Jun

3:1 救世主は教皇と計画を立てる

 六月の始まり。

 ルナとお互いに赤の果実のメンバーたちをどのように鍛えるのかを、朝の教室で話し合っていた。

 

「なるほどな。お前の方は創造力重視で鍛えるのか」

「うん~。ノアの方が基礎的な鍛錬なら、私はそっちを重点的にやった方がいいかな~って」

「悪くない。長所と短所が対称の関係だからな。お互いに長所を伸ばして、相手の短所を補えるのなら問題ないだろう」

「そだね~」

  

 救世主側と教皇側の方針はおおよそ決まっている。

 後は、どれだけメンバーの実力が伸びるかどうかだが…。


「…Bクラスのディザイアは"創造形態クリエイトフォーム"を覚えていた。この二週間でブライトたちがそこまでの領域に辿り着けると思うか?」

「その希望があるのはレインちゃんだけじゃない~? それか私たちが相手をするとかさ~」

「最悪の場合はそれしかないが…ディザイア以外の四人の力量がまだ測れていない。創造形態を使えるかどうかも、"ユメノ使者"を呼び出せるかどうかもな」

「そっか…。私たちがディザイアってやつを相手にしていても、他の四人が創造形態を使える領域まで辿り着いていたら…」

「あぁ、俺たち二人以外全滅だろうな」


 Bクラスの五人はCクラスよりも一段階、二段階、三段階も凶悪な相手。それを正面から相手にするには、俺とルナの二人が最低でも五人ずつ欲しいくらいだ。


「フリーズとブレイズの力も借りよう。あの二人は第一キャパシティなら完璧に使いこなせる」

「あはは~…なんか戦争みたいだね~」

「ゼルチュはこうなることを予測していたはずだ。下のクラスが手を組んで、上のクラスを倒そうとする…という下克上が行われることをな」

「避けるに避けられないもんね~」

 

 ルナと席に座りながら話をしていれば、妙に廊下が騒がしくなった。

 何をやっているのか、と近くの窓を開けて廊下を覗いてみる。


「…ウィザードとヴィルタスか?」


 そこではウィザードがヴィルタスに詰め寄り、一触即発の険悪な雰囲気となっていた。二人の近くには尻餅をついて、左頬を押さえているブライトがいる。


「ブライトに謝れ」

「何を言っているのか知らんが、鬱陶しいそいつが悪いだろう。俺は現ノ世界に住む人間が嫌いだと言ったはずだ」 

「…それとこれは別だ。ブライトはお前に危害を加えていないんだぞ?」


 俺とルナは廊下に出て、ウィザードたちの前に顔を出した。


「何かあったの~?」

「…ルナとノアか。こいつが突然ブライトを殴り飛ばしたんだよ」 

「殴り飛ばした? ブライトは何をしたんだ?」

「ただ声を掛けただけだ。たかがその程度で殴る必要なんてないだろ?」

 

 ウィザードの話を聞いた俺はヴィルタスへと視線を向ける。 

 特に悪びれている様子もない。まるでそれが当然のことのような表情を浮かべていた。


「…ヴィルタス。お前が現ノ世界の人間をどれだけ恨んでいるかなんて、俺たちからすればどうだっていい。けどな、むやみやたらに手を出すのはよくな―――」

「喋るな」 

「…っ!? おい!!」 


 ヴィルタスは俺が最後まで喋り終える前に、こちらの右頬を平手で殴ってくる。ウィザードはそれを見て、ヴィルタスに掴みかかろうとしたが


「いや、ウィザード。俺は大丈夫だ」


 それを手で静止させた。

 この程度の平手、今までに受けてきた痛みに比べれば蚊に刺されたのと変わらない。


「話が通じない相手に時間は費やせない。俺たちは俺たちですることがあるはずだ」

「それはそうだが…」

「ブライトちゃん大丈夫~?」

「う、うん…。ルナ、ありがとう」


 ウィザードとブライトを引き連れて、教室の中へと入っていく。

 ヴィルタスは特に何も言及はしてこなかったが、その様子を見ていたステラは俺の後を追いかけてきて


「ねぇ! どうして反撃してやらなかったの!? あんなやつ、あなたなら一撃でしょ!?」


 何故反撃をしなかったのかと抗議してきた。


「俺に対して危害を加えるのなら別に気にすることじゃないしな」

「でも…!」 

「ただ、もしあの場で仲間に危害を加えたら…状況は変わっていたかもしれないが」

「……え?」

 

 ステラはその返答を聞いてきょとんとする。

 ヴィルタスの件よりも大事なことは他にもあるため、そんなステラを放って既に俺とルナの席に集まっているレインたちの元まで向かった。


「…問題を起こさないで」

「ご、ごめん…」

「…すまん」  


 ブライトとウィザードは不機嫌なレインに対して謝罪をする。

 変な上下関係のようなものが作られている気もするが、今は何も触れないでおこう。


「今日の放課後から、本格的にお前たちを鍛えようとするわけだが―――」

「何を話してるの?」

「…ステラ、私たちは今大切な話をしているから邪魔をしないで」

「むぅ…! わたしだって混ぜてくれてもいいでしょ!」


 レインとステラの睨み合いで辺りに火花のようなものが散る。いつまで経っても話が始められないため、俺は「まぁまぁ」と二人の仲介をしようとした。


「ステラちゃん。それじゃあ、私と話を聞こう?」

「ほら! ヘイズはわたしが重要だってこと分かってるよ!」

「…あっそ」


 だが、ヘイズがステラを引き寄せて喧嘩が始まるのを阻止する。

 俺はヘイズに視線で「助かった」と感謝の意を伝え、話を再開した。


「方針を簡単に述べれば長所を伸ばす…という単純な鍛錬だ」

「ウィザードくんたちは創造メインを鍛えて~。ブライトちゃんたちは基礎的な訓練をするって感じかな~?」

「ふ~ん。そんであのバケモンたちを一人ずつオレたちが相手にするのか?」

「相手の能力が分からない以上、誰が誰の相手をするのが最適なのはか不明だ。だから俺とルナでBクラスの誰の相手をするのか、仮決めした」


 俺は記録ノートを取り出して、全員の前に見開きのページを広げる。


「まずネクロ。こいつはルナと俺の予想だとB型、もしくはBC型だ。これを踏まえて最適なのはA型のレインとB型のグラヴィス」 

「え、えぇ!? 僕なの!?」

「これは決められたこと。文句は言わないで」

「それに安心しろ。レインが基本的に前衛だ。お前は援護だけをすればいい」

  

 創造力の質から踏まえるに、ネクロがA型だという可能性は極度に低い。それならば、A型のレインで攻め続け、B型のグラヴィスでネクロの未知の力を防げばいいだけ。レインはフリーズに勝てるほどの実力は備え持っている。すぐにやられる…なんてことはないはずだ。


「次にフールだけど~…多分、A型かAB型なんだよね~。だから、A型のブライトちゃんとA型のウィザードくんにお願いしたいな~」

「俺とブライトか?」

「A型しかいないけど…大丈夫なの?」

「俺が予想するにアイツが例えAB型だったとしても、頭がとち狂っているせいでB型の特性を生かしたりしないはずだ」

  

 B型の特性を生かせないのなら単純なA型となる。

 こちらはA型二人。つまりAA型に近い状態だ。全力でぶつかり合えば、まず押し負けることはない。


「次がデュラン。こいつはどう考えてもA型、もしくはAA型だ」

「まっ、確かに馬鹿っぽいしなー」

「こいつの相手はB型のティア、C型のファルサ。お前たちに任せる」

「いいんですか? 私たちにA型はいませんよ?」

「そうだね…。私たちはどうすればいいの?」

「攻撃は仕掛けるな。とにかく逃げながら耐えればいい。もし無理そうならフリーズもここへ加える」


 デュランはリベロの言う通り、とにかく頭が悪そうに見えた。

 AA型なら尚更何も考えることなく攻撃のみに集中する。それを冷静かつ頭の回転が速いティア、そしてもしもの時に他者の治療が可能なファルサ。そこにB型のフリーズを加えれば、絶対に押し負けない。


「次はワイルドだけど~。稀に見るAC型な気がするんだよね~」

「AC型って、攻撃と回復が可能な型だよな?」

「あぁ。だからこの相手はB型のリベロとC型のヘイズに頼もうと思う」

「リベロと私で戦うの?」

「おいおいー? またあんなグロテスクなのを見るのは嫌だぜー?」

「ワイルドと直接交戦したのはお前とレインだけだろう。それにお前ならワイルドの対処の仕方ぐらい思いついているんじゃないのか?」

「どうだろうなー?」


 ワイルドに関してはレインから話を聞いている。

 リベロは怖気づくことなく、ワイルドの追跡を振り払おうと壁を創造して抵抗をしたと。何を考えているのかは未だに不明だが、唯一仲の良いヘイズと組ませれば実力を出し惜しみすることもないと考えた。この選抜理由もティアたちと同じく耐久戦をさせるためだ。 


「ここにはA型のブレイズを加える。AからCまで揃っていれば、まず負けることはないはずだからな」

「うげー。暑いのは苦手なんだけどなー」

「リベロ? 失礼なことは言わないようにね?」

「ういーっす」


 最後に残った親玉。

 それを相手にできるのは


「残りのディザイア。あいつは俺とルナで片付ける」


 ――俺とルナしかいない。

 

「大丈夫なの? あなたと金髪女は先月の殺し合い週間で、突然失神した。もしそれが今月も起きれば…」

「……大丈夫だ」


 体調管理に気を付けていれば問題ないはず。

 というよりも、それしかディザイアに勝てる方法はなかった。


「それよりも、Bクラスの生徒たちを殺さずに対処する方法はあるんですか?」

「うん、密告システムを使うんだよ~」

「密告システムだって? 相手の本名をどうやって探るつもりなんだー?」

「グラヴィス、説明をしてやれ」

「え、僕?」


 俺がグラヴィスに視線を送れば、周囲の視線も自然とグラヴィスの方へと向けられる。 


「グラヴィスが説明をしてくれるの?」

「そうだ。グラヴィスのおかげで無殺生で勝ち上がる道が見えたんだよ」


 人前で話すのが苦手なグラヴィスの背中を軽く叩いて、話せるようにフォローをした。グラヴィスは呼吸を整え、初めて皆の前で堂々と喋り始める。 

 

「前に…ノア君と一緒に僕たちが腕に付けているジュエルペイについて調べたんだ」

「ジュエルペイ、ですか?」

「うん。このジュエルペイ、複雑そうに作られていると思うけど…実はそんな難しい構造で作られていなくて…僕でもある程度改造が出来るぐらい単純なものでね。中身のデータを僕のパソコンで解析が出来たんだ」


 グラヴィスの部屋まで来てほしいとルナに誘われた休日。 

 俺はグラヴィスとすっかり様々な機械について話し込み、気が付けば時刻は夜の十九時を過ぎていた。グラヴィスはユメノ世界の人間だというのに、現ノ世界の人間と同等の知識を持っているため、こちらも非常に勉強になる話を聞かせてもらったのだ。


(まさか…あそこまで詳しいとはな)

 

 そこで色々と分かったのは、俺の持ち合わせている知識が相当古いということ。今の時代と数千年前と比べて、科学力はこちらの予想以上に進化を続けている。応用として覚えれば容易いものもあるが、一から覚えなければならないことも沢山あるため、休日の間は勉強の日々となっていた。


「解析って…何をしたんだ?」 

「ジュエルペイに組み込まれているデータチップから、個人情報を解析したんだ」

「個人情報って…!」

「うん。きっと察しがついていると思うけど、ジュエルペイのデータチップにはその生徒の本名が載っている。僕ので試しに解析してみたから間違いない」 


 ジュエルペイには自分で確認はできないものの、データチップの中には本名だけに留まらず経歴等も記録されていたのだ。それを発見したのは俺でもルナでもなく、グラヴィス。規則にはジュエルペイを解剖することが違反となるとは書かれていない。これもゼルチュが生徒の知能指数を測るためだけに取り入れた要素なのだろうか。 


「…Bクラスのジュエルペイを奪い取ればいいの?」

「うん。ジュエルペイがあれば僕が解析をして、その持ち主の本名を知れる。それを密告システムで打ち込めば、殺さずに追放が可能なんだ」

「ジュエルペイを奪い取るだけ…。それなら俺たちにも出来そうだ」

「ええ、Bクラスもまさかジュエルペイを狙っているとは思いませんからね」

「グラヴィス君、凄いんだね…」

「そ、そんなことないよ…! 僕は偶々これを発見しただけで…」

 

 ファルサに褒められたグラヴィスは照れながら下を向いてしまう。

 

「そんじゃあさー? 密告システムを使えば、アイツらの持っている残高はオレらのもんになるんだろー? 変に作戦とか立てなくてもいいってことだよなー」

「先月のように事細かな作戦は立てなくてもいいかもね。ジュエルペイを奪い取ったらグラヴィスくんに解析してもらって~無線機でメンバーに持ち主の本名を伝える。その方法なら手が空いている人が一早く追放してくれるからね~」 

「…グラヴィス、お前もやれば出来るじゃないか」


 いまいちメンバーと打ち解けなかったグラヴィスは、ノアとルナの後押しのおかげで少しだけメンバーたちとの心の距離が縮まった。 

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