12:7 『Witch』
爆発に紛れ、炎の渦が暴れ回る。ウィッチとリベロはお互いに接近することもなく、離れた距離から能力を衝突させ合っていた。木々が粉々に吹き飛び、炎によって燃え尽きる。
「詰めてこないのねー?」
「触れられたらアウト…ってことを知ってるからなー」
そのような交戦をしばらく続けていれば、いずれ辺りの木々も浪費し尽くし、地平線と焦げ跡が残る更地となった。二人は余裕綽々な態度を保ちつつも、警戒を怠らないよう、相手から視線を一瞬たりとも逸らすことがない。
「ならこっちから行くわよー」
足元に転がる土の塊を手に掴み、リベロに向かって投擲する。塊内部の接着力が弱いことで、彼の前まで辿り着くことなく空中で分解してしまったのだが、
「おいおい、勘弁してほしいぜー」
ウィッチが一度指を鳴らすと、一粒一粒の土が一斉に爆薬に変貌し、リベロをのみ込んでしまうほどの大爆発を起こした。彼は瞬時に自身の周囲へとコンクリートの壁を創造して、何とか身を守る。
「それが命取りよー」
彼女はリベロの創造したコンクリートの壁に指先を触れ、内部で爆発が起きるように起爆させた。ウィッチを相手に、自分の周囲を守るために壁を創り出す行為は、自殺行為のようなもの。
「そんぐらい読めてるぜー」
「…!」
ドームのような円状で創られたコンクリートの壁。ウィッチが接近してくることを見越していたのか、彼女から丁度見えない位置に、抜け出すための小さな穴が空いていた。既にそこから避難していたリベロが、大剣を振り上げてウィッチへと不意討ちを仕掛ける。
「母親は大切にするものよー?」
彼女はヒラリと振り下ろされる大剣を回避すれば、リベロの目の前に焦げ跡の付いた葉を浮かばせた。
「オレのお袋はもう死んでるんだよなー」
リベロはそれをウィッチが起爆させる前に、炎で跡形もなく燃やし尽くす。次なる行動に移してはならない。彼は瞬時に第四キャパシティを発動した。
「
空いている左手をウィッチの身体に押し付け、光のレーザーを撃ち込んだ。彼女はレーザーと共に地面に引きずられながら、吹き飛ばされる。
「めんどうな能力ねー」
「それはオレも同感だなー」
ウィッチは大木に背中を衝突させると、両手を握りしめリベロの元まで駆け出した。彼はその行動に、やや動揺してしまう。
(…何を企んでる?)
彼女の能力は、どちらかといえば遠距離向き。確かに一度でも触れられさえすれば、近距離だろうが遠距離だろうが爆発させれば関係ない。しかしそれを理解しているリベロの隙を狙うこともなく、ウィッチは正面から堂々と向かってきたのだ。
「面倒だけど…。手っ取り早く終わらせるには、この手を使うしかないのよー」
リベロの大剣が届くギリギリの距離まで近づけば、ウィッチは握りしめていた両手を開く。そこから地面に落ちていくのは、彼女が着ている服の切れ端。
(足元で爆発でもさせるつもりか? そんなことすれば、こいつも巻き込まれるだろ)
服の切れ端はただの脅し。ウィッチは意識をその切れ端へと逸らし、別の本筋で何か大技を叩き込んでくる。リベロはそう推察したうえで、自ら一歩を踏み出し、大剣で斬りかかった。
「甘いわね」
「…っ!?」
だがウィッチはそれを狙っていたかのように、両手の指を軽く鳴らす。まさかの自爆技。リベロは起爆する前に急いで後方へと飛び退いた。
「――そういうところよ」
そこで彼は気が付く。ウィッチが狙っていたのは、こけおどしだと睨んで突っ込んでくる行動じゃない。
「やべッ――」
こけおどしが起爆すると判断し、後ろへと飛び退いた行動だと。
「母は子より強し、よ」
飛び退いて地面へ足を付けた途端、そこで大爆発が巻き起こる。リベロが着地した場所は爆心地。生半可な怪我では済まされない。視線の先で硝煙が立ち込める光景を見て、彼女はポケットから一枚のチューイングガムを取り出す。
「隠し玉は持っておくべきねー」
ウィッチが誰かと交戦する際、口の中へとガムを忍ばせていた。その理由は食べるためではなく、厄介な相手の不意を突くため。触れているものを爆発させるという能力を知っている相手は、彼女の両手を最も警戒する。なぜなら、何かを投擲するときは必ず両手を使うことになるから。
それを逆手にとる技が、口の中にあるものを吐き出す行為。両手に注意を向けている相手は、絶対に彼女の顔など見向きもしない。だからこそウィッチは、両手に何か隠し持っていると見せかけ、注意が逸れている瞬間に引っ付きやすいガムを口の中から飛ばす。
「これで終わりねー」
それが相手の身体に付着すれば、プラスチック爆弾と何ら変わりない。相手が彼女から距離を取った瞬間に、手加減なしの大爆発を起こせばチェックメイト。ガムを噛んでいたことさえ悟られなければ、相手がその手法に気付くはずもない。例え気が付かれたところで、ガムは中々衣服から剥がれない。その僅かな残骸が付いたままになる。そう。飛ばしたガムが付着した時点で、彼女が勝利するのだ。
「…甘いのはお袋の方だぜ」
「あんた…」
けれど、その勝利は収められない。硝煙から姿を見せたのは創造形態を使用していたリベロ。専用の衣服はあまりにもボロボロで、肉が抉れたりとかなり深手を負っていた。
「あんたが初めてよー。アレを受けて生きていられたのは」
「オレは仮にもお前の息子だからなー…。別の方向で警戒しといて良かったぜー」
起爆される瞬間、リベロは第三キャパシティ
「あんたは"あの子"のように馬鹿なのねー。私のことを未だに母親だと思っているなんてー」
「…ヘイズのことを言ってるのか?」
「そうそうー。あの子は私がクローンだと分かっていて、あんたの為に連れ戻そうとしたのー。まぁ無理な話よねー」
リベロは再生を使用して、身体の治療を行う。先ほどの大爆発から生き延びるために、彼は創造力をある一定のラインまで消費してしまった。この一度の再生が、最後の治療となる。ここからは再生無しの戦い。そんな状況に険しい表情を浮かべながら、リベロはウィッチの話に耳を傾けていた。
「お袋。ヘイズは、第二キャパシティを使ってたか?」
「さぁー? 私が見たのはエンヴィーから引き継いだ第三キャパシティだけねー」
「…!」
ヘイズの第二キャパシティは
(あいつ、本当にお袋を生かしたまま連れて行こうと…)
しかし、勝ち目がないウィッチを相手にしたのなら話は別だ。我が身に生命の危機を感じたのなら、危険な能力を使ってでも戦わなければ生き残れない。普段のヘイズだったら、それぐらいは分かっているはず。
「私は教えたのよー。本当の母親と父親は、神凪楓と月影村正だってねー」
「…そうか」
「あらー、驚かないのねー?」
「オレは知ってたぜ。お袋たちが、オレの為に偽名を使ってたことぐらい」
幼少期の記憶、リベロが現ノ世界に住んでいた頃。一人で留守番をしている時に、親に隠されたゲーム機を探していた。
『なんだこれー?』
戸棚の引き出しを探していれば、そこで母親と父親の保険証らしきものをリベロは見つける。そこに記載されていたのは、彼の知っている親の名前じゃなかった。苗字である"月影"という文字は一つも見当たらない。
「あの時はまだガキだったからなー。オレが誰かのレプリカだって教えられたときに、すべて理解したぜー。オレの親父はあの月影村正ってやつだってなー」
何の根拠もない、ただの勘。口調が似ているからといって、その人が親だという証拠はどこにもない。どこか似ているような、親近感を覚えるような相手。そんな曖昧なモノを抱く相手こそが、本当の親。リベロは月影村正と出会ったとき、心のどこかでそれを感じていたのだ。
「ほんとに馬鹿ねー。それならどうして私のことをまだお袋って呼ぶのよー?」
「実の母親が、実の父親が違ったとしてもさー。オレにとってのお袋はお前だけだぜー。今も昔も、あの暑苦しい親父とめんどくさがりなお袋がオレにとっての家族だからなー」
「あっそ」
ウィッチは質素な返事をし、冷ややかな視線をリベロへと送る。
「…嘘ばっかりね」
一言そう呟いて、指を鳴らす。次に起爆させるのはウィッチが落とした服の袖。その位置は、ちょうどリベロの真横。
「――嘘じゃない」
リベロのその一言と同時に、再び大爆発が巻き起こる。彼女は彼が創造力をすり減らしていることを知っていた。もう記録&再開が使えないことも。次の爆発を避けることができないということも。
「楽園で、あの子と仲良くなることねー」
勝利を確信した彼女は、その場を去ろうと背を向ける。
「楽園にはまだいけないなー」
「――!!」
背後から聞こえてきたリベロの声。それを耳にしたウィッチは、すぐさまその場で振り返る。
「あんた、何で生きて…」
リベロは無傷の状態。先ほどの大爆発で深手を負っていたとは思えないほど、創造形態の衣装を綺麗に保たれていた。
「お袋、オレは嘘なんかついていないぜー」
「…」
「お袋や親父が、オレをここまで育ててくれたこと。その事実は変わらない。尊敬していたお袋たちは、好きだったお袋たちは、"あんたら"しかいないからさー」
彼は右のポケットから一枚のネームプレートを取り出す。
「ヘイズのことだって、ほんとは好きだった。嘘を吐き続けたのも、すべてはヘイズの為だった。けどあいつは死んじまった。そん時は、悲しさよりも後悔が大きかったな。どうして嘘ばっかりついちまったんだろって」
「…」
「これでもう、オレが嘘をつく理由はなくなった。嘘吐きから卒業して、これからは――」
リベロはHazeと刻まれたネームプレートを強く握りしめ、
「――"正直者"だぜ」
強い意志を示した瞬間、彼の中で何かが大きく変化を始めた。
「能力の、進化…?」
ウィッチは確かにその進化をリベロから感じ取った。彼の第一キャパシティ
「
「お袋、あんたに感謝しているからこそ――」
リベロが大剣を構えて、ウィッチの元へと走り出す。彼女はすぐに指を何度か鳴らして、彼を爆発に巻き込んだ。
「なっ…どうして無傷で!?」
しかし爆発に巻き込まれても、リベロは立ち止まらない。彼にとってその連鎖的な爆発が、何の障害にもなっていないようだった。
「――ここで終わらせてやるぜ」
「ッ――!!?」
リベロはウィッチの腹部に、大剣の刃が付いていない樋部分を叩き込む。その一撃は、
「殺さない…のね…?」
「当たり前だろー。仲間とこのエデンの園で人を殺さないって約束してるからなー」
「ほんっと…あんたたちは…馬鹿…」
ウィッチは、微笑しながら右手にナイフを創り出した。
「お袋、何をして――」
「あんたのおかげで、少しだけ自我を取り戻したのよ…。今のうちに、自我が失われないうちに、ここで自害するわ…。自分の子に、親を殺させるわけにはいかないもの…」
「…お袋」
リベロはその場にしゃがみ込み、母親であるウィッチの左手を握りしめた。
「ごめんなさい…。あんたの、大切な人を殺して…」
「お袋は悪くない…! 悪いのはゼルチュだぜ…!」
「…私も、いい息子を持ったわね」
ウィッチはリベロを抱きしめる。一人の息子が呼吸をしていること、心臓の鼓動を鳴らしていること、涙を流していること。それをしっかりと母親として受け止めた。
「うぐっ…」
「お袋…!」
そして息子から離れると、自分の心臓にそのナイフを突き刺し、その場に仰向けで倒れる。リベロは母親の顔を覗き込むように、四つん這いで側まで近寄った。
「情けない顔ねぇ…。そんな顔で泣かれたら、めんどうでしょ…」
彼女の顔に、リベロの涙の粒が落ちる。
「絶対に、この面倒ごとを、すべて終わらせなさいよ…」
「あぁ、分かってるっ…!」
「違う、でしょ…。私の息子なら…もっと…」
「…分かったぜー。後は、任せておけよなー」
いつもの余裕綽々な態度。それを目にしたウィッチは、安心したように目を瞑る。
「――
「お袋…? お袋ぉッ…!!」
母親から消えていく温もり。それを感じ取り、リベロは叫ぶ。
「――母さん」
彼はしばらく母親の亡骸の側で、涙を流していた。その余韻に浸りつつも、ウィッチのポケットに入っていたチューイングガムを取り出して、それを自身の懐に仕舞う。
「あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"あ"ぁ"―――ッッ!!!!」
「…何だ?!」
島全体に響き渡る雄叫び。方角は東。ルナがデュアルの後を追いかけた方角。リベロは涙を拭うとその場に立ち上がり、その方角を見る。
「おいおい、何だよこの変な力」
創造力でも、霊力でも、妖力でもない気色の悪い力。それを感じ取ったリベロは、母親の亡骸に背を向け、急いでその方角へと走り始めた。
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