の人達だと思っていたけれど……枝から枝を飛び回ったりするとき、揺れて邪魔じゃじゃないのかな?


 それに……騒がれて、どうやら私がここにいることがΤιγριςにもばれたみたいだ。仕方がない……。


 私は、起き上がる。


「私は、エステルです。このまえ17歳になって六花を取りに来ました。あなたも六花を?」


 黄色い服を着ているから、間違い無いとはおもうのだけど、この人の周りにあるテーブルセットと、そしてそのテーブルの上に置いてあるお茶セットはなんなのだろう?


 ここで優雅にお茶してた? ん? なぜ? 謎過ぎて頭に疑問符が沢山浮かんでくる。


「私は、『上層』に住んでいるキムハムとナオミの娘オルパよ。まぁ良いわ。ちょうど退屈していたところなの。特別にあなたにもお茶を入れてあげるわ。『上層』で取れた世界樹の新葉のお茶よ。ありがたく飲みなさいな」


 鷹の羽で作られた扇で自分の顔を扇ぎながらオルパさんは言った。しかも、こんどは『上層』を強調したよ……。


「あの……」と私は疑問を口にする。


「あなたはここで何をやっているんですか?」


 六花を取りにきたのなら、ここで優雅にお茶を飲んでいる場合ではないのだろうか。しかも、私の作戦を台無しにして!


「ん? 決まっているじゃない。『下層』の者は、そんなことも分からないのね。特別に教えてあげるわ。順番を待っているのよ。ここは先着順よ。アベルのあとにΤιγριςと戦うのは私。あなたはその後よ」


 まさかの順番待ち……。でも、Τιγριςと戦うのって、2年くらい戦いが続く場合があるって聞いたような。


「えっと……オルパさんはどれくらいお待ちで?」


「アベルが戦いはじめてからだから……3年くらいかしら。だから丁度退屈してきたところなの。ほら、あなたも椅子に座ること特別に許してあげるからお座りなさい。『下層』じゃちょっと飲めない『最高級』のお茶よ」


 確かに、良い香りがする……


 え? オルパさんは戦うのを3年も待っているの? 


 それよりも……


「美味しいお茶ですね!」


「あら『下層』のものでもこのお茶の良さが分かるのね。あら? Τιγριςが精霊術を使うわね。ちょっとあなたもテーブルクロスが爆風で飛ばないように押さえてくれるかしら?」


「え?」


 頭上を見上げると、竜巻のような炎の渦がΤιγρις の前で渦巻き、男のエルフ——アベルさんという名前なのだろう——に向かって飛んでいく。


 アベルさんとぶつかったあと、その炎は弾けて……あっ、風が産まれた……爆風だ。


 私は言われた通りに、爆風でテーブルクロスが飛ばないようにと両手で押さえるのだった……。


「アベル、上手く防いだようね」


「そ、そうですね」と私は高級そうなティーカップのお茶を飲み干す。


「お茶のお代わりはいかが?」


「あ、ありがとうございます……」

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