3:3 ルナは教皇たちを鍛える

 三十分前…


「へぇ~。トレーニングルームって結構広いんだね~」

「…ちゃんと壁や床も工夫が施されているんだな」


 ルナたちはトレーニングルームへやってくると、まずは周囲にどんなものがあるかを各自で探り始めた。救世主側とは違い、自由度の高いメンバーしかいない教皇側はあまりまとまりが良くないのだ。


「あのっ! これって何でしょうか!?」


 しばらくするとファルサが何かを見つけたようで、他のメンバーを呼び寄せた。ルナたちはファルサの元まで集合してみれば、そこには人間が入れそうなカプセルと壁に備え付けられたパネルがある。


「何だろ~? グラヴィスくん、何か分かる~?」


 ルナは機械に強いグラヴィスに尋ねることにした。

 グラヴィスは試しにパネルやカプセルに触れ、構造を確認したりしてその正体を掴もうとする。


「なんか不気味だよなー。いかにも人型ロボットとか出てきそうな感じがするぜー」 

「…身体を休めるためのカプセルじゃないか? それならトレーニングルームにあってもおかしくないだろう」

「ううん、これはきっとそんなものじゃない。僕も詳しい構造は分からないけど、このパネルとそのカプセルは連動していることは分かる。でも、このパネルに書いてある『模擬戦闘システム』っていうのがイマイチ理解が…」

「押してみればいいんじゃねー? 減るもんじゃないだろー」


 グラヴィスの横に割って入り、リベロがパネルを操作し始めた。


「や、やめた方がいいよ! これはあくまで僕の予測だけど、この『模擬戦闘システム』っていうのはそのレベルに合わせたものをこのカプセルから創り出して―――」

「SS…で完了っと」

 

 リベロが操作をし終え、決定と表示された部分をタッチする。

 それを合図に、トレーニングルーム内が警報音と共に青いランプによって照らされた。


『模擬戦闘システム作動。模擬戦闘システム作動。各自、戦闘態勢に入ってください』

「おい…! なんかヤバくないか!?」


 ルナはそのカプセル内に創造力が通い始めたことを目で察知する。何かが徐々にカプセルの中で形作られていくのだ。それは人型、それに加えて男性のような図体にも見える。


『レベルSS、AYA。レベルSS、AYA。レディ…レディ…』 


 カプセルが開き、そこから現れる人物。

 アナウンスはAYAと称していたそれは、刀を持ち、茶色の髪を持った男子高校生だった。


「…あなたは、誰?」

「……」

「危ない…っ!」

 

 ファルサの前まで歩み寄ると、AYAは刀を問答無用で振り下ろす。ルナは地を蹴って、AYAの脇腹に左拳を叩き込み、前方に見える壁まで吹き飛ばした。


「グラヴィスくん! このシステムを止められる!?」

「わ、分からないけど…やってみるよ!」

「私があいつの相手をするから、ウィザードくんたちはグラヴィスくんを守って!」


 ルナは黒色の大鎌であるラミアを創造する。

 AYAは刀を構えながら、ルナに向かって突進を仕掛けてきた。


(かなりの手練れだね…)


 ルナは迫ってくる刀を大鎌で受け止め、AYAの腹部に前蹴りを打ち込んだ。


「……」 

「…!」   


 AYAはルナから距離を置くと、その場から忽然と姿を消す。

 いや、ルナからすれば姿を消したというよりも存在が消えた…といえばいいかもしれない。


「…? 今、何かいたのか?」

「私たち、どうしてこんなに焦って…」

「おいお前らしっかりしろよなー? 敵がどこからかやってくるぜー」


 B型であるリベロとグラヴィス以外はまるでAYAというもの自体がなかったような錯覚に陥っている。B型はこのような"状態異常"に強い特徴を持つ。A型なら身体能力が高く、C型なら再生力が高いというのが特徴だ。


(あの二人がB型で良かった)


 ルナはそれを横目で確認し、存在が消えてしまった創造力の気配を探った。例え、存在を能力で消して行動が可能だとしても、存在しない者は存在する者と干渉することは不可能。つまり攻撃する際は必ず存在を戻さなければならない。


「……」

「――私からすればそんなものは無意味」


 AYAはルナの背後から刀による突きを仕掛けようとしたが、それを左足を軸に半身を動かして避けると、AYAの手首を掴んだ。そして何度もおもちゃを弄ぶかのように、床へと叩き付ける。


(…楽しくなってきちゃった)


 ルナは少しだけ笑みを浮かべながらAYAの手首を離し、持っていた刀を胸に突き刺した。


「痛いでしょ…?」


 ルナは慈悲などは与えない。

 倒れたAYAに突き刺さる刀の持ち手を、サッカーボールを蹴る要領で体内へと蹴り込んでいく。


「これがあなたと私の差だよ」


 ルナはAYAの首を片手で掴み、背後の壁へと放り投げる。


「……」

「へぇ…まだ動くんだ」


 AYAは自身で刀を引き抜くと、再生を使用して傷口を治療した。不思議なことにAYAの体内から血の色は見えない。そこに穴が空いているように見えるだけだ。


「アハハ! 面白いねアナタ!」


 ルナは不気味に笑う。

 AYAはそれに怖気づくこともない。先ほどと同様に刀を構えて、ルナに攻撃を仕掛けてきた。


「――血を見せてよ」


 刹那、AYAの首が胴体から離れその場に落下する。


「この程度なんだね」


 気が付けば静かにAYAの横を歩いて通り過ぎ、大鎌を振うルナがいた。その動作は激しいものではなく、とても穏やかで攻撃を仕掛けるとは思えないもの。


(…思わずこれを使っちゃった)


 穏便処理マイルドプロセス

 これは能力ではなく、生まれつき持つルナの才能。敵となる相手が『単純思考』でなければ使えないが、使用が出来れば一撃確殺の技。あのAYAという人物は創造物のせいか、思考が『攻撃をする』という単純なものだった。その為、上手くこの技を決められたのだ。


「やっぱり、光の塵になるんだね」


 AYAの遺体はすぐに光の塵となって消えていく。

 この消え方は創造された証拠。カプセル内で創られたことは確かだが、あのような生命あるものを生み出すのには創造者の生命力を削らなければならない。


(どうやって創造したの…?)


 ルナにもそれが分からなかった。

 模擬戦闘システムは一度きりでなく、何度も使用が可能。それならば創造者の生命力はすぐに尽きる。誰がどのようにしてあのAYAを生み出したのだろうか。


「いやぁー! 危なかったなー」

「何が危なかったな…だ? リベロ、お前が余計なことをしたせいだぞ」

「でも結果的に助かったんだから良かっただろー。ルナだって戦っているとき楽しそうだったしー」


 リベロがルナへと視線を向ける。

 相手が中途半端な強さだったせいもあるのか、ルナは久々の殺し合いを楽しんでしまっていた。


「ベロくん。これからは勝手に行動しないでね~? このことはちゃんとヘイズちゃんに伝えておくから~」

「おいおい? 冗談だ冗談。お前があんな殺し合いを楽しんでいるわけないもんなー」

「……おかしい」

「…グラヴィスくん? どうしたの?」

「…え? ううん、何でもないよ」


 ルナは「ならいいけど…」と返答し、ジュエルペイにメッセージが届いていたことに気が付く。


「なんかノアたちの方も、この模擬戦闘システムで酷い目にあったみたいだね~」

「ブライトたちは無事なのか?」

「うん~。全員無事だって~」


 安否を確認して、安心しているルナたちを他所にグラヴィスはパネルを見つめていた。


(あのカプセルは最新式のパーツで出来ているのに、このパネルは最新式のものじゃなくてかなり古いパーツばかりだ。何よりもノア君が創り出した無線機と同じパーツが使われてる。もしかして…ノア君のように記憶喪失者が他にもいる…?)


 このことを伝えるべきかどうか。

 グラヴィスはしばらく考え込み、


(…ただの偶然だよね。古いパーツが使われていることだってよくあるし、気にすることじゃない)


 気のせいということにして、ルナたちと合流をした。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「ゼルチュ。ZクラスのトレーニングルームでSSの模擬戦闘システムが破られた」


 学園長室。

 そこでは白衣を纏ったデコードが、ゼルチュへと報告をしていた。


「ほう。誰が倒したんだ?」

「Zクラスのノア、そしてルナという生徒二名だ」

「腕が立つじゃないか。私たちに歯向かうだけあるな」

「…それよりもいいのか? ノエルを私たちで保護しなくても?」

「構わないさ。ノエルを連れ戻したところで私たちの手から再び逃げてしまう。それで何度も探し回るぐらいなら、絶対に逃げず、尚且つ居場所が分かる寮にいてくれた方が手間が省けるだろう?」


 ゼルチュは窓の外を眺めながらそう言った。


「それで? 計画の進行はどうなんだ?」

「来年の四月。それまでには必ず完遂は可能だ」

「来年の四月は殺し合いが終わり、新たな救世主と教皇が生まれるタイミング…丁度いいじゃないか。もしかして狙ったのか?」

「偶々だ。それにあくまでもその完遂時期は、私たちの研究が邪魔をされないということを前提にしている」

「邪魔をされるだって? 一体誰がそんなことをする?」


 デコードは学園長室を出ていく際に、背を向けたままゼルチュの問いに対して、


「SSレベルを打ち倒したあの二人だ。今のうちに手を打っておかないと後々大変なことになる」

「その根拠は?」

「具体的な根拠はない。その確率が十分に高いという話だよ」

「科学者らしからぬ発言じゃないか」

「…あり得ないと全てを決めつければ、必ず裏を突かれる。私はそのような事態が起こらないよう、自分の勘にも頼っているだけだ」


 そう答えると眼鏡を指先で整え、学園長室から出て行った。


「…過去に『レーヴ・ダウン』へ所属をし、DDOを経験した科学者。四童子有栖しどうじありす…か」


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る