4:11 初代救世主はアニマに助けられる

「あれは…ヴィルタスじゃないか?」


 本校舎内の体育館。Sクラスのスロースたちに保護をされたレインたちは、ノアとルナの安否を心配しているとエンティアがヴィルタスを連れて体育館に姿を見せた。


「あれ? ネッドたちは?」

「本当ですね。仲間同士での行動をヴィルタスが怠るとは思えませんが…」

「…一緒にいない、それはネッドたちが殺されたということでしょ?」

  

 レインの憶測にブライトが「そんなまさか…」と否定をする。

 しかしその真実は呆気なくエンティアの口から体育館全体に響き渡る声でこう語られた。


「ミリタス。私が連れてきたこいつで保護対象は最後か?」

「どうやらそのようだ。死んだ者は四人だけ・・・・。それ以上の被害は未だ報告されていない」


 ヴィルタスの表情は疲労困憊そのもの。

 レインの憶測を否定したブライトも、その顔を見て信じざる負えなかった。


「それと…この襲撃の主犯格は七代目の救世主と教皇らしいな。私がこいつを連れてくる前にノアが小泉とクララを相手に交戦しているのを見かけた」

「…!!」


 ミリタスと会話を交わすエンティアの「七代目救世主」という言葉にレインは反応を示す。


「七代目様たちが…この襲撃を?」

「確か救世主はこいつの兄貴だったよなー」

「そんなはずが…。兄さんが私たちを殺そうとしたなんて…」


 ヘイズとリベロがそう言えば、注目は自然とレインの方へと移る。

 彼女はその真実を受け止めきれず、可能性を否定するための独り言をぶつぶつと呟いていた。


「俺もその話はローザから聞いている」

「あの女から? 憎たらしいうえに神出鬼没なんだね」

「今はそんな愚痴なんてどうでもいい。お前はこのままあの厄介な兵士紛いを始末しに出てくれ」


 ミリタスと呼ばれた黒髪の男子生徒は正義感に満ち溢れる救世主の候補生。この襲撃が起こった数十分後、体育館の壇上の上で避難をしてきた生徒たちを眺めながら同じSクラスの仲間と連絡を取り合っていた。レインたちの目からは七元徳の司令塔のようにも捉えられる。


「私はいいけど、あのZクラス擬きの二人はいいの? あのままだと死にそうだけど…なんなら一人は手を付けられないぐらいヤバいことになってるし」 

「大丈夫だ。ゼルチュがアニマとペルソナの二人を増援として送ったらしい」

「あの二人を? もしかして七代目たちを殺すつもり?」

「そうだろうな。ゼルチュはこのエデンの園に敵対する者すべてを…排除するはずだ」


 二人の声量は体育館全体に聞こえる大きさ。

 ブライトたちもその会話内容は嫌でも耳に入る。


「レイン! どこに行くんだ!?」


 ――兄が殺される。

 そう考えた途端、レインの身体が勝手に動いていた。ウィザードは呼び止めようと声を掛けたが、振り向くことも立ち止まることもせず、そのまま体育館の外へと駆けていく。


「そ、外は危険だよ! 早く追いかけなくちゃ…!」

「ええ、早く連れ戻しましょう」


 グラヴィスとティアの意見に賛同し、全員で後を追いかけようとしたが、


「待て。どこへ行くつもりだ?」


 エンティアによって体育館の出口を遮られた。


「仲間が外へ出ていったんだ! 早く追いかけないと…」

「そんな命知らずは放っておけ。連れ戻したところで役立たずなだけだ」

「放っておけるわけがないだろー。アイツはオレたちの同盟メンバーなんだぜー?」

「尚更死んでもらった方がいい。足を引っ張られる前に清々したじゃないか」


 彼女がウィザードたちの説得を耳に入れることはない。

 ZクラスとCクラスの保護をすることが第一で、それがSクラスに下された命令。けれどそれを全員が前向きに行っているわけではない。無関係の命を救う必要性などないという思考を持つ生徒だって必ずいる。


「どうした。何かあったのか?」


 スロースが丁度体育館の入り口から姿を現し、エンティアたちの元まで歩み寄った。


「命知らずのZクラスの生徒がこの安全な体育館から出て行ったとさ。私はそんなやつは見捨てろってコイツラを説得している最中」 

「…そういうことか」


 彼は事情を聴いて納得をすると、ウィザードたちへと視線を移す。


「飛び出していったのは…もしかしてレインか?」

「うん。多分、七代目救世主様のいるところへ向かったと思う」

「…仕方ない。おれがあいつを探してくるよ」

「おいお前、正気か?」


 スロースの「探してくる」という発言を聞いたエンティアは、彼に詰め寄りながら気は確かかと声を上げた。


「おれは至ってまともだ。あいつに借りがあったような気がする・・・・から助けるだけだしな」

「借り? お前はあんなやつに借りを作ったの?」

「さぁな」


 疑心暗鬼を生ずるエンティアを他所に、スロースはブライトたちにこう伝える。


「とにかくおれが連れ戻すからお前たちはこの体育館にいろ。余裕があればエンティアが連れてきたあの男子生徒の側にいてやれよ」

  

 ヴィルタスの心配をしているのか。ブライトたちはそれを尋ねたかったが、彼はそれ以上喋ることなくエンティアの横を通り過ぎて体育館から去っていった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「――!!」


 ノアは小泉翔とクララの二人を相手に奮闘をしている真っ最中だった。

 しかし、島の反対側から狂っている量の創造力を感じ、交戦中だというのにも関わらずその場で足を止めてしまう。


(…まさかルナが――)

「よそ見とはアタシたちを相手に随分と余裕なのかい?」

  

 クララの右脚による蹴り上げがノアの頬を掠る。 

 少し掠っただけでも頬から出血してしまう。ノアは手元に手榴弾を隠し持ちながらクララに殴り掛かろうとしたが、


「そんなのバレバレだよ」 

「ぐぅぅっ…!?」


 小泉翔による光速の突進で、ノアは海岸まで吹き飛ばされていく。

 常に速度を操りながら渾身の一撃を放てる小泉。クララに気を取られていれば、不意を突かれてその一撃を叩き込まれる。不意を突かれればどうやっても態勢は整えられない。


「――衝撃操作!!」


 ノアは第二キャパシティ衝撃操作を発動し、小泉翔のそれを和らげるしか方法がなかった。


(……創造形態を使うしかないか)


 ノアは創造形態へと服装を変える。

 小泉翔による不意討ちで何度か再生を発動してしまっていた。これ以上創造力を消費するのは避けたい。その為には創造形態で鎧をまといながら戦うしかなかった。


「創造形態か。なるほど、アンタは使えて当たり前だね」

(創造力が切れるのが先か、それとも俺があの二人を気絶させるのが先かの勝負だな)


 本当ならば創造形態など使わずひたすらにSクラスの増援を待とうかと考えていたが、ルナの方に異常が感じられたことでノアは一早くルナの元まで向かいたかったのだ。


「それならアタシも手の内を見せてやるよ」


 クララはノアに向かって赤色の衝撃波が放つ。

 ノアはそれを警戒して両腕を前に突き出して、壁を創造しようと防御態勢に入った。


「……?」


 しかしその衝撃波はあまりにもちっぽけなもので、髪の毛が少しだけなびくだけ。

 ノアは何をしたのかとクララの様子を窺がう。


「今のがアタシの第一キャパシティだ」

「お前の第一キャパシティはたったこれだけなのか?」

「すぐに分かるさ。アタシたちになすすべもなく負けることがね」


 クララが創造力を身体に通わせることもなく、全力疾走でノアに向かって接近戦を仕掛けてくる。


「どこからその自信が湧いたんだ?」


 ノアは不審に思いながらもクララの回し蹴りを、創造力で強化した左手で受け止めようとしたが、


「な…っ!?」

 

 左手で軽々と掴めるはずの蹴りの威力が高いせいか、受け止めきれずそのままノアの頭部に蹴りが直撃した。ノアは勢いよく地面に叩き付けられ、脳震盪を一瞬起こしかける。


「どうして急に蹴りの威力が強くなって…」

「違うね。アタシの蹴りが強くなったんじゃない。アンタが弱くなったのさ」


 クララはその場に膝をついているノアに向かって、無慈悲な踵落としを繰り出した。ノアはそれを受け止めようとしたが自身の身体に違和感を覚え、横に飛んでそれを回避する。


「創造力が、消えている?」

「その通り。アタシの第一キャパシティは正々堂々フェア&スクウェア。創造力も能力もすべてを打ち消して…お互いに肉体と経験のみの戦いの場にする能力だ」


 正々堂々フェア&スクウェア

 正々堂々という言葉通り、創造力で優劣が決まる戦いを封じることが可能なもの。再生・能力・創造…あらゆるものはすべて封じられ、自身の鍛えた肉体だけで戦うことになる。


(…厄介な能力を)

 

 創造力に頼ることが不可能となれば、高校生の身体一つで鍛え上げられた身体を持つクララに勝つ方法はない。ノアはあまりにも不利な戦況に苦笑いを浮かべる。


「ここから小細工なしのタイマンだよ」

(この身体じゃなければどうにかなるんだが…)

   

 創造形態もただの衣服と化してしまっていた。

 ノアは数千年前の大人びていた身体だったら勝機があった、と自嘲する。


「さぁ行くよ」 


 もちろんノアの身体は一度も鍛えたことがない貧弱なものだ。

 いくら体術の知識があろうとも身体が追い付かなければまるで意味がない。それを分かっているからこそ、クララは全力で前蹴りをノアの腹部へと叩き込んできた。


「がはっ…!?」


 後方へ倒れそうになるのを何とか右手で押さえ、ノアはクララに足払いを仕掛ける。


「効かないねぇ」

「ちぃっ…!!」


 だがクララの脚は鋼鉄のように丈夫で、逆にノアの脚に痛みが走った。 


「アタシは手加減をしないよ」 


 ノアの胸ぐらを右手で掴むとそのまま自分の目線まで軽々と持ち上げる。クララの手を離させようとノアは何発か蹴りを繰り出すが、一向に離す気配がなかった。


「蹴りっていうのは」

「がはっ――!?」


 クララの膝蹴りがノアの鳩尾にめり込む。プロテクターが膝に付いていることでその威力は絶大なもの。ノアは腹の底から込み上げる感覚によって、耐え切れず吐血してしまった。


「こうやるんだよ。覚えたかい?」

「…くそが」  


 たった一度の蹴りを受けただけで、あばらの骨に何本か亀裂が入る。ノアはそんな圧倒的な差に苦悶の表情を浮かべながら、血と言葉を吐き捨てるしか他ならない。


「アンタが最初からアタシたちを殺す気で・・・・いれば…きっとこんな結末にはならなかっただろうね」

「殺す気…か」


 ノアはアホらしいと無理やり笑いつつ、クララの顔に血唾を吐きかける。


「お前たちだって気が付いているんだろう…? 本当の敵が、一体誰なのかぐら――」


 それに苛立ったクララはノアの胸倉を掴んだまま、何発も膝蹴りを叩き込んだ。


「…小泉、殺しちまってもいいかい? コイツ、アタシの顔に汚物を吐きやがった」

「……」


 小泉翔は口を閉じたまま、ノアの汚れた顔を見る。


「君は真の敵を誰だと思っている? この戦争を長引かせ、俺たちにこうさせた原因は…初代救世主の君からすれば一体誰なんだ?」

「それは――」


 小泉の問いに返答をしようとした瞬間、


「……」

「…っ!? 小泉、後ろだ!!」


 その場に突然と姿を現したアニマが、小泉を裏拳で海岸まで吹き飛ばした。


「よくもやってくれたね…!」

 

 クララはノアを小泉の飛ばされた方向とは逆側に投げ飛ばす。

 そして、能力である正々堂々フェア&スクウェアの赤い衝撃波をアニマに当てて殴り掛かった。


「……」

「…なっ!?」


 しかしその拳は軽々と受け止められる。

 それだけでなく、アニマはクララの能力によって使用できないはずの創造でメリケンサックを装着し、


「ぶぁっ――!?」


 クララの顔面にその左拳を叩き込んだ。

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