第10話 10歳 エステルちゃんは、反抗期と思春期に入ったようです

 家族からは、私は反抗期と思春期に同時に入ったと思われているようだ。


 今までべったりだった母とも距離を取り、父とは「おはよう」とか「お休みなさい」以外のことを喋ったりはしていない。会話も相づちを打つだけが多いような気がする。


 それはどうしてなのか……。


 それは、エルフという種族が、人間を毛嫌いしているということが分かったからだ。いや、毛嫌いしているというよりも、厭忌していると言ってもよい。


 そして私は、人間の記憶を持っている。記憶を持っているということは、人格というかアイデンティティーを持っているということだ。


 私は、あくまで、人間の記憶を持ったままエルフに転生した存在だと自分のことを思っている。

 外見、肉体はエルフでも、中身は人間ということなのだ。


 エルフとして人生がやり直せる。私は幸運なことだと思っていた。エルフとしての生活も悪く無いのではないかと思っていた。

 家の窓から見える景色は、大森林という景色豊かな場所だし、食事だって美味しい。果物は瑞瑞しくてとても甘い。日本で品種改良に品種改良を重ねて、甘味を最大限に引き出した果物よりも甘くて美味しい。


 家族も優しい。


 新しい人生。エルフとして生きるのも悪くはないと思っていた。だけど、私の中身は人間だ。エルフから嫌われる人間だ。


 私の中身が人間だとばれてしまったら……。


 今まで優しくしてくた母や父は、同じように優しくしてくれるのか。家を追い出されたりするかも知れない。


 森には、寄生植物も生息しているらしい。宿主に寄生して、栄養を奪うという生き物だ。寄生植物を否定するつもりはない。それも生き方の多様性の一つだ。森の中に様々な命の一つの形なのだと感じる。


 だけど……こうも考えることができる。


 エステルというエルフに生まれた赤ちゃんがいた。そして、私という人間の人格がそのエステルに寄生し、そして体を乗っ取ってしまった。エルフのエステルの人生を私は奪ってしまった。


 いや……エルフのエステルという人格と、人間としての人格。


 この二つが融合して、今の私の人格ということであるかも知れない。そうしたら、エルフのエステルという人格を乗っ取っているということではない。融合して新しい人格が生まれたとも考えることができる。


 だけど、その証拠は?


 私がエルフのエステルの体を乗っ取っていないと証明する方法などはない。私は私で、きっと人間としての人格が色濃く残っている。  


 私は恐い。中身が実は人間だと発覚して、嫌われてしまうのではないか。いや、『エステル』というエルフを乗っ取ったと憎まれたりしないだろうか。


 私は、エルフとして生きていくことができるのか。もしかしたら出来ないかも知れない。いつか、中身が人間であるとばれてしまうかも知れない。


 エルフという種族の仕事は、世界樹の森の番人である。だけど、例外な人達もいる。


 まず、【開拓者】と呼ばれるエルフたち。選ばれたエルフしかなることができない仕事だ。


 何をするかというと、端的に言ってしまえば世界樹の頂上を目指す。


 エルフは、この世界樹の幹にずっとずっと昔から住んでいるらしいのだけど、誰も世界樹の頂上に辿り着いた者達はいないらしい。世界樹が高すぎるのだ。その頂上を目指すエルフ。それが、開拓者だ。


 エベレストの頂上を目指す登山家、冒険家のような職業のようであるが、まぁ、あくまで最終目標が世界樹の頂上ということであって、仕事は地道な仕事である。

 開拓者のメインの仕事は、世界樹の幹を登っていき、居住できる枝を探すということだ。私の家のある枝のように太い枝で、そして陽当たりが良好な枝を、永遠に続くのじゃ無いかと思えるような世界樹を登り、見つけ出す。


 現在、開拓者たちは、新たに発見された枝にまで安全に移動ができるように、世界樹の幹に梯子をかけたり、通路を造ったり、ロープを張ったりしているらしい。そして、地上の森の木々を、家を建てる資材としてその新発見の枝へと運んでいるらしい。


 前人未踏の世界樹の上方を目指し、エルフが居住できる枝を探す。そして、エルフの生存圏を拡大していく。必要なのはフロンティア・スピリットであるだろう。


 お父さんのお父さんのお父さんのお母さんのお母さんのお父さんのお父さんのお父さんのお父さんのお父さんのお父さんのお母さんのお父さんは、開拓者であったらしい。その頃に発見された世界樹の枝は、Ἅρπυιαハーピーの巣がある高域であったらしい。上半身が人間で、翼と下半身が鳥であるἍρπυιαハーピー

 危うく種族間戦争になりかけたのだとか……。交渉をして、縄張りを侵さないことを条件に、エルフが世界樹の幹を通行してよいということになったらしい。

 世界樹を登っていったら、未知の新種族の生息する圏内かも知れないという場所。それが、世界樹の上方らしい。

 ドラゴンとかも住んでいそうなノリだ……。


 まぁ、新しい枝が発見されるのは、本当に珍しいことらしい。高域になればなるほど、通路を造ったり、家を建設したりする作業にも膨大な時間がかかり、なかなかより上に行くことができない。酸素とかが薄くなるんじゃないだろうかと思うが、一体どうなっているのだろうか。世界樹は星を突き抜けている可能性すらある……。

 

 そんな開拓者。


 良いのは、他のエルフとあまり交流がないということだ。地道に世界樹の幹を登り、通路を造ったり、梯子を架けたりする。


 私が開拓者になれば、家でエルフとして生活するよりもずっと、自分の中身が人間であると発覚する可能性は減るだろう。

 それに、開拓者はエルフの中でも選ばれた者たちがなれる職業で、家族も鼻が高いだろう。


 また、開拓者の他にも道はある。


 それは、【はぐれエルフ】となるという選択肢だ。はぐれゴブリン、はぐれオーク、はぐれエルフ、これらは蔑称だ。群や里から追い出された者という意味だ。エルフは滅多に、【はぐれエルフ】を生み出したりはしない。


 けれど、エルフの長い歴史の中では、たまに【はぐれエルフ】が出るらしい。追い出されたというよりは、自分から世界樹の森を出て行ったという形で……。


 【はぐれエルフ】となった者は、変わっているそうだ。


 世界樹の森が見せてくれる自然の煌めきよりも、世界樹の森の外に興味を持った変わり者。世界樹が世界の中心であるということに疑問を持ち、そして世界樹の森の外にも素晴らしい世界があるのでは考える夢想家。


 そして、森の外の世界を実際に自分の目でみたいと考え、そして旅だった変わり者のエルフ。それが、【はぐれエルフ】だ。


 私は、中身は人間だ……。肉体はエルフ。

 果たして私がいるべき場所は、この世界樹の森なのか……。それもと、森の外なのか……。

 私は、エステルという名のエルフであって良いのだろうか? 私の中身が人間であると知られたら……。それを想像すると、私は恐いのだ。

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