教皇はノアと過ごす

「珍しいな。お前が俺の用事に付き合うなんて」

「そうかな~?」


 私はノアの付き添いで、エデンの園の東南方面に建っている教会の前まで来ていた。理由は言わずもがな暇だから。それとノア一人にこの島の調査を負担させるのも、心配だったというのもある。


「どうして教会に来たかったの~?」

「いや、普通に考えておかしいだろう。これが生徒たちにとって必要なものだと思うか?」

「必要なんじゃない~? 信仰心の高い子だっているかもしれないんだし~」

「神に祈って生き残れるのなら、毎日札束持って礼拝してやるよ」


 ノアと私は教会の表口から、教会内へと顔を覗かせてみる。

 そこは想像した通りの大聖堂。数多くの椅子があるわりには、黒色の制服を着た女子生徒が一人だけいるだけだった。私たちはその異様な雰囲気に呑まれながらも、静かに中へと足を踏み入れる。


「…教会苦手なんだよね~」 

「こういう場所で毎日のように教徒たちに対して、ありがたぁーい言葉を与えていたお前がか?」

「あのね~? 初代教皇だからって~、誰でもありがたい言葉が言えると思ったら大間違いだよ~?」

「そういうときはどうやってやり過ごしてた? 流石に何か言わないといけない場面だってあったはずだ」

「う~ん…。早寝早起きとか~、一日三食とか~、ご飯は残さず食べる…とか?」

「お前の教徒たちは小学生じゃないんだぞ…」


 そんな下らない会話を交わしていれば、祭壇の前まで辿り着いていた。ノアは柱頭を眺め、私はステンドグラスを見上げる。赤や青といった様々な色合いで組み合わせられたものを見ていたら、小学生の頃、図工の時間にステンドグラス風の工作をしたことを思い出してしまう。


「…ノア」

「どうした?」

「今ね。子供の頃にああいうのを図工の時間に作った記憶が戻ったよ」

「…それだけか?」

「うん。それだけ」

「……神よ」


 私はチラッとたった一人だけ礼拝をしている女子生徒を見てみる。

 その子はどこかで見た覚えのある顔だ。


(もしかして、Aulaアウラちゃん…?)


 同じZクラスに所属をしているアウラ。

 私はまさかの顔見知りで、なぜか視線をそこから逸らしてしまった。


「…何してんだお前?」

「あそこにいるのって…アウラちゃんだよ…」

 

 そのことを小声でノアに教えると、アウラの座っている方向を横目で確認する。


「…本当だな。見た目によらず神を信じるタイプだったのか」 

「ちょっとノア…! 声が大きいよ…!」

「あらあら? 私の見た目は無神論のイメージが強かったかしら?」


 しかしノアの声量が大きかったせいで、アウラがそれに気が付き私たち二人に声を掛けてきた。


「信じられるものは自分だけ…なんてアウラさんは言いそうだからな」 

「それはあなた達でしょ。正真正銘、無神論のあなた達がこんな教会に懺悔をしに来るとは思わないわ」  

「私とノアはちょっと見学しに来ただけだよ~。どんな場所なのかな~って」


 やけにノアとアウラがお互いに敵対心を抱いている。

 そんな二人の間に私は立ちながら、雰囲気を和ませようとここへ来た経緯を説明した。


「何を企んでいるのかは知らないけど、ここは仮にも神聖な教会。礼拝の邪魔をするなら二度と来ないでもらえる?」 

 

 アウラは私たち二人を軽く睨みつけて、教会の出口まで歩いていく。

 私はどう考えてもあなたが悪いと訴えかけるように、隣にいるノアをじっと見つめた。

 

「おっと…」

「あら、ごめんなさい」


 アウラが扉を開けたと同時に、ちょうど教会へ入ってこようとした男女二人組と衝突しそうになる。アウラは軽く詫びの言葉を述べると、その二人組の横を通り過ぎていった。


「…ん? お前たちは…」

「あー…確かあなたは入学式の日に俺たちを引きずって連れ出した…」

「あなたたちは…入学早々に遅刻をしてきた…」


 私とノアを部屋から引きずって式会場まで連れて行ったMeteorメテオ先生と、アダムネームとイヴネームを決める際に受付を担当していたSayoサヨ先生。かれこれ二か月ぶりの再会だったため、私を除いてノアも相手側もあやふやな記憶で誰なのかを思い出そうとしていた。


「そうか、ノアとルナだったな? 大事な日に寝坊をしてくれたこと、よく覚えているぞ」

「メテオさんとサヨさん、でしたよね? その節は大変お世話になりました」

「いえ、感謝をするならメテオ先生にしてください。私はただ受付を済ましただけですので」


 ノアが律儀に頭を下げたため、私もそれに釣られて頭を下げる。


「もう過ぎたことだし気にするな。それよりも、お前たちはちゃんと生き残っていたんだな。Zクラスだというのに驚いたぞ」

「ええ、まぁ、知恵比べに自信がありますから…」

「あなたたちとCクラスの攻防の一部始終を見ていましたが、Zクラスのわりに随分と頭が働くんですね」

「頭が良い事だけが取り柄だからね~」


 教師たちは私たちの殺し合い週間を見物しているらしい。

 私とノアは何となく見られていることを察してはいたが、確信を持てる根拠は何もなかった。その為、サヨ先生の発言は私たちからすればそれなりに重要なものだ。


「そういえば、お二人はどこかクラスの担任を務めているんですか?」

「おうそうだな。俺はBクラスを担当しているぞ」

「私はCクラスです」

「なるほど~。CクラスとBクラスなんですね~」

 

 最近協定を結んだCクラスの担任と、最近交戦したばかりのBクラスの担任。私たちは目の前にいるのが先生だと分かっていても、関わりがないわけではないので少しだけ苦笑いを浮かべてしまった。


「Bクラスって~…五人しか生き残りがいないんですよね~?」

「悪いが、他のクラスの者には何も答えられない」

「…なら、もし仮にBクラスが全滅した場合、メテオさんはどうなるんですか?」

「どうもならんぞ。俺は担任の役目を終えて、そのまま傍観者となるだけだからな」

 

 自分の担当するクラスの生徒が全滅したら、担任の教師も死ぬことになる…なんて規約でもあるのではないかとノアは睨んでいたようだ。もちろん、そんなはずがない。何故なら本当にそんな規約があるのなら、ウィッチ先生といえどもあのようにだらけたりしないから。


「そんなことよりも、あなたたちはここに礼拝しに来たんですか?」

「ああいや…礼拝というよりはちょっとどんな場所かを見に来ただけで…」

「そうなのか。好奇心に素直なのは良いことだが、あまりこういう場所に立ち入らない方がいいぞ」 


 私たちは「それはなぜなのか?」と聞こうとしたが、メテオ先生とサヨ先生はそのまま祭壇の前まで向かうために私たちの横を通り過ぎて行った。


「ノア、どうする?」

「…もう一つだけ行きたいところがある。付いてきてくれるか?」 

「まだお昼過ぎだから全然いいけど~…どこ行くの~?」

「ドームと教会の間の道だ」

「そこって確かティアちゃんと調べにいったんだっけ?」

「あぁ。ティアが体調を崩したせいで、結局何も調べられなかったけどな」

   

 教会を出て、ドームに向かう道を二人で歩く。

 前に聞いた話によればヒト型のナニカがペルソナによって殺されたと言っていた。それを実際に目にしていないため、どんなものかが少しだけ気になる。


「…この辺りだったか」

「ここが変な生き物がいたところ~?」


 ノアは浜辺と道路の境界線の上に立って、地面を見下ろしていた。

 痕跡が残っているのかを調べているようだ。


「あのヒト型は海がある方へと逃げようとしていて、ペルソナがあっちの方向から飛んできたと考えれば…」

「…逆方向にあるあの森林が怪しいよね~」

「ルナ、空を飛んで確認してみてくれ」

「り~」

「何だ? その『り』っていうのは?」

「了解~! の略だよ~」

   

 私は第一キャパシティの六神通のうち、神足通を発動して空を飛びながらその森林がどこまで続いているのかを指で辿ってみる。島全体をおおよそ見渡せるが、森林はこの孤島の中央まで続いているようだ。


「ずぅぅっと奥に続いてるよ~」

「…ますます怪しいな」

「え? ちょっとノア~!?」


 私は降下してノアにそのことを伝えると、その森林の中をずかずかと入っていく。彼は制服が汚れることを気にしないのだろうか。


「もぉ~!」


 本当は制服を汚したくはなかったが、このままでは置いていかれるので仕方なく後に続いて森林の奥へと進んでいく。毛虫や羽虫が沢山いるのかと慎重に歩を進める私とは別に、ノアはそんなものお構いなしに進んでいた。


「ノア~! ちょっとペースが早―――」


 私はそう言いかけた瞬間、ノアは片手で私の口を塞いで、自分の口へと人差し指を当てる。


「……」 

(…人の気配?)

 

 ――誰かの気配を感じた。数十メートル先に、何かがいる。私がその事に気が付くと、ノアは私の口から手を離して、慎重にその先へと歩を進めた。


(…何これ。どう考えても人の気配じゃない)


 創造力が私たちよりも劣っているがそれなりに持ち合わせている。

 というよりも創造力しかそこから感じられない。 


「―――」


 私の前を歩いているノアが足を止めると同時に、表情が固まった。

 何をそんなに驚いているのか、と前方に感じる気配へと視線を向けて―――


「――え?」 


 そこにいる気配の正体を見た。

 私は抜けた声を上げて「ああなるほど」とノアの表情が固まったワケに納得をしてしまう。

 

「…だれ?」


 ――幼い少女。

 灰色の長い髪の毛を持ち、ボロボロの布切れの服を纏っている。そんな純粋無垢な少女がこの森林の中に座り込んで、こちらを見つめていたのだ。


「あ、あはは~…私たちは…え~っと…」

「……こわいひとたち?」

「いいや、俺たちは怖い人たちじゃないよ。たまたまここに来たら、君がいただけだ」 


 ノアはとびっきりの笑顔を浮かべながら、その少女へと手を差し伸ばす。子供とどう接すればいいか分からない私はこの状況では戦力外だ。大人しく黙っておこう。


「…しんじていいの?」

「それは君次第だよ。ただ俺たちは君に怖いことは何もしない。もし助けてほしかったら手を握ればいい」 

「たすけるっていうのは、すくってくれるってこと?」

「…あぁ、救うよ」


 ノアは少しだけ躊躇しながらも、少女に向かってそう答えた。

 それを聞くと少女はノアの手を握って、その場に立ち上がらされる。


「取り敢えず、君の名前を教えてくれるかい?」

「…なまえは、わかんない」

「分からない…ってことは、どこから来たのかも分からないの?」

「うん」

 

 少女は記憶喪失なのかもしれない。

 ノアはそう推察したのか、私の顔を見る。


「俺はノアで、あの人がルナだ」

「ノアお兄ちゃんとルナお姉ちゃん?」

「うん~、よろしくね~」

 

 自己紹介を軽くしながら、私とノアはその少女を引き連れて森の中から抜け出した。 

 

「ああ、見つけました」

「…ゼルチュさん、ですか?」


 今度は森から出てみれば、そこにはゼルチュがアニマとペルソナを両脇に待機させ、私たちが連れている少女へ視線を向ける。ゼルチュに見られた少女はノアと私の背中にスッ…と隠れた。


「ああ、君たちはノア君とルナさんだったね。第一回目に続いて第二回目の殺し合い週間での君たちの行動。実に素晴らしかったよ」

「褒めて頂いてとても光栄なことです。ゼルチュさんたちはこの子を探していたんですか?」

「そうそう。その子は私たちが元々保護をしていた迷子なんだ。君たちが見つけてくれて本当に助かったよ」


 ゼルチュがこちらへ近づくたびに、少女が私とノアの制服を強く握りしめる。それによって、少女が先ほど怖い人たちと称していたのはゼルチュたちのことなのだと理解した。


「ゼルチュさんを疑うわけじゃありませんが…。この子は怖がっているようですよ?」

「その歳の子ならよく恥ずかしがるだろう。それの表れじゃないのかい?」


 私とノアは顔を見合わせ、引き渡すか渡さないかを考える。ゼルチュたちと交戦するのは非常にマズイ。ならば大人しくこの少女を引き渡すべきじゃないか。私はそう考えたが


「……すくって」


 背後にいる少女がそう呟いたのを耳にすると、私とノアはゼルチュの前に自然と立ちはだかってしまう。身体が勝手に動いた…といえばいいのだろうが、そこまで自分はお人好しだったのかと少々溜息をついた。


「おや。私に反抗するのかい?」

「規則には教師や創始者に反抗するな…なんて書いてないので」

「そうかい。それは残念だよ」

 

 ゼルチュは私たちから距離を取り、アニマとペルソナに視線で何かを訴える。


「ぐっ…!」

「チッ…!!」


 それを合図に黒色のローブと白色のローブの二人組は瞬時にその場から姿を消し、アニマはノアへと殴り掛かり、ペルソナは私へと蹴りを放つ。私たち二人はそれらを受け止めて、それぞれ専用の武器を創造した。


「ルナ…! お前はその子を避難させろ!」

「待ってよ…! ノア一人じゃ、あの二人を止められないでしょ!?」

「止めるつもりはない! 俺は本気であいつらを殺しに行く…!」


 ノアは二丁拳銃を構えて、速攻でアニマの懐へと潜り込む。

 そして何十発も銃弾を撃ち込んだ。


「行こう! お姉ちゃんの手に掴まって!」

「うん…!」

 

 私は第一キャパシティを使用して、少女と共に空を飛んで寮のある方向へと逃げようとする。


「……」 

「やっぱり追いかけてくるよね…!」


 しかしペルソナが私の前に立ちはだかり、逃げさせまいとこちらへ攻撃を仕掛けようとしたが


「……!」

「落ちろっ!!」


 ノアがペルソナの頭上まで跳躍して、回転を加えた踵落としを頭部に直撃させると、そのまま地面へと落下していった。


「ルナ!」

「分かったよ…!」


 私に呼び掛けるノアの右手を掴み、私は思い切り背後へと投げる。するとノアは背後からこちらへ向かってきていたアニマに突進を仕掛け、創造力を最大限に込めた二丁拳銃の弾丸を


「弾けろ」


 体内に撃ち込みながら、地面まで落下していく。


「飛ばすからしっかりと掴まってて!」


 私は全速力で空中を飛んで、寮に向かって逃げる。 

 ペルソナやアニマは追いかけてこなかった。きっとノアが食い止めてくれたのだろう。


「ふぅー…ここまでこれば安心だね~」

「ひこうきみたいに速かったね」

「そうだね~。本当はジェット機ぐらいは出せたかもしれないけど~」


 私とその少女はノアの部屋の前まで辿り着き一息つく。

 ノアは敵にするとかなり凶悪だが、味方の場合はとても心強いものだ。


「…ノアお兄ちゃんはだいじょうぶかな?」

「大丈夫だよ~。ノアは私よりも強いからね~」 


 ノアが帰ってくる。

 それを信じて待っていれば、一時間が過ぎていた。私の脳裏に嫌な予感が過る。


(…ノアが負けた? いや、そんなわけないよね。だってノアが負けるのは私が相手の時だけだし…)


 帰ってくるだろうという考えから、段々と帰ってきて欲しいという考えに変わっていく。アニマとペルソナは凶悪な存在。二対一となれば流石のノアでも敵わないのではないか。そんな不吉なことを考えていれば、更に一時間経過した。


「ノアお兄ちゃん…こないね」

「…そうだね~」

 

 第一キャパシティを使用すれば、ノアがどうなったのかを見れる。けれど、使用するのがとても怖かった。もし死んでいたら、もし殺されていたら、なんて不安が能力の使用を阻止していたのだ。 


「あっ、あれって…」

「…ノア!」

 

 寮のエレベーターを上がって、私たちの元へやってきたノア。

 私は彼の生きている姿を見て、胸を撫で下ろした。


「悪い、食材の買い出しに行っていたら遅れた」

「もぉ~! 生きているならちゃんと連絡してよ!」

「…? 別に俺が生きていようが死んでいようが、お前は気にしないだろ?」

「それは…そう、だけど…」


 私は納得がいかないまま、ノアとその少女と共に部屋へと上がる。

 

「ルナ。その子と一緒に風呂へ入ってやれ」

「え? 私が?」

「俺が入ったら色々な意味で終わる。これはお前にしか頼めないことだ」

「う、うん~。分かった~」


 私はその子をお風呂で綺麗にして、適当なワンピース型の寝間着を創造し着させてあげた。その後、ノアの作ってくれた夕食を三人で食べ、私たちはやっと落ち着きを取り戻す。


「それで、ゼルチュたちはどうなったの? まさか殺しちゃった?」

「…そんなわけないだろ。お前が逃げた後、向こうからキッパリ諦めてくれたよ」

「ノアにビビったのかな~?」

「いや、アニマとペルソナは手加減をしていた。もしあいつらが本気を出していれば、俺はここにいないと思うぞ」

「じゃあ何で…」 

「…さぁな。俺にも分からない」


 ノアと私はその少女に視線を移し、どうしたものかと考える。

 

「この子はどうするの~? ノアの部屋でしばらく保護しておく~?」

「俺はそれでも構わない。ゼルチュたちがこの子を狙っていた理由。それを知れそうだしな」

「…ノアお兄ちゃんのお部屋にいていいの?」

「ああ、いいよ。えっと…君の名前は…」

Noelノエル。わたしはノエルっていうの」

「え? 会った時は名前が分からないって言ってたような~?」

「名前はすくってくれないひとに言わないやくそくだったから。お兄ちゃんとお姉ちゃんはすくってくれたから教えてあげる」


 ―――Noelノエル

 そう名乗る灰色髪の少女。


「そうか。よろしくな、ノエル」

「よろしくね~! ノエルちゃん~」 

「うん。ノアお兄ちゃん、ルナお姉ちゃん」

 

 私たちはその謎の少女と巡り合い、軽い握手を交わした。

 

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