第55話 17歳 親子水入らずで鹿を狩る

 カタン、カタンという織り機の音。どんなデザインの衣服なのだろうか。楽しみ過ぎて、気になってしまう。覗くべきか、覗かないべきか。それが問題だ。


 だけど……織り機で布を織っている姿は見てはいけない。鶴の姿で織っていたらショックだし……というか、またサプライズでお祝いをしてくれるのだろう。私は気付かないふりをしているべきだ。


 でも、プレゼントとしてせっかく貰うなら、私の好きなデザインの服が欲しい。注文をつけたい。どちらかと言うと私は、誕生日プレゼントを一緒に選びたい派だ。


 覗くべきか、覗かないべきか。それが問題だと、私自身も森の番をしながら悶々とした日々を過ごし、パパイヤの実を全部食べた。


 パパイヤの種は残して陽当たりの良い場所に植えておいたから、来年は上手く行けばもっと食べることができるかもしれない。


 ん? 気配?


 私の警備担当している森に何者かが入った気配がした。


 森が騒がないから、ゴブリンとかではないだろう。


 静かに、そして素早く移動している。この速度は獣ではない。


 念の為に木の頂上にまで登り、森を眺める。葉が生い茂っていて、移動している者の影しか見えない。

 地面ではなく枝から枝へ移動している。仲間のエルフだろう。


 こちらにまっすぐ向かってくる。私に何か用事だろうか? と思ったら、お父さんだ。お父さんも私が見ているのに気がついたようで、枝の上で止まり、手を振っている。


「どうしたの? こんな時間に?」


「親子水入らずで、たまには鹿狩りでもしようと思ってさ!」


 怪しい……。


「こんな時間から? もうお昼回っているよ?」


 今から狩りをしたら、帰りが遅くなってしまう。


「いやぁ、母さんから晩ご飯用に頼まれていたのを忘れていてさ!」


 冬に入る直前の鹿。冬に備えて、沢山食べて肥えた鹿は美味しい。脂が溜まっていて、ジューシーなお肉の季節である。食べたい……。


「とにかく! 狩りに行こう! エステルが成長した姿を父さんは見ているから!」


 ん? どうやら狩りをするのは私ということらしい。 お肉運ぶのは手伝ってよ! この時期の鹿は、一年でもっとも重量があるのだ。


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 ・


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 お父さんと私は、森の地面をゆっくりと移動する。獣の足跡を見つけるためだ。


 鹿の足跡を追うときの基本は、新しい足跡か古い足跡を見極めることである。足跡を読むこと、これは『見切り』と呼ばれる。


 足跡を見つけたら、踏まれた足跡の乾き具合をしらべ、まだ湿っていたら新しい。


 雪が積もっている時期であれば、足跡の表面を触ったとき、雪が凍りついていなければ新しい足跡。凍って固まっていれば、その足跡は古い足跡で時間が経っている足跡だ。


 鹿の新しい足跡を一本見つけ、そしていま、追跡をしている。


 だけど、足跡が一本しかない場合は、追いすぎないようにも注意をしなければならない。なぜなら、足跡が一本の場合は、ただ移動しているだけの場合があるからだ。鹿が一日で移動する距離を考えたら、追跡途中で日が暮れてしまうことだって有り得る。


 そして、何本も足跡が交差していたり、また、鹿がうろうろしている足跡がある場所は、鹿が近くにいる可能性が高いということである。なぜなら、そのような場所は、寝屋ねやや、エサ場が近くにあるということだ。


 そして、鹿の足跡でごちゃごちゃとしている場所にお父さんと私は辿り着いた。


 フンも新しい。フンがあるということは、鹿はこの場所で時間を多く過ごしているということだ。


 私は、この近くで待ち伏せをするという判断をする。お父さんはただ、それを黙ってみている。


 私とお父さんは、杉の木の上へと登る。ちなみに、杉の木を選んだのは、杉が常緑針葉樹だからだ。冬の近いこの時期でも、杉は葉を落とさない。


 待ち伏せの基本は、自分は相手をよく見えて、相手からは自分がよく見えない場所を選ぶことだ。杉の葉が私とお父さんの姿を森に紛れ込ませてくれる。杉の葉はちょっとチクチクするけどね。


 森と一つとなって待つこと数刻。


 ケモノ道が交差する場所に鹿が一匹現れた。雄鹿だ。


 私は静かに弓矢を構える。


 狙う場所の理想は、頭、頸椎けいつい、背骨だ。ただし、その個所は小さく、狙いにくければ、バイタルエリアを狙う。肺、心臓、大動脈、呼吸器官だ。

 得物を苦しめないために急所を狙うのだ。

 心臓を射貫いたら、10歩ほどで倒れる。肺であれば、100歩で倒れる。


 もっとも狩人がやってはいけないことは、胃や腸など消化器官を射るということだ。それらを射た場合、かなりの距離を鹿は逃げる。苦しみながらだ。獲物を苦しめることは狩人にとって恥であり、未熟な証拠だ。

 それに、消化器官を損傷させると、その周りの肉に匂いや消化液が付着し、内ロースなどが食べられなくなってしまう。


 私が狙うのは、頭だ。鹿の後頭部目掛けて射る——命中。


 ビクッとして、そのまま鹿は倒れた。


 杉の木から飛び降り、獲物が倒れている場所へと向かう。もう絶命しているけど、生きている場合は近づきすぎないように注意が必要だ。雄鹿は角を持っているし、反撃をしてくる場合がある。


 素早く頸動脈を切り、血を抜く。臭みを減らすのだ。その後、鹿を仰向けにして腹を開き、胃袋や腸を取り出す。死後15分以内に消化器官を取り出せるかどうかで、肉の旨みが変わってくる。


 心臓を内臓の塊の中から探しだし、心臓に三方向に切れ目を入れる。そして、世界樹の樹が見える、高枝などにお供えする。三つの切れ目は、世界樹の樹と、その森と、狩人自身を表す。鹿の命が、私の生きる力となっていくのを、世界樹と、そしてその鹿を育てた森が見守るのだ。


 しばしの黙祷の後、鹿を吊し、皮を剥いだり、食べられる肉の部分を切り取る作業を行う。


 お父さんはどうやら手伝う気は無いようで、「うん、うん、狩人として成長したなぁ。手際も良いし、どこに嫁に出しても恥ずかしくない」と頷きながら涙を流している。


 突然、一緒に狩りに行こうと言い出し、手伝わないで見ているだけ、そして何故か感動して泣いている。


 今日のお父さんは少し変である。 


 肉を切り取り、残った部位は、森の数カ所に離して置いておく。一個所に残しておかないのは、狼などが1匹で独占しないようにだ。ばらしておいておけば、この森で強い狼だけでなく、キツネも、そして鳥だってその肉を食べることができる。


「終わったよ〜。運ぶのは手伝ってね、お父さん」


 鹿は草食動物なので胃が大きい。肉として持って帰れる部分は、体重に占める4割程度だ。立派な雄鹿であっただけに重量はある。


「ただいま! 今晩はご馳走だよ!」


 家に帰ってみると、家族総勢百人以上が、私を見つめていた。


 おぉ? 今日だっけ? と思っていたら、


「17歳の誕生日おめでとう」と全員が声を揃えて私に言った。


 お母さんの右手には、黄色いワンピースがかけてある。赤色かピンク色だと予想していたら、黄色だった。


 あれ? 紅花の染料を使ったのではなかったのだろうか。紅色になると思っていた。私にとって予想外の色だった。日陰に置いたヒマワリのような黄色だ。光沢のない落ち着いた色合い。


「エステルももう17歳ね」


「短いようで長かったなぁ」とお父さんが語っている。


 パウロさんや……。普通は『長いようで短い』と逆なのではないだろうか? それに、エルフの人生でいえば、17年って、人生の長さから逆算すれば、0.1%以下なのではないだろうか?


「狩りも一人前に出来るようになったし、明日から六花祭に参加出来る年齢ね。私の娘ならきっと花を沢山貰えるわ。私似の耳だものねぇ」


 六花祭? 


 とりあえず、何かのお祭りだろう。


 お祭り! 娯楽だぁ!

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