第109話 鬼と人間と中年


『うむ……あむ……』

 涙目でずんだ餅を頬張る紫鬼は……鬼か? 指まで舐めているな。


「そろそろ先に進めてくれるか?」

『むん? そ、そうだな。どこまで話したか……』

 口に餡子をつけて真面目な雰囲気を出されてもな。

「後釜の事だ。あと、白鬼はなんでファントムに取り憑かれたんだ?」

 獄界と思界は別の筈だ。


『それなんだが、新しい橋渡しという者が来てからおかしくなった。……人間とも違う雰囲気の、妙な男だ。後釜の黒鬼と言うのも、そいつが連れてきたんだ』

 

「後釜はなんで連れてきた奴になったんだ?」

『白鬼から継承されたんだ。我らに反対の意思があっても、覆す事が出来ない』

 はぁ……なんて単純なんだ。

「……バカだなぁ」

「その男はどこに居るの?」

 賢人もノセも同じ考えらしい。


『黒鬼を置いて、すぐに消えてしまった』

 その黒鬼と言う奴と、その男。

「ファントムに取り憑かれたのが分かってるなら、白鬼を止める事は?」


『あれが一番強い。我らでは殺されて終わりじゃ。……鳥頭もこっ酷くやられたが、まだ白鬼の自我がある時だったのだろう。殺されることはなかった』

 紫鬼はお茶を一口啜り、

『白鬼は妹を残して獄界に閉じ込められた。……白鬼の妹は美しい鬼だったそうだが、聞いた話では感情に呑まれて堕ち、その身は灰となったそうだ』


「だから白鬼は獄界から出た? 鬼が堕ちるってどう言う事だ?」

 

『鬼の力は特殊でな、その鬼の個性とも言える。鬼は皆、情が鍵となり力を発現する。

 だがその力を制御できなくなる鬼もいる。

 感情とは不思議なもので、一つの感情が強くなり過ぎると自分が無くなってしまう。

 喜びは周りが、

 怒りは自分が見えなくなる。

 哀しみは自分を腐らせ、

 楽しみは飢えてしまう。


 自分を律する事の出来ない鬼は、自分を見失い【オニ】となる』


 自分を見つけられない【隠】か……


「そうか。だが、それは誰にでも当てはまるんじゃないか?」


『それは自分だけが分かることだ』

 紫鬼は目線を下げ、一点を見つめる。

「そうだな……すまなかった」

 

 感情なんてその時の受け止め方で変わる。

 誰にでもあるが、自分でしか分からず、しかも自分でも制御出来ない。


『残された四人の鬼は、感情の抑制を目的に旅をし、戻ってくるはずだった。

 それが、こんな事になったんだ。妹を失った白鬼は、何を考えているのか分からなくなった』


 もし俺の仲間をここに残していく事になって、そんな話を聞かされてしまえば……

「ありがとうな。白鬼は絶対に止めてやらないといけないな」


『こちらこそ、そんな風に思ってくれたこに感謝する』

 紫鬼は頭を下げると照れ隠しなのか、残ったお菓子に手をつける。


「んじゃ、黒鬼って奴に会いに行くか。さっさとここから出るぞ」

『え?』

「お前達もここに居たくないんだろ? 居場所は作ってやるから、出たい奴は連れて来い」

 紫鬼達をこれ以上ここに置いておくのも可哀想だ。


『い、いいのか? 我らは鬼だぞ?』


「最初に言ったろ? 鬼の仲間もいるって」

 ショウキやナキも喜ぶ……たぶん。


『ありがとう……だが、罪人はどうする?』

 あぁ……その問題もあったな。

「腐死を治す事は出来ないのか?」

『伝説だが……龍の作る薬が、鬼の血の力を消すと言われている』


「なら玉龍か」

 鳥人間が狙うわけだ。

「なら、どっちにしろ此処から出ないとね」

「そうだけど、お兄さんは罪人をどうするつもりですか?」

 ノセが不安そうに聞いてくる。

「心配するな。そんなのはそいつらに決めさせる。紫鬼。冤罪の奴等はいるのか?」


『居る。流石に連れてこられる奴を、何も調べずに罪人扱いは出来んからな。村で細々と暮しておるよ』

 冤罪で地獄か……なんともやるせ無いが、

「紫鬼に罪人の処遇は任せる。外に連れ出すわけにはいかないからな。冤罪の人は、俺達と一緒に連れ出すぞ。

 まずは黒鬼と話してからだな」

 話だけじゃ済まないだろうが。


『あぁ……案内する』



 落内は呑鬼と留守番だ。

 死なれでもしたら、夢に出てきて暴走しそうだからな。

「兄ちゃん。獄界、思界も異次元ハウスと変わんないのかな?」

「んん? そう言われるとそうかもな。……アンコ達がいるから、俺達のハウスは保っているが、ここはどうなんだ?」

 紫鬼に話をふる。

『我にも分からん。だが、白鬼が持っていた宝玉がには、不思議な力があったそうだ』


「コアに代わるもの……それがあれば、守護者とコアは要らないかもな……」

 そうなれば、アンコ達も自由になれる。


「……ん、うん、へぇ」

「何をぶつぶつ言ってんだ?」

「うぇ?! 独り言っす」

 ぶつぶつ言ってたノセは慌てているが、あの時のヤツだろ。

「何かあれば言えよ?」

「はい!」

 笑顔だから大丈夫だろ。


 一時間程歩いて、獄界の穴が見えるところで一休みをする。

『旨っ!』

 紫鬼に頼まれて甘いものを出すと、嬉しそうに食べだす。

「満腹になるなよ? 今から黒鬼と会うんだからな」


『あむ』

 鬼のくせに豆大福は大丈夫なのか? 後で落花生でも投げつけてみるか。

「にしても、他の鬼って会わないよね? 白鬼についていったの?」

 賢人がお茶を飲みながら聞いてくる。


『ん……鬼も色々居る。血の気の多い者や、臆病な者。人間と同じで、隠れておるのだ』


「そっか……鬼も人間と変わらないんだな」


 童話や神話での鬼。


 人間とは違う存在だが、人同士が違うように、


「そうだな。同じなんだな」

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