2:10 第二殺し合い週間 前篇

「…どうするの? ノアくんが目を覚まさなかったら、私たちは作戦通りにやれるかどうか…」


 私はノアをあの部屋に置いたままには出来ず、背負いながらZクラスの教室へと訪れていた。ブライトたちはノアを背負う私を見てかなり驚いていたが


「指揮を取れるノアがいないと厳しいな…。このままだと間違いなく、作戦は失敗に終わる」

「お、おいどうするんだよ!? 今までの特訓が白紙になるんだぞ!?」

「白紙に戻るだけならまだマシ。問題は作戦なしで私たちがCクラスを相手に生き残れるか」


 ノアが殺し合い開始時刻三十分前となっても目を覚まさないことで、赤の果実のメンバー全員が不安に陥っていた。司令塔としての役目があるノアがいなければ、赤の果実という同盟は一瞬にして崩壊してしまう。


「それに、ノアも守りながら戦わないといけないんだよね?」

「正直それは厳しいですね。自分の身もまともに守れない私たちが、他人を守ることなど出来るはずもないですから」

「これは確実に詰んだなー。まぁ、みんなそれなりに頑張ったんじゃないの? こんだけ頑張れば、天国ぐらいは行けると思うぞー」


 私はノアが読んでいた自筆のノートを開いて、中身を眺めた。

 ノアは肉体派である私とは違って頭脳派だ。ノートの隅々まで、第二回殺し合い週間の作戦についての内容が記されている。成功したときだけでなく、失敗を想定した場合の動きまで事細かに。


「こんな状況になっても相手を殺さない…なんてこと出来ない。今すぐ同盟内の規則を変えて」

「でも同盟のリーダーってノアだから、私たちじゃ変えられないんじゃ…」

「…だから私はこの規則には反対だった。無殺生でこのエデンの園は生き残れるはずがない」

「ルナ、教皇側の規則だけでも変えてくれ。そうすれば多少はマシになるはずだ」

「ま、待ってよ! 人を殺す特訓なんて一度もしたことが―――」 


 意見が飛び交い、乱れる同盟の規律。

 私はどうすればいいのかが分からなくなり、ノートを閉じて、目を瞑った。


(ノア、私はどうすれば……)


 迷走してしまっている私の頭の中で、あるノアの言葉が木霊する。



『俺は仲間の為に、お前の為に戦う。だから…お前も俺の為に戦ってくれ』


 

 全てを投げ出そうとした私に対して、そんな滅茶苦茶な理論をぶつけてきたため、一瞬だけ思考が停止してしまった。しかし頭脳派な彼が馬鹿な一面を見せてくれたおかげで、私も深く考えることがアホらしくなり、気分を落ち着かせることが出来たのだ。


(…そっか。私はノアの為に戦うと約束したんだっけ)


 ノアは今まで私の為に、見ず知らずの仲間の為に、赤の果実の為に戦ってきてくれた。


(それなら私は? 私は何をしていたの?)

 

 約束を果たしていない。

 ノアの心配をするだけ心配して、自分だけの時間を過ごしていたじゃないか。これではノアとの約束を破った違約者。初代教皇として胸を張れるはずがない。


「…みんな、私が指揮を執るよ」


 ―――そんなのイヤだ。

 私は気が付けば、赤の果実のメンバーたちにそう言っていた。


「…ルナ? 今何て…?」

「私が指揮を執るって言ったんだよ」

「……出来るのか?」

「出来ないと思う?」


 のほほんとした雰囲気は私から消えている。

 こうなったらおふざけも、冗談も、明るさも何もかも必要がない。


「あなたが執るぐらいなら、私が執った方がいい」

「それなら、このノートに書いてある作戦内容を残り三十分もない時間であなたに覚えられる? 自分の動きだけで低一杯なんでしょ?」

「…あなたの方こそ、それを覚えられるの?」

「覚えられるよ」


 時機に第二殺し合い週間が始まる。

 こんな状況で話し合いをする時間などはないのだ。

 

「あれっ? そいつどうしちゃったの?」


 ステラが私たちの前に顔を出し、壁に持たれかかっているノアの様子を窺がってきた。


「…失神してるんだよ。お前こそ、俺たちに何か用でもあるのか?」

「あんな調子のいいこと言ってたのに、本番で失神なんて情けないなーって笑いに来ただけだよ」

「下らない話をしに来たのならここから去れ。私たちはあなたに費やす時間なんてない」

「だってそうでしょ? あれだけ偉そうにモノを言って、わたしたちのことを見捨てたくせして、自分の同盟さえも守れないなんて本当に情けな―――」

「その口を縫い合わせようか? それとも愚か者の舌を引きちぎるか? 死にたくないのなら私に顔を見せるな」


 私がステラを睨みつけてみれば「ひっ…」と怯えた声を上げて、足早にその場から去っていった。

 

「…ルナちゃん、ちょっと怖いよ?」

「そうかな?」

「あなたの中身が変わったように見えます。一体どうしたのですか?」

「…私のことはいいよ。今は作戦の再確認をしよ」 


 殺し合い週間が始まるまで残り十分ほど。

 私はノートを見せながら、時間ギリギリまで各メンバーの行動を確認をし


「は…始まったぞ!」


 先月と同じ狂った鐘の音を、Zクラスの教室で耳にした。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「おし、行くぞ」

 

 ブレイズとフリーズはCクラスの生徒を率いて、辺りを警戒しながら教室から廊下へと一歩踏み出す。先月とは打って変わって、物音や叫び声等はまったく聞こえてこなかった。


「何でこんなに静かなんだ?」

「簡単な話だよ。先月の殺し合い週間で、無鉄砲で馬鹿な生徒たちが全員殺されたからさ」

「なるほどな。慎重なやつが生き残ってるってわけか」


 彼らは作戦など考えてはいない。

 集団でZクラスへと押し入り、力だけで全員皆殺しにするだけという単純な作業・・


「ブレイズー。俺たちにも少しぐらい分け前をくれよー?」

「安心しろって。ちゃんと全員が一人は殺れるように、半殺しにしておく」 

「ボクも少しは生かしたまま、氷漬けにしておいてあげるよ」

「きゃー! フリーズ様カッコいいー!」


 Cクラスの生徒は未だに死人が出ていない。

 何故なら、クラスで団結をしているからだ。救世主も教皇も、どちら側の生徒もCクラスのトップであるブレイズとフリーズが手を組んでいることで、対立することがなかった。


「さて、やってやろうか」

 

 一階へと降りて、ずかずかとZクラスの教室まで向かって行く。その場所は逃げ場のない壁際。つまりは廊下を塞いで追い詰めてしまえば、退路を簡単に塞ぐことができる最悪の位置だ。


「ふっ…静かに喋っているつもりだろうけど、声が外に丸聞こえだね」


 Zクラスは引き戸と窓を完全に封鎖し、立てこもっている状態。

 ブレイズとフリーズは、Zクラスが守りに徹する作戦だとすぐに理解する。


「いいか? オレが炎でこの防壁を突き破る。そしたらフリーズ、お前は中にいる生徒の足だけを凍らせちまえ」

「了解。ボクが凍らせたら、君たちはその武器で中にいる生徒にトドメを刺すんだよ」


 フリーズは周囲が頷くのを確認し、ブレイズの肩を叩いて合図をした。


「行くぜっ!!」


 ブレイズが封鎖された引き戸を炎で吹き飛ばしたと同時に、フリーズが教室内を一瞬にして凍らせる。


「さぁ! 行くんだ!」

 

 Cクラスの生徒たちが一斉に中へと詰め寄り、次々と凍った生徒を殺していく。


「一瞬で片が付いた。やっぱり理想主義者の戯言に過ぎなかったってことだね」


 ブレイズとフリーズも教室の中へと足を踏み入れて、バラバラに砕けたZクラスの生徒たちを軽く蹴り飛ばす。教室の明るさがやや暗いため、ブレイズは教室の明かりを点けようとスイッチに手を伸ばした。


「…あぁ? んだよ、壊れてんのか?」


 しかし何度スイッチを押しても、教室の明かりは点かない。

 

「ブレイズ。明かりは点かないのかい?」

「なんか壊れてんだよ。アホ面拝みたくても明かりがないとなぁ」

「君の炎で照らせばいいじゃないか」

「おおっ、その手があったな!」


 ブレイズはフリーズの元まで歩み寄り、下に転がっている頭部らしきものを手に持って


「さてさて、どんなアホ面を―――」


 炎で照らした瞬間、フリーズとブレイズは言葉を失った。


「…これは、マネキン?」

  

 適当に書かれた目と鼻と口。

 ブレイズが拾い上げたものは人間の頭部ではなく、衣服の店でよく見かける一般的なマネキンの頭部。


「――まさか!?」


 フリーズは出口へと視線を向けてみると、ブレイズによって吹き飛ばされた引き戸が元通りになっていることに気が付き


「全員、急いで教室の外に出て――」


 フリーズはそう指示を出したが、その引き戸はすぐに閉められてしまった。

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