14:6『尾を飲み込む蛇】終戦
「あれがクラーケンを動かしている核の部分か」
ノアとルナが辿り着いた先は、大きな鼓動を鳴らす心臓のある場所。その心臓は丁度中央に位置しており、灰色の血液と創造力を体内へと巡らせている様子だった。
「…やっぱり君たちは、どこまでも私の邪魔になるみたいだ」
その陰から姿を見せたのは、幻でも作り物でもない本物のゼルチュ。彼はクラーケンの心臓に手を触れさせながら、二人を睨みつける。
「……」
「その様子だと君たちは見てきたみたいだね。私の過去の記憶を」
「うん、見てきたよ。あなたがどんな道を辿って、どういう風に狂っていったのか」
ルナがしみじみとそれを伝えれば、ノアは握っていた二丁拳銃を消滅させ、彼と視線を合わせた。
「あれを見ても、私が悪いと言えるか?」
「…」
「私こそが真の平和を求めていた。戦争を終わらせるために研究を進めていた。この世界を――救おうとしていた"救世主"だ」
白金昴としての生涯を知ってしまった二人は、何も言い返せず沈黙してしまう。彼は思いが徐々に込み上げてきたのか、続けてこう語った。
「そして君たちこそが、終わりのない"戦争"の原因だった。私怨に溺れ、和解の意志などまったく示さない。私の話すらも、聞いてくれなかった」
「……」
「君たちは救世主でも、教皇でもない。"朽ちた世の主"と書いて"朽世主"。"狂った皇"と書いて"狂皇"がお似合いだ」
ゼルチュは右手をその場で振り払えば、クラーケンの心臓が創造力による衝撃波を放ち、二人を隅まで吹き飛ばす。
「殺し合いなんて間違っている? 二つの世界は分かり合える? だから赤の果実という同盟を作り、仲間と一緒に戦おうって…?」
振り払った右手を握りしめ、ノアとルナの身体を触手で束縛した。
「一緒だ、一緒なんだよ! 殺し合うことが間違っていると、二つの世界は分かり合えると、だからNoel Projectを完遂させようと日々研究し続けた――この私とぉ!!」
そして何度も肉の床に叩きつける。力任せに、怒りを露にして、二人の身体を壊す勢いで、何度も。
「それを邪魔したのは、私の前に立ち塞がったのは――"お前たち"じゃないかぁぁぁ!!」
ノアとルナの肉体は叩きつけられる度に悲鳴を上げ、口から血反吐を撒き散らす。しかし二人は、触手から免れようと暴れたり、反撃代わりの抵抗もしなかった。
「私のエデンの園でこの世界の人間たちに、争いは間違っていると行動で主張をするお前たちが、憎くて、憎くて、憎くて、憎くて…!! 昔の私を見ているようで…!!」
「「……」」
「どうしてお前たちが笑っていられる!? どうしてお前たちにアイツらは同情する!? どうして真の平和を求め続けた私が――」
最後に肉の壁へと叩きつけたことで、息を切らしたゼルチュは、呼吸を荒げながらも小さな声で、
「――こんなにも"救われない"んだ?」
悲しそうに囁いた。
「悪かった」
「…は?」
ノアは触手の拘束から抜け出すと、ゼルチュと向かい合って、謝罪の言葉を述べる。あまりに突然のことでゼルチュも目を丸くし、呆気に取られてしまう。
「俺はあの時代、自分が健常者でお前が異常者だと思い込んでいた。けどそれは違って…。お前が唯一の健常者で、俺たちは全員異常者だったんだな」
「今更、何を…」
「それに、あなたをここまで狂わせてしまったのは私たちだよ」
ルナも触手の拘束から抜け出して、ノアに同意するようにゼルチュへそう伝える。
「…ごめんなさい、あなたの大切な人を奪ってしまって。謝るだけじゃ到底許しては貰えないと思うけど、謝らせて…」
「――!」
彼女はゼルチュに深々と頭を下げた。彼は頭を下げられたことで、自然と両脚が後退りを始める。
「もしも、もしもまだ俺たちにチャンスが残されているのなら…。お前が今まで平和の為に研究し続けてきた"Noel Project"。それに協力させてくれ」
「ははっ、協力だって…?」
「私たちは必ず力になれる、なってみせるから…! 今度は私たちも一緒だから…! もう一度だけ、あなたが求めていた平和を取り戻してみない?」
ノアとルナは、狂い始める前の"Noel Project"に力を貸すことを約束する。それを聞いたゼルチュは、両肩を震わせると、
「ふざけるなぁぁぁぁあーーッ!!!!」
怒りの雄叫びを上げて、二人の周囲に無数の触手を蔓延らせる。
「エデンの園で一年過ごしたからこそ、よく分かるんだ。お前がどういう気持ちだったのかが」
ノアは二丁拳銃を連射し、周囲の触手を一網打尽にした。
「私も同じだよ。あなたのおかげで、私たちは過ちに気が付くことができた」
ルナは黒色の大鎌を構えると、クラーケンの心臓を目標に定め、その場から駆け出した。ノアも彼女の後に続いて、二丁拳銃の銃口を前方へ向ける。
「俺はお前を――」
「私はあなたを――」
道中で襲い来る無数の触手を、彼と彼女は息の合った連携で次々と始末していく。
「「――救ってみせる」」
「――!!」
二人はゼルチュの横を通り過ぎ、クラーケンの心臓を左右で挟み込めば、
「お前たち、何をする…!?」
ノアは二丁拳銃をその心臓に突き刺して、何百発も弾丸を撃ち込み、ルナは黒色の大鎌で絶え間なく斬り刻む。
「「――ぐぅぅっ!!?」」
二人を追い払おうと、心臓が創造力による衝撃波を何度も放つ。その威力はノアとルナでさえも軽々と吹き飛ばされるほどに、凶悪なものだった。
「この程度で、押されるかぁぁっっ…!!」
「絶対に、負けられないっ…!!」
けれどノアとルナはその場で踏ん張って、ひたすらに損傷を与え続ける。創造形態の衣装がボロボロに裂け、肌色の皮膚を剥がしても、二人は決してうろたえない。
「俺たちは、世界を託されている…!!」
「私たちは、世界を愛している…!!」
人間は、どこまで強くなれるのか。誰しも一度は考えたことがあるだろう。人間の肉体をどこまで鍛え上げられるのか、人間の精神的な面である心をどこまで鍛え上げられるのか。それは誰にも分からない。ただ唯一分かることと言えば、その極地へ辿り着いた人間に訪れるのモノは、
「「――
――"終極"。
「あれは、何が起きている?」
二人の創造形態の衣装が再生を始め、創造力の衝撃波を物ともしなくなった。踏ん張っていた両脚にも、力を入れていない。
「「終わらせる…!!」」
「オ"ォ"オ"ォ"オ"ォ"オ"ォ"オ"!!!」
"
「
ノアの第一キャパシティ
彼はどこかで見た能力を発動して、クラーケンの心臓の一部ごと空間で削り取ってしまう。
「真・
ルナの第一キャパシティ
「行ってこい…!!」
「うおりゃぁぁ!!」
ノアは二丁拳銃の引き金を固定し、連射させたまま心臓の内部へ投擲し、ルナは突き刺さった黒の大鎌を左脚の蹴りで内部へとめり込ませる。心臓の内部で二人の創造武器がすれ違い、彼は黒の大鎌を、彼女は二丁拳銃を受け取った。
「ウ"ゥ"ウ"ウ"ゥ"ゥ"ウ"ゥ"ゥ"!!!」
巧みに黒色の大鎌を振り回すノア、二丁拳銃で殴打しつつも発砲を続けるルナ。二人はお互いの創造武器を、慣れた手つきで存分に振るう。
「…よくもまぁ、こんな重い武器を振り回せるな」
「ノアだってこの武器、全然火力出ないでしょ?」
ノアとルナは心臓から少し離れた場所まで距離を置き、お互いの武器に文句を述べてから返し合った。
「君たちは、クラーケンの心臓を破壊するつもりか!?」
「ああ、お前にはもう必要ないものだろう」
彼がゼルチュにそう言いながらも、クラーケンにトドメを刺すために二丁拳銃を構える。だがそうはさせまいと、一本の触手が死角から攻撃を仕掛けてきたことで、左手に握っていた一丁の銃が吹き飛ばされ、
「…っと、ちゃんと握っといてよね~」
それをルナが左手で綺麗に掴み取った。
「私、こういうの決め台詞でやってみたかったんだ」
「決め台詞なんてあるのか?」
「あるよ~。ほら、私が大好きなあのゲーム知ってるでしょ~?」
ノアは「ああ、あれか」と何かを思い出して、右手に握った銃を再び構える。
「今回だけその茶番に付き合ってやる」
「ありがと」
ルナは彼と背中合わせになり、左手に握った銃を同じように構えた。
「待て! 止せ、止めるんだ!!」
ゼルチュは二人を止めようとその場から走り出すが、ノアとルナは躊躇する様子も見せず、それぞれの引き金に指を掛け、
「「――
"決め台詞"とやらを言い放ち、創造力を込めた二発の黒と白の弾丸を、クラーケンの心臓に撃ち込んだ。
「グギャ"ァ"ァ"ア"ァ"ァ"ア"ーー!!!!」
大きな鼓動を鳴らし続けていた心臓は風船のように破裂し、創造力と灰色の血液を辺りに飛び散らせる。苦しみに悶えた鳴き声と共に、目の前で失われていく一つの生命。それをノアとルナは、しかと見届けていた。
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