4:12 救世主はアニマと共闘する

「アニマ」

「……」


 ノアがアニマの名を呼ぶが、まったく反応を示さない。ただただ小泉翔たちの方を見据えながら、黒いローブを潮風で揺らしその場に佇んでいた。

 

「クララ、能力を解除するんだ。アニマにはどういうわけか君の能力が効いていない」

「…そうさせてもらうよ。能力を無効化されちゃ、アタシが不利になる一方だ」


 クララは小泉に言われた通り、第一キャパシティである正々堂々フェア&スクウェアを解除する。それによってノアの身体にも創造力が流れるようになり、すぐさま再生を使用した。


「おかげで助かった。礼を言う」

「……」

「少しは反応をしてほしいが…まぁいい」


 ノアはその場に立ち上がると服を払いながらアニマの横に並んで、小泉とクララの二人と向かい合う。


「今回だけは力を貸し合おう。お前もそっちの方が都合が良いだろう」

「…」

「…お前はクララを相手してくれ。俺は小泉を止める」


 ノアに対して敵意を見せることがないということを踏まえれば、アニマが狙うのは小泉翔とクララの二人のみ。彼は共闘することが無難だと考え、そんな提案をアニマに持ちかけた。


「……」


 一ミリたりとも賛成の意志を示す素振りはしなかったが、ノアの「クララを相手にしてくれ」という言葉を聞いて、視線をクララ単体へと移している。どうやらノアの言葉を一応理解はしているらしい。


「気を付けろクララ。アイツはかなり強いぞ」

「上等だよ」

 

 先手を打ったのはアニマ。地を蹴って、メリケンサックを装着した左手を振り上げクララに殴り掛かった。それを合図にノアも精神を研ぎ澄ませながら、


「――第三キャパシティ、存在濃薄ザインテイスト


 その能力を発動した。

 それと同時に小泉翔の視界からノアの姿が消滅する。


「消えた…!? 一体どこに――」


 小泉は辺りを見渡してノアの居場所・・・を掴もうとしたが、その時点で彼は間違いを犯していた。


「小泉――お前の型はAB型か」


 真正面から放たれる飛び蹴り。

 それが小泉の胸部に直撃して、飛ばされた先の地面に背を打ち付けた。


「くそ…っ!」 


 すぐさま立ち上がり、次なる攻撃に小泉は備える。

 だが次なる攻撃も真正面からの飛び蹴り。同じ方向、同じタイミング、同じ威力…すべてが一回目と同じだというのに小泉は防御態勢に入ることすらままならない。


「俺の居場所・・・を探しているだけなら…いつまで経ってもこの攻撃を避けられないぞ」


 その言葉の意味をやっと理解したのは十二回目の飛び蹴りを受ける直前だった。


「…そうか。俺が注目するべきなのは君の居場所じゃなく、君の存在・・だったんだね」

 

 小泉がそれを理解すればノアの姿がハッキリと捉えられ、飛び蹴りを自身の両腕で防御し速度変化を利用した反撃の頭突きをノアの頭に叩き込む。


「やっと気が付いたのか」


 存在濃薄ザインテイスト

 自身や他者の存在を一時的に消したり、目立たせたりすることが可能な能力。使い方としては不意討ち、逃走といった決して表向きでは使えない能力。発動条件も厳しいもので、『相手が一人であること』『相手がBB型でないこと』『相手がこの能力の存在・・を知らないこと』の三つが必要となる。


「この能力はもうお前には使えないな」


 ノアは血塗れとなった頭部を再生で治療して、存在濃薄の能力を解除した。


「君は…まだ俺を殺さないつもりなのか?」

「諦めてくれるまで、俺はお前を止めるつもりだ」

「例え俺がここで諦めたとしてもこの襲撃は全世界に知れ渡り、俺と妲己はこの世界の敵になる。君も分かっているはずだ。俺たちはもう退くに退けないんだよ」


 小泉翔は能力である速度変化スピードチェンジを発動すると、ノアの周囲を光速で動き回りながら辺りに突風を巻き起こす。


「このエデンの園が間違っているのなら…ゼルチュたちを止めればいいだけのはずだ。それなのになぜ候補生を殺そうとする?」

「何度も言っているだろ…! こうするしかなかったんだよ!」


 小泉翔がノアの死角から首を刈り取ろうと距離を詰め手を伸ばした。光速ならばどんなものでも触れるだけで切断することが出来る。それを利用して小泉は一撃でノアの生命線を断とうと試みたが、


「それが」

「――!?」

「お前の救い方なんだな?」


 その光速の一撃をノアは第二キャパシティである衝撃操作ショックオペレーションを上手く扱いながら、わざわざ正面から受け止めた。


「お前たちは救世主と教皇しての筋は通っている。それはあの時よく分かった。そんなお前がここまでのことをする理由は…俺たちの為なんだろう?」


 小泉翔と妲己の二人がこのような残虐行為を平然と行うとは思えない。

 ノアはコンビニの前で会話を交わしたあの日に発した言葉、「エデンの園は間違っている」と言い切った二人の瞳には嘘偽りのない…真っ直ぐな意志が表れていることを知っていた。


「ああそうだよ、俺たちは君たちが知らないこのエデンの園の真実を知ったんだ」

「その真実を教えてくれ。そうすれば俺たちにも何か協力が――」

「君たちは知らない方がいい。何も知らないまま、ここで俺たちに殺された方が幸せなんだよ」


 これは理由を述べたくないだけの言い訳ではなく、本当に候補生たちの幸せを願っているからこその本心が込められた言葉。それを聞いたノアはこれ以上問い詰めても無駄だと考え、小泉の腕を強く掴んで反撃をしようとした矢先、


「兄さん…!!」


 兄を親しむ声が正門から響き渡り、ノアと小泉はそちらの方へと自然と顔を向けてしまった。 


「レイン…?」

「ノア、お願い…! 兄さんを殺さないで…っ!」


 必死になって声を荒げるレイン。

 それを初めて目にしたノアは小泉と視線を交わす。


「あいつは…お前の義理の妹なんだろう?」

「……」

「レインにとっての家族はお前だけしかいない。全世界を敵に回しても、アイツだけは絶対に味方をしてくれる」

「…」

「だから…お前はこのエデンの園から撤退してくれ。自分の為にじゃなく、妹の為にな」


 ノアは小泉の腕に込める力を徐々に緩めながら小泉翔を説得する。やはりレインは小泉翔にとっても大切な存在のようで、そんな説得をされると険しい表情を浮かべつつ両腕に込めた創造力を少しずつ減少させ始めた。


「君に頼みがある」


 小泉翔はそう言ってノアの右手を握る。

 

「頼み?」

「妹の世話を…君に頼みたい」

「安心しろ。言われなくてもそれぐらいはやるつもりだ」


 ノアは小泉翔が頷いたことで、速度変化を発動してこの場から身を退くのだろうと思っていた。エデンの園にいる間、そういう意味での世話を任せられたのだろうと。 

   

「そっか。なら君に任せたよ」

「…っ!? おい、何をしている!?」


 しかし小泉翔は自身の身体を光らせ、ノアにキャパシティの継承をし始めたのだ。ここから逃げるためには能力は必須なもの。それなのに自分へとキャパシティの継承を始めたのはノアにさえまったく理解が出来なかった。


「……」

「小泉! 今すぐ継承を止めろ!!」

 

 小泉翔の手を引き剥がそうとしたが、体内すべての創造力を右手に込めているせいか力づくでも離せない。


「初代救世主メシア――俺には、この世界を理解することは無理だったよ」

「小泉――」

 

 キャパシティの継承が終わると、小泉翔はノアの身体を強く突き飛ばした。


「―――」


 視線の先で苦笑いを浮かべている小泉翔は、背後から迫る黒色のローブを纏う人物に胸部を手刀で突かれ、



「――世界を、救ってくれ」


 

 頭部と身体の繋ぎ目でもある首を黒色の短剣で切断され、その頭部が地面に転げ落ちた。


「小泉ぃぃぃぃ!!」


 ――アニマ。

 クララと戦っていたはずだと視線を他所に逸らしてみれば、そこには血だまりの中で倒れている彼女がいた。威勢のいい声は聞こえない。「ああ、死んでいるのだ」とノアは瞬時に理解する。


「あ…ああぁぁ!!」


 レインは悲鳴を上げながら、その場に立ち膝をついた。

 顔面蒼白のその顔はすべての希望を失い、絶望をしたもの。死体となんら変わりない。


「アニマぁぁぁ…っ!!」


 ノアは愛銃であるR&Rを創造して、アニマへと発砲を繰り返す。

 

「……」


 無音の銃弾。

 それを近距離で撃ち出したというのに、アニマは手に持つ短剣ですべてを弾き返した。 


「…」

「っ…!?」


 アニマはノアへと接近し、首元を手刀で軽く打つ。

 それによってノアは気を失い、その場に倒れてしまった。


「おいレイン、そんなところで何をして――」


 立ち膝をついて両腕を抱えながら震えているレイン。

 それを見つけたスロースが急いでその場に駆け付ける。


「……」


 するとアニマは脇にノアを抱え、スロースの前に落とした。


「お前が全部やったのか」

「……」


 スロースの問いには何も答えない。

 その代わり黒いローブの袖から黄金色に輝く宝石を取り出す。


「それをノアに渡せばいいんだな?」

「………」

「…愛想が悪い奴だ」  

 

 悪態をつきながらもスロースはその宝石をアニマから受け取った。


「……」


 アニマは自身の役目がまだ残っているようで、すぐにスロースたちへと背を向けて去っていく。


「…とりあえず、この二人を体育館に連れていくか」


 七代目救世主、小泉翔。

 四色の蓮、クラーラ・ヴァジエヴァ。

 スロースはこの二人の亡骸に踵を返した。

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