2:14 第二殺し合い週間『遭遇』
「…これは」
誰かがペンキをぶちまけたのか、なんて考えはこの殺し合い週間で通用しない。何よりも鼻を貫く鉄のような臭いが現実を突きつけてくる。
「……マジかよ」
ステラを取り囲むように転がっているのは、いくつかの人間の肉体。
いや、肉塊といえばいいのだろうか。私も初めて目にするため、言葉に表しようがなかった。
「…ブライト、じゃないよな?」
「……分からない」
何よりも気味が悪いのは、救世主が着ている女性用の制服が四着だけ綺麗に畳まれ、片隅に置かれていることだ。血液などは一切付着していない。
「…ステラ」
私は彼女の名を呼ぶが、反応を示さなかった。
涙を流して「ごめんなさい」とひたすらに言い続けている。
「まさか、アイツの周囲にいた…」
「…私もそうとしか考えられない」
ステラはブライトと深く接したことなど、一度もない。
四着の制服があの肉塊のものであれば、考えられる結論は一つしかないだろう。
「――あれはきっとモニカたち」
なぜ殺されているのか。
誰に殺されたのか。
なぜステラだけが生き残っているのか。
それを知っているのは、ステラのみ。私は敵がまだ近くにいるかもしれないと、ステラの元に歩み寄ろうとした。
「…! おい下がれ!」
だが突然リベロによって後方へと引っ張られる。
「…何?」
「どう考えてもアイツだけ生き残っているなんておかしいだろ。それにアイツの様子だって、変じゃないか?」
「……泣いているだけでしょ?」
「いいか? こういうのはオレたちから近づいちゃダメなんだ。大体こういうパターンは被ダメを食らうからな」
リベロは片手に小石を創造して、それをステラの背中へと投擲した。
放物線を描き、見事ステラの背中に当たって落ちる。ステラは私たちの存在にやっと気が付いたようで、こちらを振り向いて顔を見せ―――
「―――ゴメンナサイ」
私もリベロもステラの口を見て後退りをした。
血で染まっているだけなら、この状況ならば当然だと思考が追い付いた。
「あいつ…何を
私たちはなぜ顔ではなく、口へと注目が向けられたのか。
その理由は口に加えていた肉塊の欠片のせいだ。
「嘘だろ…? ゾンビじゃあるいまいし…」
ステラはその場に立ち上がり、口に加えていた肉片を噛みちぎる。これらはすべて目の前にいるステラがやったのかと、一瞬頭の中を過った。
「なーんだ? 新しい獲物か」
くちゃくちゃと音を立てながら、口に含んでいたものを飲み込む。
そして一呼吸整え、その口から発せられた一言はそれだった。
「…違う、あれはステラじゃない」
「あれ? キミたちは気づくんだね」
体内に潜在する創造力の量が本物のステラとは桁違いのもの。目の前いる偽物のステラの創造力は、Cクラスのブレイズやフリーズよりも上。それが意味することはただ一つ
「あなたはBクラスの生徒? それともAクラス?」
Bクラス以上の生徒。
ステラの姿となっているのは、そのような能力を持っているからだと推測できる。
「おもしろっ! おれっちの正体がZクラスかCクラスの生徒にバレてる!」
「…あなたがその四人を殺したの?」
「そうだよ♪ 美味しかったなー」
「おいおい、お前は人肉を喰ってんだぞ? 美味しいはずがないだろ」
ステラの姿から本来の姿へと変わっていく。そこに現れたのは、黒色の制服に長い金髪。そして何よりも胡散臭いスマイルを浮かべている男性だった。
「…警戒して」
「分かってるって」
私たちがより警戒心を高めたワケは、その人物のネームプレートの色。
何人殺せば到達できるのか、その色は灰色。今まで最高位で紅か蒼しか見たことがない。
「牛とか豚とか鳥とか…おれっち喰い飽きたんだんだよね。だから人肉を食べてみたらそれはもうハマっちゃってさ!」
アダムネームは
このエデンの園で出会った人物の中で、最も危ないヤツだ。
「…後一人はどこにいるの? 赤髪の女子生徒がここにいたはず」
「いないよ。だっておれっちはこの四人を誘き出すために、あの子の姿を借りただけだからね」
「ちっ…そういうことかよ。おい、ジュエルペイを確認してみろ」
私はジュエルペイを言われた通り目を通してみる。
そこにはウィザードからの連絡が入っており「ステラとブライトを見つけた」というメッセージが届いていた。
「オレたちもアイツに誘き出されたってことになるな」
「やっぱり、あの二人は放っておけばよかった」
「まっ、おれっちからしたら餌が二人も来てくれて嬉しいよ!」
問題はここからどのようにして、ワイルドの手から逃れるか。
階段の位置は私たちがいる場所の真逆にある。
「そんな易々と喰われてたまるかっての!」
「うおっと!?」
リベロが私たちとワイルドの間に防壁を創り時間を稼ぐ作戦に出る。
こんな状況だからこそ、今は走って逃げるしか方法はない。
「こういう時に『私が時間を稼ぐから逃げて』みたいな台詞は言えないのかよ?」
「私はあなたの為に命を懸けたくない」
私はリベロと二人で廊下を全力疾走しながら、下の階へと降りられる階段へと向かう。背後を振り返ってみると、ワイルドが四足歩行で走りながら、狩りをする猛獣かのように追いかけてきていた。
「ひぃー! ライオンに追われるバッファローの気持ちがよく分かるぜ!」
「…まるで私たちがギャグ漫画みたいな追いかけっこをしているかのような言い方をしないで」
「そりゃそうか…! あんな光景は良い子のお子様たちに見せられないしな!」
リベロは振り返りもう一度防壁を創造し、ワイルドの足止めを試みようとする。
「弱いねぇ~?」
「マジかっ…!?」
しかし、創り出された防壁をいとも簡単に突き破り、その先にいるリベロへと掴みかかる。
「させない…!」
「ふぃー! サンキュー!」
私は横から入り込み、模擬刀を振ってワイルドを吹き飛ばした。
手ごたえは一切感じないが、これでほんの少しばかり時間は稼げるはずだ。
「ここを曲れば階段だ!」
やっと辿り着いた一階へと降りる階段。
私たち二人は急いで階段を駆け下り―――
「ぐあ…っ!?」
その瞬間、リベロが二階の壁に叩き付けられた。
私はどこに敵がいるのかと詮索をしたが、その正体は一向に掴めない。
(こうなったらあいつを見捨てるしか…)
私だけでも逃げようとそのままリベロを見捨てて階段を駆け下りようとしたとき、身体が凍えるほどの寒気を感じ、思わず足を止めてしまった。
「はい捕まえたー!」
「しまっ…」
一瞬だけ足を止めてしまったことで、ワイルドに背中から床へと押さえつけられてしまう。先ほどの寒気の正体、それはすぐに明らかとなった。
「ファング。CクラスかZクラスか知らんが、この二人を危うく逃すところだったぞ?」
「悪かったって
ディザイアという名の黒色の制服を着た男子生徒。髪型はややノアと似ている。
「お前に任せるとすぐこうだ。もう少し頭を使え」
ディザイアはそう言いながら倒れているリベロの頭を踏んでいた。ワイルドは比にならないほどの創造力もだが、その容姿から醸し出している"魔王"のような風格。それが私自身を凍り付かせた正体だ。
「ワイルド。お前は何人殺した?」
「おれっちは四人かな~? そういうディザイアはどうなんだい?」
「十五人だ。Bクラスは俺たちの同盟以外
「ずっる! おれっちにも殺させてよ!」
ディザイアというアダムネームが書かれたネームプレートは、灰色を越えて上位ランクの赤銅。このエデンの園でここまで恐ろしいと感じる存在はいない。
「そんなことはどうでもいい。お前が殺すと言っていたCクラスの生徒たちはどこにいる?」
「わかんねっ。この階で待ち伏せしていたけど、Cクラスの生徒らしき人物は見当たらなかったんだよね」
(…CクラスがZクラスの教室にいること、この二人は知らないのかもしれない)
どちらにせよこの状況は非常にマズイ。
身動きが取れないことで逃亡も不可能。ここで下手に暴れれば、あのディザイアとやらに一瞬で殺されてしまう。どう転がっても待ち受けているのは死のみだ。
「お前たちのクラスは何だ?」
「……私たちの?」
「そうだ。お前たちのクラスを教えろと俺は言っている」
ディザイアが私にそう尋ねてくる。
私はしばらく口を閉ざし、どう答えるかを決めかねていると
「っ…!?」
「言葉が通じていないのか?」
ディザイアがこちらに歩み寄るとその場にしゃがみ込み、私の耳を強く引っ張った。
「それならこの耳は必要ないな」
「…! 何をして―――」
私がそう言いかけたと同時に、耳に激痛が走る。
赤色の血液が頬を伝わりながら床を濡らし、私は苦痛の声を上げた。
「これで聞こえるんじゃないか?」
ディザイアの左手には、私の顔から引きちぎられた右耳が握られている。
私はすぐに再生をしようと強く念じようとしたが
「喋れないのか?」
「ごほ…っ!!?」
ディザイアは私の口の中に右手を突っ込んで、舌を強く掴んだ。
「喋れないのなら…」
(再生を…再生を使わないと…)
私の舌を引き抜こうとすることぐらい私にも理解が出来た。
再生をすればどんな怪我を負っても大丈夫だと考えていた私の思考は、一瞬にして甘いものだと知らされる。
(…苦しくて…集中が…)
再生は怪我をした個所に意識を集中しなければ、上手く発動することは出来ない。それが大きな穴、激しい痛みによって集中を大きく乱されるというのに、冷静になれるはずもないではないか。ましてや舌を引き抜かれれば、きっと苦しみと痛みに悶え、再生など発動をしている場合ではなくなる。
(死にたく、ない…)
「長いお喋りは嫌いなんだ。さっさと話さなかった自分を呪え」
身体震え、舌がちぎれそうな感覚に身を焦がす。
死ぬ、死んでしまう、嫌だ、死にたくない、助けて、誰か、助け―――
「――いいや、自分を呪うことになるのはお前たちの方だ」
そこに現れた人物はディザイアの腕を掴むと骨を砕き、そのまま顔面に膝蹴りを叩き込んで吹き飛ばす。続けてワイルドの頭部へと右脚による回し蹴りを食らわせて、そのまま階段近くの壁へと叩き付けた。
「あー…何かとんでもないことになってるな」
私の助けを求める声に応えてくれた白色の制服を纏った彼。
「あなたは…目を覚ますのが遅すぎる」
――救世主のノアだった。
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