Noah et Luna
14:1 最高傑作
「レイン、あの壁を壊せ…!」
「…分かった」
ノアは学園長室まで到着すると、グラウンド側の壁を破壊するよう指示を出す。レインは壁に対して刀を二度抜刀し、正方形の穴を空けてしまった。
「ここから飛び降りるよ!」
「何でオレたちはこうも常にギリギリなんだろうなー!?」
四人が壁の穴から飛び出した瞬間、校舎があっという間に崩れ去り、瓦礫の山へと変わり果てる。グラウンドに着地をした四人は、周囲に異形の残骸が転がっている光景を目にしてから、ブライトたちの姿を探した。
「こちらです!」
「ローザ…!」
しかし正門前に立っているのはローザのみ。四人は他の仲間たちが異形に殺されてしまったのではないか、と不安を募らせつつも少女の側まで駆け寄る。
「この島が崩壊を始めています! 今すぐ海岸へ移動を…!」
「ブライトたちは?」
「全員無事です! 今は海岸へすぐに移動しましょう!」
ローザの後に続き、四人は海岸までの道を案内された。その最中に様々な建物が崩れに崩れ、足元の地盤に裂け目が入る。
「救世主、父上はどこへ?」
「悪い。途中で姿を見失って…」
「……そうですか」
四人がローザに連れられ辿り着いた海岸には、黒と白のボートが一隻ずつ浮かんでいた。その上にはブライトたちがそわそわしながら、ノアたちのことを待っていたようだ。
「ノアとルナ、だよね?」
「あぁそれなりに成長はしているが、正真正銘ノアとルナだよ」
「完全に俺らよりも年上じゃねぇか…」
成長を遂げた二人の身体を見たブライトたちは、怪訝そうにノアとルナを見つめていた。けれど、二人が胸元に付けているネームプレートを見せつけると、すぐに本物だと信用してくれた。
「雫、村正…!」
「大丈夫。気絶してるだけで、命に別状はないよ~」
「そうか、良かったぜ…!」
ルナが朧絢へ雨氷雫と月影村正が無事だと伝えると、彼はボートの柵に掴まりながら一安心する。
「感動的な再会は後だ。君たちも早くボートに乗れ。この島から離れるぞ」
デコードに催促され、海岸に立っていた五人もすぐにボートへ移動する。ノア・レイン・ローザは白のボート、ルナ・リベロは黒のボートにそれぞれ飛び乗った。
「こっちのボートは私が操縦する。そっちはリベロ、君がやれ」
「おいおいー!? オレはボートの操縦なんて――」
「君が操縦できるようにゲームのコントローラーを繋げておいた。これならどうにかなるだろう」
デコードが白のボート、リベロが黒のボートの操縦席に立ち、島の外側へと発進させる。ボートは並列をしていたが、徐々に加速を始め、みるみるうちに島との距離が増えていく。
「ノア、君には別件で頼みたいことがある」
「頼みたいこと?」
二隻のボートの後を、ナニカが物凄い勢いで追いかけてくる。ノアは目を凝らして、それを確認してみれば、
「おいおい何だよアレはー?!」
「島の下に住んでいた化け物の触手だ…! ノア、ルナ…! 君たちでアレを止めてくれ…!」
あの灰色の触手だった。海中で身体をくねらせ、ボートを引きずり込もうと襲い掛かってくる。ノアとルナは操縦席の屋根の上に飛び乗り、二丁拳銃と黒の大鎌を構えて臨戦態勢を取った。
「全員、柵に掴まってるんだ…! 速度を更に上げる!」
「絶対に振り落とされんなよー!!」
前方から襲い来る何本もの触手を、デコードとリベロは器用にボートを操作して回避する。デコードは五秒後の未来を予測できる能力、リベロはレースゲームで鍛えられた技術。各々の力を発揮して、可能な限り最善のルートを選んでいく。
「いくらなんでも数が多すぎるぜー!!」
「救世主…!」
数で押し潰そうとする触手たち。デコードとリベロが声を上げれば、ノアとルナは地を蹴って、向かってくる触手と正面からぶつかり合う。
「俺たちのことは気にするな! とにかくこの場を切り抜けることだけ考えろ!」
「どうせ飛んで戻れるしね~」
ルナは第一キャパシティの
「俺は飛べないけどな…!」
対してノアは触手の上を着地地点として、何度も何度も飛び移りながら、二丁拳銃で四方八方の触手を撃ち抜いて粉砕していく。波飛沫が上がり、落ちゆく中で、彼は次々と触手を叩きのめしていた。デコードはノアが計算して切り開いたルートを、精密なボートの操作で前進する。
「…あの人がリベロくんに操縦させたのは、これが理由だったんだね」
「流石に操縦が上手いな」
辺りの光源は月明かりとボートのライトだけ。暗闇に包まれた海上で、デコードとリベロの運転は抜群のセンスを誇っていた。後方から迫る触手を絡ませるように仕向けた左右を往復するような動き。伸びてきた触手が、船に掠る寸前を狙う反射神経。どれもこの状況でなければ発揮されない"才能"。
「デコード、後どれだけ離れればいいんだ!?」
「"アイツ"の守備範囲は馬鹿にならない…! 早くて数キロ先だ!」
「おい、オレの集中力が持たねぇぞー!」
再び二隻のボートが並列に走れば、ノアとルナが操縦席の屋根の上に着地をした。そこで手短に会話を交わして、身体を海中に潜めながら追いかけてくる触手に視線を向ける。
「あいつら、俺たちの動きを学んでいるのか?」
「そうみたい。長引けば長引くほど、厄介なことになりそうだよ」
迂闊に海上へ姿を見せると、ノアとルナに潰されることを理解しているようで、触手たちはギリギリまで海中に身を潜めていた。
「学べるうえにすぐ再生する。これは本体を叩くべきだな」
「いや、やめておいた方がいい。"アイツ"は――」
大海原に響き渡るのは、鼓膜を直接破りに来るような"超音波"。その場にいる者全員が耳を塞ぎ、操縦席に立っていたデコードとリベロも片手で耳を塞いでいた。
「――危ない!」
レインに放たれた触手の鞭打ちに気が付いたローザが、咄嗟に彼女を押しのける。
「うぁっ…!?!」
「ローザ…! デコード、引き返せ!」
ボートの外まで吹き飛ばされ、海の上へと放り出されてしまう。ノアとすぐに助け出そうと、デコードへそう伝えたのだが、
「ここで戻れば全員アイツの餌食になる…! この状況の場合、数人の命の為に一人を見捨てることが最善の選択だ!」
「……!」
デコードはボートをそのまま前進させ続ける。ノアが見つめる先で、ローザが海面に顔を出すことはない。生きているのか、死んでいるのかすらも不明だった。
「後少しだ…! 後少しで範囲外まで…!」
二隻のボートが並列で海上を走り抜け、ある特定のラインを超えてしまえば、しつこく追いかけ回してきた触手がピタリとその場で静止し、島のある方へと引き返していく。
「…どうにか抜け出せたか」
「も、もう二度とチェイスゲーなんてやらないからなー」
範囲外にボートを停止させたデコードとリベロは、疲労困憊した様子で近くにある椅子へと腰を下ろした。柵に捕まっていたブライトたちも、一息入れるためにその場へ座り込む。
「…ローザ」
ただ一人だけ、静かな海面を見つめていたレインはぼそりとそう呟いた。そんな彼女の隣にノアが歩み寄る。
「ローザは無事だと思うぞ」
「…本当に?」
「絶対とは言い切れないが…。ローザが海に落ちても、あの触手たちは襲い掛かりはしなかった。アイツらの狙いはおそらくノエル。今はローザが生きていることを祈るしかない」
彼に励まされたレインは強く頷き、これからどうするのかを尋ねようとした瞬間、
「ノア!」
ルナが彼の名を呼びながら、島が浮かんでいた方向を指差した。
「あれは"イカ"、なのか…?」
その方向で蠢いていた生物は、夜空に浮かぶ雲を突き抜けるほどの巨大な身体を持つ"イカ"。何百本もの太い触手をゆらゆらと動かして、海の底から鳴り響くような轟音で唸る。ノアとルナでさえも、これほどまでに巨大な生物を見たことが無かった。
「…あの生き物の名前は"クラーケン"。島の底に住み着いていた化け物でもあり、ゼルチュのユメノ使者でもある存在だ」
「ユメノ使者…!? あんなに巨大なユメノ使者を出すには、計り知れない創造力が必要なのに…! 私でもあんなのを呼び出すのは無理なんだよ!?」
巨大なユメノ使者を召喚する際、その図体は主の創造力の量によっては、本来の大きさよりも小さくなったりする傾向がある。もし等身大で召喚したい場合、その分だけ創造力を多く備えなければならない
「ゼルチュの奴、研究所のクローンを餌にしたな」
「そういうことか。ゼルチュ本人の創造力じゃなく、自分自身で創り出したクローンたちの創造力を、その肉体ごと喰らわせたのか」
「その結果、あんなバカみたいにデカいバケモンになっちまったのかよー」
クラーケンは前へ前へと進んでいる。あまりにも巨大な身体のせいで、辺りに津波や渦潮を引き起こしていた。
「ワ"タ"シ"ガ"ァ"ァ"…!! コ"ノ"セ"カ"イ"ヲォ"ォ"!!」
「今の、ゼルチュの声…!」
「ワ"タ"シ"コ"ソ"ガ"ァ"ァ"――
クラーケンの鳴き声と共に聞こえてくるゼルチュの声。デコードはそれを耳にして、顔をしかめる。
「自らの肉体をも、クラーケンと同化させたのか。あのマッドサイエンティストめ」
ゼルチュの能力、
「シ"ハ"イ"、シ"ハ"イ"ヲ"ォ"ォ"…!! コ"ノ"セ"カ"イ"、コ"ワ"セ"ェ"ェ"!!!」
「完全に正気を失っている。まともな会話もできない。だが狙われている以上、ここでやり合うしかないな」
クラーケンが向かっている方角がノアたちいる場所。狙われていると誰しもが考えていた時、ルナだけがあることに気が付いた。
「…違う、ゼルチュの狙いは私たちじゃない」
「俺たちじゃない? なら何を狙って…」
「あの身体で"陸"に上がろうとしてるんだよ!」
全員がそれを指摘され、ルナに注目をする。デコードはすぐさま懐からタブレットを取り出して、方角と位置を巧みに計算をし始めた。
「島の位置は現ノ世界とユメノ世界の境界線の上。あの位置から私たちのいる方角へクラーケンが前進を続ければ――辿り着くのは"現ノ世界の大陸"だ」
「「「――!!」」」
誰もが息を呑んだ。あの巨大なクラーケンが大陸に上がれば、それは間違いなく過去最大の災厄となり得る。犠牲者どころの話ではない。大陸自体が崩壊する可能性もあるのだ。
「どうにかして止めないと…!」
「止めるたってあんなバカデカいのどうやって止めんだよー!?」
レインがそう提案をするが、リベロは彼女に具体的な説明を求めた。クラーケンにとって、人間の攻撃などは蚊に刺された程度の威力。それを何度も行ったところで、止められるはずもなかった。
「おい、上から何か降ってくるぞ!」
朧絢の声によって、全員が夜空を見上げる。小粒の黒い影が、近づけば近づくほど大きさを増していく。
「――!!」
その大きさはボートを覆うほど。しかもよく見てみれば、それは鋭い牙が円形状に生えた口。
「全員、すぐにここから退避を――」
そう言いかけ、二隻のボートは黒色の大口に包み込まれてしまった。
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