角度100度の発射台

かぼちゅう

第1話

・・・・・来た。

よく手入れされているブレ-キの静かな音が、私の前輪一つぶんうしろで止まる。

朝7時15分。

時間もぴったり。

目の前にそびえるのは城春の坂、通称「100度の坂」

100度は角度の100度で、まあ無論本当に100度あるわけないんだけれど、キツくて長い、悪夢のような坂だ。

私は学校指定のヘルメットをのヒモをぐっとしばり、壁かと思える坂を見上げる。



「どこまで行けるようになった?」

横の人物が声をかけてくる。

「犬小屋の近くまで行けるようになったよ」

「へえ、進歩したじゃんか。自転車押しながら上がってたのに、リタイヤしてたヤツが」



学校への近道であるにもかかわらず通学路としては禁止されているこの坂に挑んで散った者は多い。



斯く言う私もその一人。


遅刻しそうになったある日、決死の覚悟でこの坂に挑んだものの早々と力尽きてしまい、かといって自転車を押して上がろうにもあまりの角度と、途中から道に流れ出している湧き水によって出来たコケ地帯(私たちは緑の城壁と呼んでいる)の上でツルツルと後退を繰り返してしまい、全く前に進まない。

遠くに始業開始のベルを聞きながら、私は半ば意地になって緑のコケと格闘した。

そのとき、後ろから私を抜いていった憎らしいヤツ。

それがコイツだ。

すべりながらも緑の城壁を突破し、そのまま力強くぐいぐいと上がっていく。

息を切らしながら、そんなアイツの様子を見上げていた。

私はうつむき、ハンドルを持ったまま、ひたいの汗を腕でぬぐった。

世の中にはヘンなヤツがいるものだ。

くやしまぎれにそんな事を考え、このまま坂を降りてコ-スを変更しようかと思案していた。



「あ!!」


坂の上から上がった奇妙な悲鳴にびっくりして見上げると、前輪が揺れたひょうしに、なのだろう、前のカゴに乗っていたアイツのスポ-ツバッグが地面に落ちるところだった。

「あ~!」



バッグはコロコロと坂を転がり、やがて私の15メ-トルほど前方で何とか停止した。


「わる、いっ、そ、れ、もっ、て、あが、って、くれ、ない、かっ」

ギチギチと立ちこぎをしながら、切れ切れに叫ぶのが聞こえた。


「む、無理だよ!あんた自転車降りて取りにくればいいじゃん!」

「だ、め、だ、とま、った、ら、も、のれ、っない、たの、むよ」


「マジで!?私、しらないってば!」

「・・・ご・・・あ・・・オ・・・・ねん・・・」

そのまま曲がりくねったこの坂のカ-ブの向うに消えていってしまった。

・・・・冗談じゃない。

こちとらコケのカ-ペットが越えられなくて必死だってぇのに、見ず知らずの人間のバッグかついで上がって来い、だあ!?


ムカムカムカ。

あ~、そう!わかった、あがってやんよ。

そのかわり、何時になるかなんてわかんね~かんな。


私が出れなかった授業、遅れた理由、ぜんぶかぶってもらおうじゃん!

後になって考えてみれば私の遅刻の理由を他人様が被る事なんて出来はしないのだけれど、この時の私はいろんな事におこっていたのだ。


怒りはいつだってこんなふうに理不尽にやってきて、後悔を残してさっていく。

その事に気がついたのは、二時間目の終業ベルがはるか上で聞こえ、全身コケとドロとすり傷にまみれて泣いていた私に差し出されたスポ-ツタオルと、それを持ったアイツの申し訳なさそうな顔を見上げた時だった。



さて、それ以来。

毎日この坂を登る、というアイツの鼻をあかすべく、私はかなり早めに家を出てこの坂に挑戦しつづけている。

先の事件の事で申し訳なく思ったのか、アイツは律儀にもこの朝練に付き合ってくれるようになった。


「・・・ところでさ、アンタって何年の何組なの?一度も校内で会わないんだけど」

「気になる?」

「べつに。でも知ってたっていいじゃん」


「まあね。別に俺だって隠すつもりはないんだけど・・・そうだ」

ソイツは私のほうにぐっと乗り出してきた。

「こうしよう。お前がこの坂を登りきったら、教えるってのは?」


「なにそれ、なんかすごい私のメリット低いんだけど」

「そっか、んじゃあそれプラス木津のカルチャ~焼きふたつ。どうだ」


「乗った。ただし三つね。ドリンク付きで」

「・・・ま、いいか」


カルチャ~焼き、と言うのはいわばいろんな具の入った大判焼きだ。

木津商店という小さな店がやっているのだけれど、これが学校帰りの兄さま姉さま方に大いに人気の逸品なのだ。



「さて、今日は犬小屋こえるぞ!」

「おう!」


早朝のチャレンジが始まった。

カルチャ~焼きは、野沢菜、チーズ、チョコで決まり。

ドリンクは・・・ミネラルウォ-ターでガマンしてやるか。

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