2:7 教皇は処罰を傍観する

「はーい。今日の授業は終わりよー。全員さっさと帰りなさいー」 


 殺し合い週間まで一週間を切り、残り数日となった。

 ウィッチさんはいつも通り、気だるそうに授業を終えて教室から足早に出ていく。

 

「ルナ、俺はレインとの約束があるが…。お前はどうする?」

「私はお邪魔虫・・・・みたいだから先に家に帰るね~」

「あぁその方がいい」

「少しは否定してよ~!?」

「悪かった悪かった。大丈夫だとは思うが、帰り道には気を付けろよ。この辺りで女子生徒が強姦後の死体で見つかったらしい。殺し合い週間外の殺害は規則違反、今日中に犯人は何かしらで罰せられるとは思うが…」


 それなりに私のことを心配してくれているらしい。

 そんなノアに私は「分かった~」と軽く返事をする。私の返事を聞いたノアは「…呑気だな」と小さな声で呟き、教室から去っていった。


(ショッピングモールで適当に時間を潰そうかな~)


 ブライトたちと一緒に帰ったり、登校したりしたことはあっても、遊び目的で特別に出掛けたりしたことはこのエデンの園に来てほぼない。それらしいことをしたのは大浴場で女子トークをしたことだけだと思う。  


(私はアウトドアじゃなくてインドア派だからなぁ…)


 ブライトやヘイズは基本的にアウトドアだ。

 ノアが何度か連れ出されているのを、この眼で見ている。私はバスに乗って、第一キャパシティを使用し、ノアとレインが何をしているのかを覗き見してみた。


(あれは…武術を教えているのかな~?)


 レインとノアが公園内で組み手をしている光景が、頭の中で映像のように流れる。創造力に関する技を教える前に、基礎的な武術等を教えるという話を前に言っていた。


(…あ、こっち見た)


 レインを軽々と投げ飛ばしたノアは、私が能力で見ていることに気が付いたようだ。「覗き見をするな」とでも言いたげに指二本でバツマークを作っている。


(はいはい。分かったよ~)


 私は第一キャパシティを収めると、独りバスの中で窓の外を眺めながらぼーっとしていた。 


(やっぱりノアにキャパシティを教えない方が良かったかな~?)


 ノアは今まで私の能力の素性が掴めないせいか、たまにぐらいしか抵抗できなかった。

 しかしあの海岸で私の能力を知った日から、ノアの心を読んだり、ノアが遠くで何をしているか観察したりすると、すぐにバレるようになった。ノアはほんの一日で六神通ディヴァインへの対抗策を見出したのだ。


(これからノアには使えないかな~…)


 私はバスを降りてショッピングモールへと繰り出す。

 四月の上旬にリベロと訪れた以来、一度も来ていなかった。独りでこのような場所に訪れるのに至っては初めてなので、少しだけ落ち着かない。


(来てみてたのはいいけど…どうしようかな?)


 目的地もなくしばらく歩き回り、壁際に設置されているベンチへと私は座り込んだ。前世ならノアと殺し合いをしているだけで丸一日終わっていたが、このエデンの園では殺し合いの期間が決められてしまっている。


(教皇の頃は、本当に戦争しかしていなかったんだ…)


 争いという類を失った今、私には時間の潰し方が何もなかった。

 寝る暇さえないほど忙しかったのは、すべてが望まない戦いのせい。それはまるで自分の一生が殺し合いによって埋められていたとも考えられ、悲しさが募っていた。


「そんなとこで何してんのー?」


 そんな私に声を掛けてきたのは黒色の制服を着た男子生徒三人組。

 顔に見覚えはない…ということはZクラスの生徒ではないはずだ。


「俺たちと遊ばねー?」

「一人で退屈してんのなら楽しいところに連れてってやるよ」


 これは俗に言う"男性が知らない女性に声を掛ける"で有名なナンパというものだろうか。まさか私がナンパをされるとは思っていなかった。そもそも自分の容姿にさほど興味がない。


「私のことは気にしないでいいよ~。一人で十分だから~」

「えー? でもその割にめっちゃ寂しそうな顔してるけど?」

「いいだろー? 俺たちは一緒に遊びたいだけなんだからさー?」


 私はさりげなく、胸に付いたネームプレートを取り外してポケットへと入れる。その後に、第一キャパシティを発動して三人の男子生徒の心の声へと耳を傾けた。


(これは後少しでも押せば誘いに乗るな。金髪の女は大体軽いぜ)

(昨日の子は全然声も上げてくれなかったから興奮もしねぇ…。あー早く部屋に連れ込みてぇー)

(こいつは頭が悪そうだから、酒に酔わせるか睡眠薬を飲ませれば一発でやれるな)


 ノアが言っていた「女子生徒を無理やり部屋に連れ込もうとする良からぬ連中」というのはこの三人のことらしい。誰がどう見てもこれは強姦という立派な犯罪となる。


「金髪女は大体軽いって~?」

「…! な、何を言ってるんだ?」

「昨日の子って誰かな~? 私を部屋に連れ込んで何をするつもり~?」

「は、はぁ? 昨日の子とか部屋に連れ込むとか…な、何の話だよ?」

「ふ~ん、私が頭悪そうに見えるんだ~。酒と睡眠薬か~…私はそういうのは効かないからね~?」

「こいつ…!?」


 私が心の中の声を全部読み上げれば、目の前の三人組はぎょっとしていた。心の中の声が聞ける能力は確かに便利だ。このように相手の本性を知ることが可能となり、悪か善かを判別が出来る。


「規則に引っ掛かるよね~? そのうち罰せられちゃうんじゃない~?」

「ちげぇよ…!! 俺らは何もやってなんか―――」


 三人組の一人がこちらに掴みかかってきたその瞬間、私は全身に信じられないほど激しい寒気を感じ、視線をベンチの隣に向ける。


「―――」


 声が出なかった。

 三人組もソレに気が付いた途端、身体を全く動かせなくなる。


(いつの、間に…)


 黒いローブに無色のプレート、そして顔を隠す仮面。

 私のすぐに隣には、ゼルチュの側近として務めているAnimaアニマが、気配もなく、元々そこへ座っていたかのように佇んでいたのだ。


「ひ、ひぃぃっ!!?」


 三人組はその場に尻餅をついて、ずるずるとアニマから後ずさりをして距離を取る。アニマは私の方には見向きもせず、ベンチから立ち上がると三人組へと距離を詰め始めた。


「ち、違うんだ…!! 俺らは殺したくて殺したんじゃない!! あまりにも暴れるから脅しの為に首を絞めて…!!」

「……」

 

 アニマはうんともすんとも言わない。どんな事情があったとしても、それが事故だとしても、アニマからすれば「規則を破った」という結果だけがすべてなのだろう。


「ぁがぁっ…!!?」

 

 私に掴みかかろうとした男子生徒の首を片手で掴み、宙に軽々と持ち上げる。

 

(そういえばノアも、私も…規則を破ったときに受ける処罰を見たことがなかった) 


 ウィッチは罰を受けるとだけ説明をしていた。

 その詳細はどんなものなのかを聞かされていない。


「……」

「"ぎ"ぃ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"っ!!!」


 掴んでいた男子生徒の首に、黒色の薄いグローブを纏った指先をめり込ませる。

 その指先はいずれ皮膚を貫いて、断末魔と共に血肉を床へと散らばせた。 


「うわぁぁぁぁぁあ!!!」


 仲間が痛めつけられている姿を見た残りの二人は、その場から逃げ出すためにすぐに立ち上がろうとしたが


「――え?」


 そこにあるはずの両脚がなかった。

 膝から下が綺麗に切断をされており、骨と筋肉がその断面からよく見える。


「足がぁあぁっ! 俺の足がぁぁあ!!」 

(いつ、切断をしたの…? アニマは少しもそんな動作を見せてなんか…)

 

 目の前で行われている一方的な嬲り殺しの非道さよりも、アニマに対する疑問点が上回り、悲痛な叫び声や断末魔が響く中で至って冷静にアニマの後姿を見つめていた。 


「――――ぁ」


 アニマによって首を指先によって貫かれた男子生徒の一人は、小さな声で呻き声を上げ、全身が風船のように木端微塵に破裂をした。辺りに血液や臓器の残骸、脳漿が飛び散り、私の制服にもその一部がかかる。


(アニマはあの子の体内の創造力を収まりきらないほど増幅させて、破裂させたんだ…)


 ボールは空気を入れれば入れるほど、硬くなり、丈夫になるが、空気を限界以上に入れてしまえばそれはいつか破裂をする。人間の身体もそれと同じで、創造力を持ち合わせていればいるほど強くなる。しかし限界以上の創造力を注ぎ込み続ければ、身体的に耐えられず爆発をするのだ。


 アニマは自らの創造力をあの子の創造力に変換させて、それを行ったのだろう。

 けれどそれを行うのは相当な力がいる。ボールに空気を大量に注ぎ込んで破裂させるにしても、注ぎ口の穴から限界を超えないように抜けていく。それよりも多く注ぎ込むには機械の力が必要となる。


(…想像以上に強いかも)


 人間の身体もそれと同じ。

 限界以上の創造力を蓄積させないように、息を吐くタイミングで創造力を無意識のうち消費させる。アニマはそんな人間の身体から放出される創造力よりも遥かに多くの創造力を無理矢理流し込んで跡形も残さず破裂させたのだ。  


「来るなぁぁぁああ!!!」 


 そこからは見るに堪えなかった。

 残りの二人も同罪とみなされ、同じように創造力を流し込まれてパンッという音を二度立て、その場から物理的にかき消されてしまったのだ。運が良かったのは辺りに生徒がいなかったということ。三人組が全員殺されれば、その場に残されるのは私とアニマの二人だけ。 


「…あなたは何者なの?」

「……」


 私は規則を破ったりはしていない。

 だからこそ、このようにアニマへと所在を尋ねた。ノアは四月の休日にPersonaペルソナと遭遇し、一瞬だけ交戦をしたらしい。その時にノアが私に言っていたのは



「気を付けろ。恐らくペルソナとアニマは俺たちと同等、下手をしたら俺たちよりも強いかもしれない」



 という注意喚起のみ。ノアが認めるほどの強者の存在。そのような存在は私しかいないと思っていた。ノアと互角で渡り合えるのは私だけだと。


「……」


 アニマは私の方へと少しだけ振り返る。

 私は第一キャパシティを使用して、アニマの心の声を読もうと試みたが


(無駄だよ) 

「―――っ!?」

 

 アニマは私が心の声を読もうとしていることを分かっていた。

 こうやって一対一で会うのは初めてだというのに、こっちの第一キャパシティの正体が完全に把握されている。ノアでさえ、つい最近まで知らなかったのに。


「……」


 冷汗が込み上げ立ち尽くしている私にアニマは踵を返すと、辺りの悲惨な惨状を指を鳴らしただけで元通りの綺麗な状態へと戻す。


「――フフ」

「…!」


 微かに耳へと入る笑い声。

 それはアニマの仮面の奥から確かに聞こえてきた。 


「あなたは―――」


 アニマは私がそう言いかけた途端、その場から何の前触れもなく姿を消してしまった。 


「あ…私の制服も綺麗になってる」


 殺す手法しか見破れなかったこと。初代教皇としての私はそれに若干悔しさを覚えてしまい、俯きながら再びショッピングモール内をぶらぶらと目的もなく歩くことにした。

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