第108話 紫鬼と中年


『アッハッハ、面白いな。呑鬼よ。どうだったんだ?』

 突然笑い出した紫鬼。

『冷鬼は当然ですが、陽鬼が腹に一発で倒れました。まぁ予想以上でした』

 呑鬼も笑いながら喋っている。


「はぁ、一から話してくれるか? ちょっと疲れた」

 その場に胡座をかいて座る。

『そうだの。お前らもそこに座れ』

 紫鬼に言われ、賢人達も横に座る。


『まずは、お前らは鬼を知ってるか?』


「知ってる。と言っても、俺らの仲間のショウキとナキの二人。あとは聞いた話だから、詳しくは知らないな」

 ここの鬼と一緒かは知らないがな。


情鬼ジョウキか……アイツらの子孫……いや、それはいい。知ってる鬼もいるのだから、鬼に偏見はないな?』

「仲間だからな」

 落内はビビってるけど、賢人達は頷く。

 

『アッハッハ、仲間か。そいつらは幸せだな。さて、何から話そうか……この世界から話そう。

 この世界は、お前らのいた世界。日の本にあった島だ』


「鬼ヶ島?」

『おぉ! 知ってるのか?』

「有名だよなぁ、絵本の中ではね」

 賢人が笑いながら言っているが、本当にあったのか。

『それが別の世界に来てしまったのだ。それも突然。この、何もない世界にな』

 紫鬼は真剣な顔になる。


『穏やかだった島は、空も大地も枯れ、作物も育たない死の島に変わる。島の真ん中には大きな穴と門があり、そこが唯一、元の世界との繋がりになった』

 次元の扉か?

「そこから帰れるならいいんじゃね?」

「賢人、帰れないからここにいるんじゃない?」

「あぁ、そっか」


『その通り……門は内側から閉められていて、こちら側からは出る事が出来ぬ。

 そんな時に、一人の男がこちらに来た。

 男は獄界との橋渡しをする為の者らしく、獄界からは出られないと伝えに来たそうだ。

 当然、我らが納得する筈もなく、その男を殺して門から出ようとした。

 だが、それから十年程出る事は出来なかった』

 やったのは人間……だろうな。


「それは酷すぎだろ!」

「だから賢人! もうちょい大人しくしててよ!」

 ノセが止め役か……いつもと逆だな。


『その後、また一人現れた。我らは食料も尽き、その男に従うしか手が無かった。

 この島は【獄界】と呼び、【罪人】が運ばれてくる【地獄】となった』


 紫鬼達がいまだに人間を恨んでいても仕方ない。


『我らは人を食った。鬼の血を飲ませ、腐死の身体にし、肉を削いだ』

 強く握る拳からは、俺達と同じ赤い血が流れている。


「仕方ないだろ。食糧も無い、作物も育たない。そう仕向けた人間がいる」

 ここは地獄だ。鬼達にとっても。


『すまない。……我等を、この地を地獄に落としたのは、隠神インガミと言う僧侶だった。隠神は外の世界にいた鬼を騙し、門を護らせていたと聞いた』

 ショウキの言ってた鬼達の事か。


『その鬼も壮絶な死を迎えたと聞いた。……と、ここまでは昔話だ。我らの現状を教えるには知らねばならないからな』

 無理に笑顔を作る紫鬼。

「あぁ、その隠神だけなのか? 他の人間は?」


『さあな。だが、一人ではないにしろ隠神が頭だ』

 

「そうか。それと、ここにはデモンはいないのか?」

 ディメンション・モンスターとは何なんだ。

『それは外の人間が勝手に言っている我等の事だ。デモン、悪魔、鬼。全て我々の事』


「……なら、ファントムは?」

 デモンとファントムは違うはず。


『それは今から話す』

 紫鬼の顔付きが変わる。


『ファントムは思念体。実体を持たない者だ。……この島の頭。白鬼が取り憑かれ、お前達の世界に行った』

 

「俺が会ったのが、その白鬼か」

 白いスーツの男は鬼。


『会ったのか……白鬼は人間を見極めようとしている。……鬼を閉じ込め、世界を奪った人間を。

 白鬼は兵を率いて獄界から出て行った』


「そうか、なら俺達も白鬼を追うよ」

 何をするつもりなのか知らないが、全ての人間が隠神と同じではない事を知ってもらわなければいけない。

『我らも追うつもりだった。が、今の獄界からは出られない』


「なんでだ?」

『頭の白鬼の後釜が、門を封じておる』

「鳥人間はどうやって出てるんだ?」


 紫鬼は空中に爪を立て、そのまま下に引き下ろす。

「な?!」

 空間が歪んで別の場所が見える。


『獄界は頑丈な世界ではない。やり方さえ知っていれば誰でもこれくらいは出来る。……だが、不安定なこの穴は、通ろうとする者に死を与える』

 すぐに霧散して穴は消える。

「腐死だから通れるのか……アイツは何なんだ?」


『罪人で……白鬼の友人だ。

 鳥頭は一人で白鬼を止めようとしている』


『お前らは鳥頭がここに送り込んだのだろ?』

「……そうだ」

『なら、大人しくしていてくれ。白鬼が戻るまで』


「断るに決まってるだろ。さっさと後釜の事を教えろ」

 俺はお茶の用意を始める。


「兄ちゃん、今日は煎餅がいいかな」

「あ、僕は羊羹で」

 賢人とノセの前にお茶とお菓子を並べ、

「落内は?」

「ん? あぁ、甘いものなら何でもいい」

 ずんだ餅を出してやる。


『お、おい』

「ん? さっさと話せよ。ちゃんと聴いてるから」

 呑鬼も欲しそうだから出してやると、

『い、いいのか? ありがとう!』

 ちゃんとお礼が出来るいい鬼だな。


『おい、呑鬼』

『うまっ!! 餅! 旨っ!』

 喜んでくれて何よりだな。

 賢人達も旨そうに食ってるし。


「茶も出ないから自分で出したんだ。時間が勿体ないから先に進めてくれ」


『……くれ』

「はい?」

『俺にもくれよぉ!!』


 紫鬼は泣いてしまった。


「……兄ちゃん」

「いじめすぎですよ」

「だな……」

 勝手な事言うから、ちょっと仕返ししたんだが……やり過ぎたな。


「ほら。紫鬼の分だ」

 しょうがないから少し多めに出してやろう。

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