12:14 『Rosa』後篇
とめどなく襲い掛かる銀製の武器類。それをノアは二丁拳銃で受け流したり、創造破壊をしたりを何度も行っていた。ローザは怒りによる感情のせいで、冷静さを失っている。彼はそんな少女を見据えつつも、着実に距離を詰めていた。
「
(この能力は強力だが、もう慣れた)
右の手の平を向けられた方向と自分の位置を踏まえて、どこの空間が抉られ、どのぐらいの距離が減るのかは憶測が立てられる。ノアは大きく左右へと飛び交いながら、空間を操る能力による攻撃をすべて回避していた。
「此方が、あなたに劣るはずがありません!」
発砲を繰り返し、向かってくるノア。ローザは距離を詰められる前に、自身の周囲に能力で空間を増やす。それによりノアの立ち位置が、大きく後方へと下がってしまう。
「
「後ろに…!」
しかしノアは、詰める際に撃ち出していた何百発かの弾丸のうちの一つを視界に捉え、その弾丸の位置と自分の位置を交換する。ローザは銀製の盾を後方へ構えさせたが、
「無駄だ」
「ぅっ…!?!」
再び
「…仕方ありませんね」
(自分で武器を…?)
ローザは一瞬グラっと大きくふらついていたが、手元に銀製のナイフを創造して、ノアの顔を睨みつける。彼は今まで遠隔で操作していた武器を、少女自身が手に持ったことに疑問を抱く。
「この能力で、あなたを殺してみせます」
そう言いながらもローザは、右ではなく左の手の平を今度はノアへと向けてきた。彼は少女の姿を見つめ、何が来ても対処ができるように警戒をし、
「――
少女がボソッと何かを呟いた瞬間、自分の胸に先ほどローザが握っていた銀製のナイフが突き刺さっていることに気が付いた。それもしっかりと心臓に突き刺さっている。
(まずっ…)
ノアは吐血しつつも、すぐさま銀のナイフを引き抜いて、心臓が無残に破裂するのを再生で何とか防ぎ切った。
(何が、起きた…?)
彼は、チクリと巨大な蜂に刺されたような感覚に困惑する。警戒していたはずなのに、何の気配もなく、気が付けばナイフが突き刺さっていた。ローザは変わらず、視線の先に立っている。
「運良く生き延びましたか」
ノアがナイフを引き抜き、創造力を傷ついた心臓に通わせ、再生を念じるまで一秒も無かった。そもそも一秒以上もかけていれば、間違いなく死んでいただろう。彼は詳細の掴めない能力を理解しようと、脳をフル回転させる。
「これも此方が努力をして手に入れた能力。どんな者でも打ち破れない、この世界で最も強い能力です」
「…その能力でグラヴィスを殺したんだな?」
ノアがルナから聞いていたグラヴィスの死因は、心臓に突き刺さっていた銀のナイフ。それとまったく同じ手法で死にかけたことで、彼はローザへとそう尋ねた。
「えぇ、そうですよ。あの者は此方に何をされたか理解できないまま、殺されましたね」
「何故ならお前の能力は"時間を止められるから"、だろう」
「理解が早いですね」
ローザの第三キャパシティ
「能力の効果を見破られたところで、あなたは時の止まった世界では抗えません。此方の手によって、あなたは知らぬ間に殺されることになります」
「…空間を操る能力に、時間を操る能力。この二つを使うのに必要な代償は何だ?」
能力には必ず欠点があり、強大な能力には必ず何かしらの代償がある。空間に時間。この二つを操れば、この世界に大規模な影響を与えることができる。ここまで規格外の能力に、"代償を支払わない"という選択肢などあり得なかった。だからこそノアは、ローザが何を代償に能力を使用しているのかを尋ねたのだ。
「……代償はありません」
「嘘をつくな。俺がお前のユメノ使者と交戦している時、空間を操る力を使わなくなったのは、能力を使い過ぎたからじゃないのか?」
彼がローザのユメノ使者であるネメシスと交戦していたあの時。少女は彼に第二キャパシティ
「違います。此方は別の力を使おうかと判断しただけです」
「無理をしても良いことはないぞ」
「あなたこそ、太刀打ちできない能力に殺されることが…恐怖で仕方がないのでしょう? だからこそ、此方にそのような話を持ち掛けたのです」
ノアは恐怖を感じてなどいない。むしろノアからしてみれば、ローザの方こそどこか恐怖を感じているように見えた。彼は少女の方を見て、あることに気が付く。
「お前、背が縮んでいないか?」
「――!」
ローザの背後にある大木。その幹にある傷跡の位置は、ノアが交戦する前から付けられていたもの。最初はローザの首元辺りに高さにあったのだが、今は頭部の頂点まで上がっている。これは大木の傷跡が移動したのではなく、ローザ自身の身体が縮んでいることを表していた。
「…まさか、あの能力の代償は――」
「身体です。
「ならその時間を止める能力。それを使うために何の代償を支払っている?」
「いいでしょう、冥土の土産に教えてあげます。
「生きた時間?」
ローザは自分の右手に銀のナイフを創造する。
「時間を一度止めるたびに、此方の歩んだ時間が戻される。何度も使ってしまえば、身体は成長せず、一生歳を取れないままこの世界で過ごすことになります」
「…!」
「代償を上手く利用する方法も考えました。
「…無理だろうな。能力はその者の魂と結びついている力だ。身体が二ヶ月前の肉体に遡ろうが、魂と結びついている能力によって課せられた代償は、必ず支払わなければならない」
「ですが、此方はその代償を唯一上手く利用する方法を考えました」
ローザは銀のナイフの矛先をノアへと向ける。
「
「そうか…! だからお前は俺のことを知っていて…!」
ノアはずっと疑問に思っていた。
「此方が四十六歳の頃、この
「どうしてそこまで生き延びて、強くなろうとした? お前は一体何が目的なんだ?」
「…前に此方があなたへ話した内容を覚えていますか?」
ローザに問いかけられ、ノアは考える素振りを見せる。
「DDOが起こる前の"雫ノユメ"に関してか。あれとお前に何の関係があるんだ?」
「――"災厄の日"」
DDOを起こすきっかけとなった雨氷雫のユメ。そのユメの中では、二つの世界が主軸となり動いていた。その片方の世界で起きた一連の事件。人間とは異なる種族が、人間界を襲い始めるという災厄。ノアは前世でそれを経験していたため、記憶が徐々に脳裏で甦る。
「あの世界は滅び、残った世界は一つだけでした」
「どうしてお前がそれを知っている?」
「此方も雨氷雫のユメに巻き込まれていた――ユメ人の一人です。それも真白高等学校に入学をしたばかりの一年生です。名前は
ローザは、少女は雫ノユメによって夢の中へと引き込まれていた被害者。彼はそれを聞いて、とあることを思い出す。
「一年二組
ノアが雫ノユメで真白高等学校に在籍する生徒の名簿を確認していたとき、ふと目に入った名前。他の者の名前は曖昧だったが、この名前だけはハッキリと的確に覚えていた。
「此方はあなたのことを知っていました。雨空霰として体育祭で雨宮徹に杖を投げられたことも、期末テストで神凪楓を差し置いて学年一位になったことも――すべて見ていましたよ」
「…」
「雨氷雫のユメが終わり、目を覚ました此方は病室のベッドで寝かされていました。それも、木村玄輝の隣にあるベッドにです。あなたはお見舞いに来ていましたね」
ローザの述べていることは嘘偽りなどではなく、確かにノアは雨空霰として木村玄輝のお見舞いに病院へと訪れている。これはもはや信憑性云々の話だ。
「さて、問題はここからです。DDOの被害によって、此方たちの世界は現ノ世界とユメノ世界に分けられました。ですが本当に被害はこれだけだったのでしょうか?」
「…何が言いたい?」
「DDOの影響は非常に強力です。一つの世界を現ノ世界とユメノ世界に分断するだけでは、その影響力は収まりません」
少女は左手に古臭いスマートフォンを創造して、その画面をノアへと見せた。
「DDOは――主軸となる世界を二つにしました。あの災厄の日で滅んだ世界と、雨氷雫が此方たちに歩ませた世界のように」
その画面に映っていたのは、数人で撮影した集合写真。白金雨音として生きていた少女と、金髪の神凪楓までは分かるが、他の人物が誰なのかノアには分からなかった。
「此方は、この世界の住人じゃありません。DDOによって生み出され、ナイトメアによって滅んだ世界に住んでいました」
「ナイトメアによって滅んだ…?」
「そうですよ。此方たちは世界の存亡を賭けた戦いで、この世界に負けたのです」
彼は首を傾げる。考えたところでそれはこの世界で起きた出来事ではないため、"この世界に負けた"という言葉を理解できるはずがない。
「此方の思い出も、記憶も、仲間も、片想いも――すべてが無かったことになりました」
「…」
ローザは左の手の平をノアへと突き付ける。
「これが此方が歩んだ道です。土産話には丁度いいでしょう」
「これだけは言っておく。その能力は使わない方がいい」
「…脅しですか?」
「脅しじゃない。時間を止めた瞬間、お前が必ず負ける」
強がりではなく、本気の目をしているノア。そんな彼の顔を少女はやや怪訝そうに眺めたが、
「此方を揺さぶるための挑発に過ぎませんね」
ただ平然を保っているだけだと決めつけて、
「――
その場の時間を静止させた。
「初代救世主、此方の勝ちですよ」
止められる時間は一度使用する度に一分間。少女は静止した世界の中、ノアの側へと歩み寄る。
「…?」
が、周囲の空気に違和感を覚えた。
「…これは?」
花畑全体に漂うのは、薄い紫色のガス。こんなものは先ほど漂っていなかったはず…とローザが目を細めた途端、
「ぅぐっ…!?!」
少女の意識が大きく揺らいだ。そこで薄い紫色のガスが、毒物だと理解する。
(この場を離れるべきですねっ…)
ガスが届いていない場所まで離れることにしたのだが、どれだけ歩いてもそのガスが漂い続けている。その範囲は花畑から何百メートルも先もあるように見えた。
「ぅっ…ぁっ…」
(ノアは、これを狙ってっ…!!)
時を止められた者は、置物同然の状態。その為、毒ガスのど真ん中に立っていたとしても、何の悪影響も受けないのだ。しかしローザはこの静止した世界の中で動くことができる。つまりは毒ガスの中で、一分の間も生き続けなければならないということ。
(身体が、麻痺して……)
体内へと毒ガスの侵入を許したせいで、全身の節々が麻痺してしまい、ローザはその場に倒れ込む。毒に侵された肉体は、指先一つ動かすことができなかった。
「…だから言っただろう。時間を止めた瞬間、お前が必ず負けるって」
一分経てば、漂っていた薄紫色のガスは毒素が抜けて、瞬く間に空気に溶けていく。ノアは足元に倒れているローザを見下ろしながら、そう声を掛けた。
「あのガスは、ばら撒いてから三秒間だけ毒ガスになるように作った。この宝石からBクラスのネクロの能力を継承してな」
「どうして…能力の…欠点をっ…」
ノアがローザの顔の前に落としたものは青紫色の宝石。スロースがネクロを殺した後に、グラヴィスへと渡し、ルナがグラヴィスの遺体から回収したもの。彼はその宝石を使用して、自身の第七キャパシティに
「グラヴィスは、スロースからこの宝石を渡された理由をずっと考えていた。その渡された理由を、グラヴィスは殺される直前に分かったんだ。ローザの時を止める能力を打ち破るためだと」
「…!」
「あいつは、お前に気付かれないようにその宝石と血文字のメッセージをこう残した。『ローザの能力は、毒で対策できる』ってな」
グラヴィスの背中で隠れた木の麓には、青紫色の宝石とそのメッセージが残されていた。ルナはそれを見つけ、ローザと戦いに行くノアへと託す。彼は最初何のことなのか理解が出来なかったが、時を止める能力を見て、どういう意味なのかをやっと理解した。
「スロース…。元々、此方を、裏切るつもりだったんですね…」
「その真意は俺にも分からない。あいつが本当にこうなることを予測していたのなら…。頭が上がらないな」
ノアはうつ伏せに倒れているローザを、仰向けの態勢へと変えさせる。
「あのガスに含まれているものは、身体を動かせなくなる麻痺成分と創造力の流れを乱す成分だけだ」
「本当に…他の者を…殺さないのですね…」
「誰かを殺すために、俺たちはこのエデンの園にいるわけじゃない」
彼は見つめてくるローザにそう返答すると、視線を東の方角へと移す。
「あなたの他の仲間は…生きていますよ…」
「…どうしてそう言い切れる?」
「風の噂、ですよ…。どこかでこの"物語"を見ている誰かの声…。それを聞けるのが、此方の第四キャパシティです…」
ローザの第四キャパシティ
「あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"あ"ぁ"―――ッッ!!!!」
「…!!」
エデンの園に響き渡る叫び声。それが西の方角から聞こえてきたため、ノアはその方へと顔の向きを変えた。
「あっちから…。ということは、デュアルとルナが向かった方角か…?」
「…デュアルが、暴走します」
「暴走?」
彼は西の方角から第六感で底の知れぬ憎悪を感じ取ると、仰向けに倒れているローザを背負う。
「…何を、しているのですか?」
「こんなところに置いていけないだろ。それに一人より二人の方が心強い」
そう言って、西の方角へ走り出すノア。ローザはゆらゆらと揺られながらも、何とか彼にしがみつく。
「此方が、またあなたを、殺そうとするかもしれませんよ…?」
「大丈夫だ。お前の能力は全部対策済みだからさ」
「…あなた、ムカつきますね」
ムッとした表情を浮かべるローザにノアは、
「ローザ」
「…何ですか」
「努力が才能を上回れる可能性。ちゃんと証明できていたぞ」
微笑しつつもそう伝え、顔の向きを少女の方へと変える。ローザはそんな彼に顔を見られないよう、木々へわざとらしく視線を移すと、
「…あなたは卑怯です」
まんざらでもない様子で、ぼそりと呟いた。
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