14:2 機械仕掛けの神


「うっ…」

 

 気を失っていたレインは、目を覚ます。最後に残っている記憶は、ボートごと何かに飲み込まれたというもの。


「ここは…?」


 辺りは生温かい粘液に塗れた肉の壁で囲われている。ここがあの生き物の体内だと、レインはすぐに理解した。


「ぐっ、動けない…!!」


 彼女はそこから動き出そうしたが、両腕と両脚が肉壁に取り込まれているせいで、まともに身体を動かせない。レインは無理やり四肢を引き抜くために、創造力を通わせようとしたのだが、


「…創造力を、吸い取られている?」

 

 その肉壁は、取り込んだ四肢から体内の創造力を少しずつ吸収していた。気絶している間にかなりの量を奪われていたことで、レインは身体強化すらもまともにできない。


「いやぁぁーーっ!!」


 ブライトの悲鳴。レインはそれが隣から聞こえてきたことで、顔を横に向けてみる。


「ブライト…!」

「レイン、助けてぇ…!!」


 彼女は四肢だけでなく、身体全体を肉壁に取り込まれてしまっていた。唯一顔だけを覗かせ、その場で悲鳴を上げている。レインはすぐにでも助けたかったのだが、五体満足とはいかない身体では、どうしようもない。


「助け――」


 完全に顔まで取り込まれれば、ブライトの声は聞こえなくなる。レインはそこでやっと辺りの景色が鮮明に見えた。


「全員、捕まってるの…?」


 ノアとルナは見当たらなかったが、他の仲間たちは全員肉壁に拘束されている。レインと同様に気を失っている間に創造力を吸収され、未だに目を覚ましていない状態。


「…!」


 今度はお前の番だと言わんばかりに、彼女の四肢から先が徐々に取り込まれていく。身体をよじらせて暴れたところで、その抵抗は無意味に終わる。


「こんなところで、終わるわけには…!」


 世界が滅びゆく姿が脳裏に浮かぶ。兄が守り通そうとした世界が、消えてしまう。そんな彼女が最後に見た光景は、


「あなたは――」


 ゼルチュが誰かの亡骸の前で、涙を流す"記憶"だった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「コ"ワ"ス"、ス"ク"ウ"、マ"モ"ル"、コ"ワ"ス"…!!」

「――父上」


 海面に落とされたローザは、創造した小舟の上で自身の父親が同化したクラーケンを眺める。それと対峙しているのは、ノアとルナ。オリジナルの肉体を取り戻した二人ですら、苦戦を強いられているようだった。


「あなたは、この世界をそんなに憎んでいたのですか?」


 ゼルチュ、もとい白金昴という男はローザからすれば、思いやりに溢れ、心の底から平和を願う父親だった。戦争を終わらせるために新たな成果を出せれば、一人娘のローザにも喜びながら報告をするような父親。だから少女は、そんな父親を尊敬していた。 

 

「母上を失ったからですか? それとも、此方が弱かったから?」


 それが狂い始めたのは、彼の妻である白金美郷しろがねみさとが戦争によって亡くなった日から。白金昴は笑顔や睡眠すらも忘れ、ひたすらに研究に没頭し続けた。娘であるローザのことを気に掛けることもないまま。


「此方は父上の力になれるよう、人並み以上に努力し続けました」


 だからローザは"亡き友の為"、"父親の為"に強くなろうと決意をした。いつか白金昴がその努力を認め、あの笑顔と喜びを思い出してくれると信じて…。


「今の此方でも、父上の隣には立てないのでしょうか? 父上は、喜んでくれないのでしょうか?」


 しかし白金昴はこの何千年という時の間、ローザに見向きもしなかったのだ。むしろ時が経てば経つほど、彼の頭は狂気に染まり、いつしか"娘"という認識すらしてもらえなくなった。


「此方は――父上の"家族"じゃないのでしょうか?」


 あの幸せな日々は、もう二度とやってこない。母親が用意してくれた朝食を、父親と一緒に頬張ることも。母親の誕生日に、父親とサプライズを仕掛けることも。三人で、どこかへ出かけることも――。


「母上、此方はどうすれば…」


 少女は亡き母親にその答えを求める。当然だが、この世にいない人物が教えてくれるはずもなかった。しかし教えてはくれなかったが、ローザの脳内に白金雨音としての記憶が蘇る。それは母親が亡くなる一週間ほど前、父親の誕生日ケーキを買いに向かい最中のこと。


『母上は、どうして父上のことが好きになったのですか?』


 白金雨音はふと気になり、そんな疑問を母親へ投げかけた。特に理由もない。ただ、母親と他愛も無い会話を交わすために。

 

『あの人はね? 誰よりも頑張り屋さんなの』

『頑張り屋さん…?』

『そうそう。頑張り屋さんだから、期待されるともっと頑張っちゃう。研究だけじゃなくて、それ以外のどんなことにもね』


 母親である白金美郷しろがねみさとは、雨音の疑問に対して、自身の夫である白金昴を簡潔に説明する。


『けど自分のことは知らんぷり。食事も、体調管理も、お風呂に入るのも忘れて…。信じられないほどだらしなかった。そんな人が、私にプロポーズしてきたの』

『…どうしてプロポーズを受けたのですか?』

『確かに自分の事に関してはだらしなかったけどね。他のことに取り組んでいる時のあの人は、とてもとてもカッコよかった。例え周囲から孤立していても、自分の道を曲げることなく真っ直ぐに歩き続けるんだから』 

 

 白金美郷は、思い出に浸るかのように優しそうな笑みを浮かべていた。雨音もそれを目にして、自然と表情が綻ぶ。


『だから私はあの人と一緒になろうと思ったの。だらしないあの人が頑張りすぎないように、隣に寄り添ってあげたいって…』

『……』

『…雨音。この先、何があるか分からない。もしも私の身に何かがあったら、あの人の側にいてあげて』


 黙り込む雨音の頭を、白金美郷が優しく撫でた。そして会話の終わりに彼女が述べた言葉は、


『もしもあの人が真っ直ぐな道から逸れてしまったら――雨音が正しい道に戻してあげて』


 その一言だった。甦る記憶と、母親の言葉。それを思い出したローザは、前進を続けるクラーケンに再び視線を向けた。 

  

「…父上。此方は母上を殺したこの世界が、父上と同じくらい憎いです」

「ハ"カ"イ"ィ"ィ"ィ"ーー!!!」

「ですが、母上と父上が愛し合ったこの世界を、癒衣やエルピスが生きていたこの世界を――」 

 

 ローザの体内にある創造力が胸に集中すれば、その場で身体が上昇し始める。


「――此方は守りたい」


 少女の瞳が金色に変化すれば、この世界の時が停止する。灰色に染まり果てた景色。ローザの背後には無数の金色の歯車が展開されていた。


「"何を求める"」


 どこからともなくそんな声が聞こえると、少女の目の前に大きな天秤が現れる。


「少しの間だけでも構いません。この場で"生き返らせたい人"たちがいます」


 少女がその名前を述べれば述べるほど、天秤の左側に銀の重りが乗せられていく。


「"何を支払う"」

「此方の創造力、能力すべてです」


 ローザがそう言うと、右側に金の重りが二つほど乗せられる。しかし未だに左側へと天秤は大きく傾いていた。


「…此方の"命"」


 今度は金の重りが五つほど右側に乗せられる。流石に重さが増してきたのか、左側に大きく傾いていた天秤が、やや上がり始めた。


「これだけでも、足りないのですか?」


 だが命を捧げても、その天秤は均等にはならない。ローザは他に何か支払えるものがないか、両手を見つめて考える。


「――もう一つの世界で、此方が歩んだ"物語"」


 少女が小さくそう呟けば、金の重りが七つ右側へと乗せられ、天秤の傾きがちょうど均等になった。ローザはそれを見て、時が止まった世界の中で少しの間だけ目を瞑る。


「ごめんなさい…。大智さん、良輔さん、理恵さん、楓さん、利久、癒衣――そして"ニット"さん。此方は、この世界にあなたたちの"物語"を残せないみたいです」


 ローザは少しだけ寂しそうに謝ると、息をゆっくりと吸ってから目を見開いた。


「この世界は崩壊の危機に晒されています! だからこそあの"英雄"たちを…! 雫ノ夢を経験した"彼ら"を――もう一度だけ蘇らせてくださいっ!」


 少女の背後にある金の歯車が、徐々に回り始める。


「第五キャパシティ――」


 歯車が連鎖するように、次から次へとその動きを速めた。だが小さな歯車に囲われた中央に、大きな隙間が空いていたことで、歯車は宙を空回りするだけ。


「――機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ!!」 


 それを補うようにして、天秤が最後の大きな歯車となり、そこへ綺麗に収まった。


「"心得た"」


 歯車が音を立て、ガタガタと激しい音を立てながら回り出す。宙に浮かんでいた少女の身体は、仰向けの状態で小舟へ降下していく。


「母上、エルピス…。此方も、今そちらへ向かいます…」


 ローザの第五キャパシティ機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ。天秤に"求めるもの"に"釣り合う代償"を与えることで、一度だけ神の力で好都合に解決ができる――最後の奥の手だ。


「もっと――誰かに"愛されたかった"です」


 ローザは薄れゆく意識の最中、"小さな欲"を出して、


「"――"」


 ぼそりと何かを呟きながら、僅かに微笑んだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「――!!」


 触手たちを一網打尽にしているノアは、一つの方角へと視線を向ける。一つの存在が消えてしまったかのような…。そんな感覚を覚えたからだ。


「ノア、よそ見してる場合じゃないよ!」

「あ、あぁ分かってる!」


 ルナの呼びかけに返答をし、再びクラーケンとの攻防を開始した。どこまでも再生をし続ける触手と、最大火力だけでは吹き飛ばせない本体。


「どこに行ったんだあの"イカ共"は!!」

「同じようなやつが多くて分からないよ!」


 そして何よりも、ボートを襲った"イカ"二匹の行方。その二匹はレインたちごとボートを飲み込んでいる。一早く探し出さなければ、手遅れになってしまう。創造力を辿ろうとしても、その数が多すぎるが故に、上手く探し当てることができない。


「それに、私たち二人だけじゃこいつを止められない…!」

「弱音を吐くな! 俺たち以外に誰がこいつの相手ができるんだ!?」

「それはそうだけど…!」 


 遠い過去の記憶。強大な敵を相手にできるのはお前だけだ、と戦場に送り出される日々。それは敵との戦いというよりも、孤独との戦いに近い。今の状況がそれに似ていたため、二人は険しい表情のまま戦い続ける。


「こんなの、私たちの方が持たないよ!」

「何とか持たせるしかないだろう…!」

「ほんっっと、無茶言うよね!」


 けれど、それは一人で背負い込もうとしていただけではないのか。ふとそんな考えが二人の脳裏に過った。誰かに救いを求めれば、誰かに声を掛ければ、孤独を感じることなどなかったのではないか。 

 

「「…誰でもいい」」


 それを叫んでも、意味などないかもしれない。ただ気を紛らわせるだけになるかもしれない。しかし二人はもう、この言葉を叫ばずにはいられなかった。


「「――誰か手を貸して(くれ)!!」」


 ノアとルナが四方八方から触手に取り囲まれた――


創造貯蔵クリエイトストレージ

制裁サンクション


 その瞬間、白色の斬撃と天から降り注ぐレーザーによって触手は一掃される。


重力変移グラビティチェンジ

「エルガープロス」


 そして海中を這いずる残りの触手たちの動きが封じられると、複数の炎の塊が海面を大きく炎上させた。


百花繚乱ひゃっかりょうらん

虚眼きょがん


 次にボートを飲み込んで逃げ回っていたイカ二匹が、植物によって拘束され、海中から引きずり出される。二匹のイカは、体内に取り込んでいたレインたちを一人、また一人と吐き出し始めた。


交響曲シンフォニー


 ポルカの"雷鳴と電光"。それを奏でるピアノの音が聞こえれば、吐き出されたレインたちを数人の人影が高速で動き回りつつも、一人ずつしっかりと受け止めて、どこかへ連れていく。それがあまりにも一瞬の出来事で、ノアとルナは呆然としてしまう。その隙を狙って、二本の触手が伸びてきたが、


位置交換ポジショントレード

稲妻ライトニング


 一本は真っ二つに斬り込まれ、もう一本は雷によって焼け焦げた。二人はその間に戦艦の上まで連れて来られる。


「「……」」


 そして二人が目にしたその人物たち。それを目の当たりにしたノアとルナは驚きのあまり、言葉を失う。


「お前たちはしばらくそこで見ているといい」

「ああ、そうだな。少し休んでいてくれ」


 なぜなら二人を囲うように立っていたその者たちは、


「ここからは俺たち"七元徳"と――」

「――"七つの大罪"が引き受ける」


 何千年も前に死んだはずの、


「"お兄ちゃん"、カッコつけないで」

「"駿"、お前もだぞ」


 "七元徳"と"七つの大罪"だったからだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る