2:8 教皇はAクラスへと招かれる
アニマのこともあり、私は何も考えず、ただひたすらにショッピングモール内を歩き続けていた。黒色のローブに身を包み、仮面で素顔を隠し、おまけにグローブまで付けて素肌を見せないようにしている。
(…でも、どうしてアニマのプレートの色も変わるんだろ?)
あの三人組を殺害する前は、無色のプレートだった。
しかし殺害後は紅色のプレートへと変化をしていたのだ。生徒たちに殺し合いをさせることが目的のエデンの園。あのアニマはゼルチュの側近とはいえ、部外者のようなもの。それなのにプレートの色が変化をするということは―――
「すいません。少しいいですか?」
「うん~?」
またナンパかと振り返ってみれば、凛々しい顔立ちをした男子生徒が一人で立っていた。先ほどの三人組と比べてみても、とてもじゃないがナンパをするようなチャラい男性には見えないけど…。
「あなた様に少しお尋ねしたいことがありまして…」
「尋ねたいこと~?」
「はい。Zクラスの
「…ノアについて?」
道でも尋ねられるかと思っていたが、その質問内容は予想より遥か斜め上のものだった。初対面の相手には敬語を扱い、常に相手の目を見て話し、目的をハキハキと相手に伝える。一流の社会人としてやっていけるであろう律儀な人物。それなのに尋ねてくる内容のせいで、警戒をせざる負えない。
「あなた様は最もノアさんと仲良くしているという話を耳にしました。もしよろしければ少しノアさんについてのお話を伺えればと…」
「その前にあなたはだれなの~? 制服からして教皇側みたいだけど~」
「申し訳ありません。うっかりとしておりました。私の名前は
「Aクラス…?」
CクラスとSクラスに接触をしたことはあるが、Aクラスの生徒とこのように接触をするのは初めてのことだ。私は第一キャパシティを発動して、エルピスと名乗る男子生徒の心を読み取ってみる。
(ローザ様の元にいち早く、ノアについての情報を伝えなければ…)
どうやら彼はローザ様という生徒をかなり敬っているらしい。
ノアについて調べようとしているのも、ローザという生徒によって命令をされているようだ。
「いいよ~。その代わり、あそこのクレープを奢ってね~」
「それぐらいならお安い御用ですよ」
私は敢えてその誘いに乗ることにした。
ノアのことを話すかどうかは置いといて、Aクラスの情報を少しでも仕入れておいた方がいい。エルピスという男子生徒は私からすればかなりの実力を備え持っている生徒。そんな生徒が敬うローザという人物は、彼よりも強くAクラスのトップに健在していると思ったからだ。
「チョコスペシャルで良かったですか?」
「うん~!」
「それではAクラスの教室へと向かいましょうか。そこで私ともう一人、あなたの話を聞きたい人がいるので」
「理解~」
エルピスにクレープ屋でチョコスペシャルを奢ってもらい、Aクラスの教室へと向かうためショッピングモールを出てバスへと乗った。私はクレープに食らいつきながら、外の景色を眺めてエルピスの方を見ないように視線を逸らす。
「…あなた様のお名前を教えていただけますでしょうか? ネームプレートがつけられていないもので、どうお呼びすすればいいかと」
「あ、そういえば外したままだったね~」
私はネームプレートを胸に付けて「ルナだよ~」と自己紹介をした。
「
「このイヴネームはノアにつけてもらったんだよ~」
「…ノアさんに?」
「うん~」
エルピスはネームをつけてもらったことを話すと、僅かに驚いている様子。
確かにネームをお互いに付け合うなんて、余程愛し合っていない限りしないと思う。
「つかぬことをお伺いしますが、ルナさんはノアさんとどういう関係で?」
「えっとね…恋人でもなくて、友達でもなくて、とにかく長い付き合いなんだ~」
「幼馴染みたいなものですか?」
「うん、まぁそんな感じだよ~」
言葉にしようがない関係。
私は適当に返答して、チョコスペシャルの最後の一欠けらを口の中に頬張り、エルピスの表情を窺がってみた。
「一応聞いておくけど~…私をAクラスの教室までおびき寄せて、殺すつもりじゃないよね~?」
「殺すつもりなら、まずあなたのことは気絶させてますよ」
「それもそっか~」
校舎の前のバス停へと到着したため、エルピスと二人で下車をして、Aクラスの教室まで向かう。階段を登る最中に、Cクラスの生徒やBクラスの生徒に襲われないかと警戒をしていたが
「…"エルピー"くんってみんなから怖がられているんだね~?」
エルピスの姿が視界に入った途端、見て見ぬふりをしながらそのまますれ違うだけだった。
「仮にも私はAクラスですから」
そんな彼のネームプレートの色は紅色。
前回の殺し合い週間で誰か一人以上は殺している証拠だ。
「ローザ様、ノアと親しい者を連れてまいりました」
エルピスが教室の引き戸が横にスライドさせ、私に中へ入るように促す。
言われた通り、教室内へと足を踏み入れてみれば、視線の先に窓の外を眺める銀髪の少女が佇んでいた。
「エルピス、ご苦労様でした。
「承知しました」
(…あの子がAクラスのトップだね)
一目でそれを判断できた。
エルピスを上回る威圧感、そして隠し切れていない膨大な創造力。その子は確実にSクラスにいてもおかしくないほどの力を備え持っている。
「自己紹介をさせていただきます。此方は
「いえいえ、お構いなく~」
「立ち話も疲れることでしょう。どこか好きな席へとおかけになっては?」
「お構いなく~」
長話などは無用だ。
私はAクラスのトップがどれほどのものかを拝見するために、ここまで連れられやってきた。その目的は既に果たしたので、ここは手短に話を終わらせるべきだろう。
「それで~? ノアについて聞きたいことって何なの~?」
「アナタは随分とせっかちなのですね」
「ローザちゃんも早く話を聞きたいんでしょ~? 顔に出てるよ~」
「ふふっ…此方を惑わせようとしても無駄です。アナタの口にこそ、チョコが付いていますよ」
「これはわざとだからね~」
エルピスの心を読むことは出来たが、ローザの心は読むことが出来ない。
おそらくSクラスほどの実力者に対しては、この他心通も使えないのだろう。
「それではノアについてお話を聞かせてもらいます」
「どうぞ~」
「彼はどのようにして、先月の殺し合い週間であれほどのチップを受け取ったのですか? Zクラスの生徒があれほど注目を浴びることなど、此方の中で疑心暗鬼を生ずることになります」
「ノアがクラスメイトを守ったからじゃないかな~? 私も詳しいことは知らないけど~」
下手な発言をローザの前ですれば、自分たちの首を絞めることに間違いないはず。私は明確な理由を口には出さず、大雑把であやふやなワケをローザの前で述べた。
「クラスメイト守った? 彼は
「Cクラスだよ~」
「Cクラスから? まさか、ブレイズとフリーズのお二人方から守り抜いたわけじゃ…」
「ううん~。名前も知らないCクラスの生徒一人だよ~。私とノアの二人でやっとその一人を追い返せたって感じかな~?」
ローザの口からCクラスを率いるブレイズとフリーズの名が飛び出したことには驚いた。もしブレイズたちと繋がりがあるのであれば、ノアがCクラスを追い返したことはすぐに発覚するはず。ローザの反応からするに、何も知らないということは、ただ名前を知っているだけのようだ。
「二人がかりで追い返したのなら、アナタも彼と同等にチップを貰い受けるはずでしょう?」
「私の倍ぐらいノアが活躍していたからだと思うよ~」
「……そうですか。大体、理由は分かりました」
ローザの表情は満足をしていた。
彼女がこんな適当な理由で満足をするとは思えないが…。
「それなら良かった~。私も忙しいからこれで話は終わりでいいかな~?」
「此方に大きな収穫がありましたので、もう下がっても大丈夫ですよ。それでは、今日はありがとうございました」
「うん~。ばいばい~!」
今はこの教室から去ることが先決な気がしたので、ローザに手を振りながら教室から出ていくことにする。
(間違いない…)
帰ったらノアに報告をしよう。
Aクラスのトップに健在するローザという人物は……
(――レーヴ・ダウンの人間だと)
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ローザ様、情報の収穫はいかがでしたか?」
満足気な表情を浮かべているローザにエルピスはそう尋ねる。
「ええ、収穫はゼロでした」
「収穫ゼロ…!? 申し訳ありませんローザ様! すぐに別の者を連れて―――」
「いいえ、必要ありません」
ローザは窓から、バス停まで歩いていくルナの後姿を見た。
「収穫がゼロだったのは
「…? それは一体どういう……」
「エルピス、先ほどの女子生徒の名前を教えていただけますか?」
「あの生徒は"
ルナもローザの視線に気が付き、四階の窓から顔を覗かせているローザの方へと振り返る。
「エルピス。ルナとノアの二人を警戒することにします」
「ローザ様。ノアは分かりますが、何故あの生徒まで?」
「此方よりも劣りますが…。あの生徒は確実にAクラス…。もしくはSクラスの実力が備わっています」
「…! そんなはずが…!?」
ローザとルナはお互いに笑みを浮かべて、軽く手を振り合った。
「――これからが面白くなりそうですね」
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