September Holiday

 アウラは教会で祈る

「…神様、私には教皇としての素質がないのでしょうか?」

    

 第四殺し合い週間が幕を閉じた後の休日。

 エデンの園の教会ではアウラが独り礼拝へと訪れていた。


「素質がないから、見せしめとしてパメラたちを奪い去ったのですか?」


 パメラ・シェリー・テレサ・ソフィア。

 私のことを慕い、いつでも傍にいてくれる"信者"のような存在。私はこのエデンの園へ来てからすぐに慕われるようになり、教皇の素質を誰よりも秘めているのだと実感していた。


「それはあんまりではありませんか?」


 教皇は崇める信者がいるからこそ教皇としていられる。

 それならば今の私は、一体何なのだろうか。


「…」


 今まではパメラたちがいてくれたから、高慢な振る舞いを見せた。私と共にいれば間違いない…と信じてくれたから、私は憧れである教皇のようにどんな時でも冷静でかつ誰にも屈しない精神を保っていた。


「神様、教えてください」


 神様は何も答えてくれない。思い返してみれば何度祈ったところで、神様はお告げの一つも与えてはくれなかった。もはや私のことなど見てすらいないのだろう。

 

「――私は誰なんですか?」


 居場所と信者を失ったことで自分の存在意義が分からなくなっていた。どれだけ祈りを捧げ、どれだけ自我を保とうと試みても、自分は一人なのだという事によって胸を締め付けられる。


「私も…私もあの日のように…」


 脳裏にフラッシュバックする光景は、磔にされている両親。『信ずる者は救われる』という例文のような誘い文句で信者をかき集め、神への冒涜という禁忌を自ら犯し、見世物にされながら殺された愚か者。自分の首を自分で絞めて、磔にされたのだから当然の報い。

 

「私は信ずる者を救えなかった。磔にされ、殺されてしまう」


 その報いを私も受けようとしているのだ。  

 両親のように愚かな行為は犯さないと決めていたのに…私は信者を先に逝かせてしまうという失態を犯した。どうにもならないこの世界で生き残ってしまった。


「…罪を、償います」


 片手に握りしめていた十字架の鋭利な先端を自身の喉へと向ける。


「何をしている?」

「……?」


 そんな私に声を掛けてきたのは一人の男子生徒。確かネームはヴィルタスだったはず。


「別に、何もしていないけど」

「嘘をつけ。俺にはお前がその十字架を喉に突き刺そうとしているようにしか見えなかったぞ」


 ヴィルタスという男はとても面倒。この教会で自分の命を捨てるのが本望だったが、崖から身を投げるのもいいかもしれない。私は死に方を変えるために、十字架をポケットにしまい、教会から出ていこうとした。

 

「待て。少し俺と話をしないか?」

「嫌です。私はあなたに興味なんてないのよ」 

「そう言うなよ。少しだけでいいんだ」

 

 出口の前に立ち、私が出て行こうとするのを阻止する。彼がここまで積極的になることはない。つまり私が死に方を変えようとしていることがバレているのだろう。

 

「…いいわよ」


 これも楽には死なせてくれない苦行の一種だと考え、渋々この男の話に耳を貸すことにした。


「お前はここにいつも来ているのか?」  

「えぇ、両親が宗教家だった影響よ」


 礼拝堂の長椅子に座りながらこの男と話をする。前まではとにかく現ノ世界の人間に対して憎しみを抱き"蔑んでいた"というのに、あの赤の果実という同盟の仲間と関わってから憎しみが消えている。


「…俺の父親も神を信じていたよ。戦いに行く前は必ず教会で礼拝していた」

「戦いに行く…というのは?」

「ナイトメアに所属していたんだ」


 彼は「でも戦死したよ」と教会の天窓を見上げながらそう呟いた。


「とにかく憎かった。父親を殺した現ノ世界の人間が、父を見放した"神様"が」 

「…神様」

「このエデンの園へ来てから自分を見失っていた。父親の約束と、父親の仇。この二つがぶつかり合って、俺はどっちつかずになっていたんだ」 


 どうして彼が私にここまで自分のことを話すのか、到底理解が及ばなかった。今まで大して話したこともない彼がベラベラと話したくもないであろう過去を口にする。何か裏があるのだろうか。


「けど皮肉なことに…俺はユーリたちを失ってからその答えに気が付いた」

「…! 何をして――」


 ヴィルタスは私のポケットに手を突っ込み、十字架を奪い取ると、


「"死んでいった"父親やユーリたちが望んでいたこと。それが俺にとって戦う理由になるんだって」

「――!」


 力一杯に投擲して教会のステンドグラスをバラバラに崩壊させた。


「お前は仲間が死んだ理由が自分にあると過剰に責めて死のうとしたんだろ…? 前の俺と同じようにな」 

「…これが報いだからよ。私の死は、私を信じた彼女たちへの手向けだから」

「それは違う」

 

 彼は私の言葉をそう否定する。


「あなたに、あなたに何が分かるのよ…!? パメラたちは私が教皇になれることを信じていたからそばにいてくれたの! 自分たちも四色の孔雀としてこのエデンの園で生き残れると思って…!」


 さっきから私の事を知ったような顔をして、説法のように語る彼が気に食わない。だから私は両手で彼の胸倉を掴んで、そう訴えた。


「私は、パメラたちを裏切ったのよ!」


 あの銀髪の女の顔が脳裏に浮かぶ。教室に顔を出したかと思えば、一瞬でパメラたちを殺した。三秒、二秒、いや一秒すら時の流れを感じることもないまま、周囲に遺体が横たわっていたのだ。


「なら聞くが、お前のことをパメラたちは教皇になれると持ち上げていたのか?」

「…え?」

「パメラたちはお前が教皇としての素質があるから一緒にいたんじゃない。このエデンの園で"仲間の一員"としてやっていけると信じていたからお前の側にいたんだろ」

「そんな…ことは…」  


 私は認めたくない一言をヴィルタスに突き付けられたようで、胸倉を掴んでいた手を離してしまう。


「…お前も俺と同じなんだ」 

「同じ、ですって…? 」

「俺の側にいるから、ユーリたちは現ノ世界の人間を憎んでいるんだと勝手に思い込んでいた。結局それは大きな勘違い。ユーリたちは俺と手を貸し合い、仲間としてこのエデンの園で生き残りたいと考えていたんだ」


 救世主や教皇となれる素質のある者は自然と周囲に人が寄ってくる。しかし寄ってくる人物たちが必ずしも、素質のある者と同じ考えだとは限らない。ヴィルタスもアウラも、素質があるゆえに考えが大きくすれ違っていたのだ。


「パメラたちは四色の孔雀の座なんて狙っていない。お前のことを慕っていない。平等に、同じ立場の生徒として、お前の同盟に入っていたんじゃないのか」 


 頭が痛い、吐き気がする。

 全ては私の自惚れだったという憶測。それが真実となれば私は自我が崩壊してしまう。

 

「それを自分の責任だと思い込んで、勝手に死のうとする。俺は宗教家じゃないからお前に下される"報い"なんて知ったことじゃないが…ここで死んだら"パメラたちへの冒涜"になるんじゃないか?」

「わ、私は…」


 完璧だと思っていた。

 両親のような失態は犯さないと心に決めていた。それなのに私の"自惚れ"が原因で、両親以上の恥を晒してしまっている。パメラたちは"信者"ではなく"仲間"。私は彼女たちを知らないうちに蔑んでいたのだ。


「私一人じゃこの罪を償いきれないわ…。どれだけ苦しみにもがきながら死んでも許されない」


 私は床に手を突く。

 生きることも死ぬことも許されない。最も重い罰が課せられてしまった。

 

「…生きればいいだろ」

「あなたは一体何を言って…」

「死んでも許されないなら生きろよ。パメラたちの為にこのエデンの園で生きて、戦って、償うんだ」


 この男は何も分かっていない。

 私がどれだけ自分のことを追い込んでいるのかを、死にたくても死ねないジレンマを。


「俺もお前と同じ分の罪は背負っている。一人よりも二人の方が重いものは持てるだろ?」

「…あなたは」


 けれど、だからこそ、ここまで軽々しく私に生きろと言ってくれる。生きて償えと無理をさせてくる。



「――生きること。それが俺たちの報いとしよう」



 私はその場に立ち上がって、割れたステンドグラスの窓を見た。


「そう…ね」 


 塞ぎ込んでいたものが解放される気分。

 私はそれに浸りながら、小さな声でヴィルタスにそう返答した。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「…俺たちが来る必要はなかったみたいだな」


 教会の外。

 そこではノアとルナが窓際で教会内を覗いていた。


「ノアノア…! これ見て!」

「しっ! 声が大きいんだお前は…」


 アウラのことが心配で様子を見に来てみれば、既にヴィルタスが接触していたため、どうなるのかと身を潜めて傍観していたのだ。


「って何だよこれ?」

「さっきヴィルくんが投げた十字架」

「お前は犬か」


 その結果、ヴィルタスはどうにか彼女の事を引き留めることが出来た。ノアとルナはアウラのことを彼に任せることにし、自宅へと引き返すことにする。


「そのうちヴィルタスがアウラの件でお前の元に訪れる。その時はちゃんと対応してくれよ」

「りー」

「前に聞いた。それは"理解"って意味なんだろう?」

「え? 適当に返事しただけっつ」 

「…普通そこで噛むか」


 

 

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