October Holiday

 デコードとAクラス

「すまないな。君たち二人を呼び出してしまって」


 私は時計の針が丑三つ時を回る頃、寮の近くの公園にローザとエルピスの二名に召集をかけていた。


「先生、ローザ様と私に何か用でも?」

「少しだけ大切な話だ。君たちにとってな」


 エルピスに先生と呼ばれたことで、私自身がAクラスの担任を務めていたことを思い出す。ウィッチやサヨの辺りはきちんと出席を取っていたようだが、私が最後に教室に顔を出したのは四月の下旬。かれこれ半年も経つ。


「此方たちをこんな時間に起こしたのですから…それは相当大切なお話なのでしょう」

「聞いてもらえるようで何よりだ。まずは…これを見てほしい」  


 私はタブレットを操作して、一枚の画像をエルピスとローザに提示した。そこに写し出されているのはZクラスで赤の果実を率いているノアとルナの二人。


「ここに写っている二人を知っているな?」

「ええ、勿論です。私たちは一度だけこちらの女性とお話をしたことがありますので」


 エルピスはルナの方へと視線を向ける。そういえばエルピスは一度だけルナという生徒を、ローザの指示でAクラスの教室まで案内をしていた。私の知らないところで何を話していたのだろうか。


「それでこのお二人と此方たちと何か関係が?」

「この二人の正体が"初代教皇と初代救世主の生まれ変わり"…と言ったら?」

「…!」


 ローザが私の言葉を耳に入れると、タブレットを奪い取り食い入るようにノアとルナの写真をじっと見つめる。


「…"風の噂"で何度か耳にしてはいましたが、嘘ではなく真実だったなんて」

「その"風の噂"とやらは君の能力なのか?」

「此方はそれを答えることはできません。ただ――此方はあなたが既に死んでいる者だということを風の噂で知っていますよ」


 私が既に死んでいる者だと述べるローザ。

 理解が追い付かず、どう受け答えすればいいかを考えてしまった。


「ローザ様、先生をからかうのは止した方がいいかと…」

「…此方は真実を述べただけです」

「君は四色の蓮を任せられている。このエデンの園でクラーラ・ヴァジエヴァとウィッチは殺されてしまった。生き残っているのは"私"と君だけだ」


 私はレーヴダウンから科学者を兼ねて四色の蓮を任せられている。それも少し変わった立場のようで、表沙汰の戦いには姿を見せない代わりに、裏で様々な研究施設の運営を行うというもの。


「だからこそ少しぐらいは情報を共有するべきじゃないかと私は考えている。このエデンの園で生き残るためなら特にだ」  

「必要ありません。此方はこのエデンの園で救世主となります。あの"紛い物"たちを始末し、此方の力をゼルチュに認めさせます」


 ローザは私が四色の蓮を任せられる前に着任をしていた。

 レーヴダウン内で顔を合わせることは多かったが、四人で集まって会話をしたことなど一度もない。しかしウィッチとはよく談笑する仲だったため「あの子は七代目救世主よりも強い」とたまにローザの話を聞いていた。どれほど強いのか、それはもう――彼女の口から聞くことはできない。 


「君もそのつもりなのか?」

「私はローザ様に付いていきます。それが例え…生きづらい道だったとしても」


 エルピスについても詳細を聞けていない。

 ローザのことを慕い、常に礼儀正しい好青年。そんなイメージしか定着していない。そもそもどのようにして住む世界の違う二人が、ここまで信頼関係を築き合ったのかが不明だ。


「…私は君たちを止める権利はない。しかしSクラスもZクラスも只者じゃないことはよく理解しておくんだ」

「此方は負けられないのです。SクラスにもZクラスにも…負けてはいけない。ノアが初代救世主の生まれ変わりならば、尚更此方は退くことができません」


 ローザが抱く底知れぬ執念。 

 それは自分自身の力を周囲に知らしめるためにこのエデンの園にいると遠回しに言っているようなもの。何よりも胸に付いた白色のネームプレートがそれを物語っている。


「此方たちを呼び出した理由はそれだけですか」

「これだけじゃ不満だったか?」 

「いえ、此方の中で真偽を疑っていた謎が一つ解明されたのでよしとします」 


 タブレットを手渡し、踵を返して寮へと返っていくローザ。

 エルピスは私へ一礼すると、そのまま彼女の後をついていく。私はそんな奇妙な二人組の背中を見送りながら、返してもらったタブレットの画面をスライドして次の画像を表示させた。


「…私は"既に死んでいる者"、か」 


 そこに表示された画像は初代救世主と私自身が写っているもの。

 研究フォルダをチェックしている最中に見つけた一枚の画像。写っている人物は間違いなく初代救世主で、隣に立っているのは間違いなく私だ。


「その可能性も否めないだろうな…」


 今はゼルチュの元でとある計画を進めるために研究尽くしの日々を送っている。もしかしたら私が研究すべきことは"あの計画"ではなく、私自身のことなのかもしれない。


(小泉、ウィッチ…私の"演算"は間違っているのか?)


 この世界に生まれて、現ノ世界で少しだけエリートの道を歩んで、レーヴダウンに引き入れられて、ひたすらゼルチュの元で現ノ世界の為と尽くしてきた。そしてこのエデンの園で殺し合いをさせながら、研究を進めている。私の人生なんて二文ほどで片付けられるほど呆気のないもの。


「考える前に行動だ。私自身が何者なのかを知るためにも」


 私はデコード。

 本当の名を――四童子有栖しどうじありす


(こんなに考え込むのは…私らしくもない)

 

 煙草を一本口にくわえ火を点ける。

 夜空に昇っていく煙を、私はただ眺め続けていた。

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