救世主はヘイズと過ごす

「確かヘイズさんの部屋番号は…019だったな」

 

 昼食を取り終えた十四時頃。

 ノアはヘイズに「教えて欲しいことがある」という連絡を受けて、寮の三階で019という番号の部屋を探していた。


「あ、ここか」

 

 しばらく歩いて探し回っていると、それらしき番号の部屋を見つけ、呼び鈴を鳴らしてみる。


「あ、ノアくん。ごめんね? 急に呼び出しちゃって…」


 扉の向こうから私服姿のヘイズが顔を出し、こちらの顔を見上げてきた。


「寮内の移動なら時間もかからないし気にしなくていいよ。それより、教えて欲しいことって?」

「ここで話すのもあれだし、中に入って話そ?」


 ヘイズに部屋へと招き入れられ「お邪魔します」と一言述べてから、中へと足を踏み入れる。人を自分の寮の部屋に招き入れたことはあるが、こうやって誰かの部屋に訪れるのは初めてだ。


(…ずいぶんと女の子らしい部屋だな)


 自分の部屋とは違い、床にはもふもふとしたカーペット、窓際には水玉模様のカーテン。そしてベッドの上にはいくつかの可愛らしいぬいぐるみが置かれていた。


「好きなところに座っていいよ」


 ヘイズにそう言われたノアは、窓に背を付けながらその場に座る。

 心のどこかでそわそわしてしまっているからか、自然と部屋の隅の方へと座ってしまっていた。


「それで…改めて聞くが教えて欲しいことって何だ?」

「ルナちゃんから聞いたんだけど……ノアくんって、料理を作るのが上手いんだよね?」

「料理? ……上手いかどうかは知らないが、それなりには作れるかもな。どうしてそんなことを?」

 

 そうはいっても、今までルナに振る舞ってきた料理は全て何かしらの料理本やテレビで見てきた既存料理。自分が一から献立を考えて、生み出した自作料理ではないのだ。


「…実はね。ノアくんに料理を教えて欲しいんだ」

「料理を教えてほしい? 俺にか?」

「うん。私はあんまり料理が上手じゃないから……」


 料理を教えて欲しいなどと頼まれたのは初めてだったため、少しだけ驚いてしまったが、その真剣な表情を窺がうに彼女にも何かしらの事情があるのだろう。


「分かった。俺でよければ協力するよ」

「ほんと…!? ありがとうノアくん!」


 ヘイズさんは断られると思っていたのか、嬉しそうに喜びの声を上げる。

 レインを鍛錬するのと比べれば、料理を教えるぐらいどうってことない。


「それで、俺は具体的には何を教えればいいんだ?」

「作れる料理の種類を増やしたいから、ノアくんの知っている料理レシピを何品か教えてほしいんだけど…」

「あぁ分かった。何なら全品教えても構わない」


 武器などが記載された本を創造してレインに渡した時と同じように、ヘイズにも自分が知る限りの料理レシピが記された厚い本を創り出しヘイズへと手渡す。それを受け取ったヘイズは、やはりレインと同様に目を丸くしてその本の中身をパラパラと捲り始めた。  


「ノアくん、この本って…」

「そこに載っているのは俺が知る限りの料理レシピだ。試しに五十ページぐらいに書いてあるオムライスでも作ってみるか?」

「あ、でも…ちょうど食材とか切らしちゃってるから、買い出しに行かないといけないよ?」

「それなら俺がすぐ買ってくるよ。ヘイズさんは部屋で待っててくれ」


 ヘイズさんにそう伝え、ノアは買い出しに出掛けることにする。

 このエデンの園で一ヶ月間暮らしていて気が付いたのは、この孤島にあるそれぞれの施設の位置が生徒たちの過ごしやすさを重視して考えられていることだ。現に寮からショッピングモール街までの距離は、バスを利用しなくても十分程度で辿り着ける位置にある。


「…休日も賑わっているな」


 恐らく人気施設はダントツでこのショッピングモール。

 飲食店や喫茶店、アミューズメント施設といった生徒たちが娯楽と感じる場所が沢山ある。娯楽に興味がない自分からしても、食材の買い出しをする際に品物の幅広さを考えて、わざわざここまで出向いているのだ。


「……ん?」


 食材コーナーへと向かう際に、ふと電化製品コーナーに視線を向けてみれば、ジャージ姿のリベロがゲームソフト売り場と睨めっこをしていた。


「リベロ、何してるんだ?」

「お、おおー。何だおまえか」


 リベロに声を掛けてみると、ジュエルペイの画面を一瞬だけチラ見して、ゲームソフトとこちらの顔を交互に見始める。


「いやぁー、最近発売した新作のゲームをついさっきクリアしてさー? 前作があるっぽいからそれも買おうかなって探してたんだよ」

「なるほどな。それで、お目当てのものは見つかったのか?」

「残念ながらないんだよなぁー…。『タクティクスブレイク』ってゲームなんだけど、あれは神ゲーだったぜ。サクサクプレイできるし、物語ものめり込めるほど完成度が高くてさー」

「そ、そうか」


 ゲームには元々疎いうえ歩んできた時代が違うことで、まったく聞いたこともない作品の良さを伝えられてもこのような返答をすることしかできない。


「悪いリベロ。俺は用事があるから、また今度話を聞かせてくれ」 

「ほいほーい。またなー」


 このままここで話を聞き続けていたらキリがないと考え、リベロとその場で別れて食材売り場へと向かった。そこでオムライスに必要な卵、牛乳、鶏肉、玉ねぎなどを食品カゴに入れて、レジで早急に購入を済ませる。


「…リベロのやつ、まだあそこでゲームを見ているのか」


 帰り際に少しだけ電化製品売り場を見てみると、未だにリベロがゲームソフトたちと睨めっこをしていた。再び話しかけるわけにもいかないので、そのままショッピングモールを後にする。


(『タクティスブレイク』ねぇ…?)


 ゲーム未経験者からすれば、タイトルだけ聞いてもあまり面白そうには聞こえてこない。しかしゲーム好きなリベロが「神ゲー」と呼んでいるのならば、それなりに信憑性はある。


(俺も少しは娯楽を見つけるべきなのかもな…)


 そんなことを考えて移動をしていれば、いつの間にかヘイズさんの寮部屋まで辿り着く。


「買ってきたよ…って何をしてるんだ?」

「お、お帰りノアくん…!」


 扉をノックして中へ入ってみると、ヘイズさんがテレビに背を向けながら座り、こちらを見上げていた。目にも止まらぬ速度で何かを背後へと隠していたような気がする。


「…今、後ろに何か隠さなかったか?」

「な、何も隠してないよ? それよりも早くオムライスを作ろ?」

「あー…それもそうだな」

  

 明らかに動揺をしているが、ここで下手に追求をすれば性格が悪い奴と思われてしまう。それだけは勘弁願いたいので、先ほどの件はなかったことにし、調理に取り掛かることにした。


「じゃあまずはチキンライスを作ろうか」 

「はい…!」


 ヘイズさんは意外と料理経験あるようで、食材を切り刻んだり、炒めたりする作業はかなり手慣れていた。きっと彼女が料理をするに至って、本当に足りないものは料理の作り方という名の知識。ここまで手際が良いのであれば、自分がわざわざ側について教える必要もなかったのではないか。


「完成…かな?」

「あぁ、上出来だ」


 ヘイズさんは料理レシピを見ながら、たったの十分程度でオムライスを二人前作り上げる。それをヘイズさんと共にリビングの机の上に持っていき、食事の準備を整えた。


「……?」


 オムライスを運んでいる最中に、テレビの台の下から長方形の容器が顔を覗かせていることに気が付き、目を凝らしよく見てみれば


(…ゲームソフトの入れ物?)


 その容器には派手なデザインに加えて、会社名やロゴが書かれていた。それは電化製品売り場で見た、数多く売られているゲームソフトのものと非常に酷似している。


(……ヘイズさんもゲームが好きなのか?)

「…ノアくん? そんなところで立ってどうしたの?」

「いや、何でもないよ」


 深くは聞けないとヘイズさんにそう返答して、オムライスが乗った皿を机に置き、その場へと腰を下ろした。


「冷めないうちに食べようか」

「うん。そうだね」


 二人で両手を合わせ「いただきます」と感謝の意を示してから、スプーンでオムライスを一口分だけすくい、口の中へと運ぶ。


「――!!」

「ノアくん、美味しいかな?」

「ヘイズさん。これ、レシピ通りに作ったんだよね?」

「え? そ、そうだけど…」


 単に美味しいで済まされるどころの話ではない。

 自分が作るオムライスの数十倍、数百倍のコクがあり、食材の品質、炒め具合、すべてにおいて美味しいの次元を超えていたのだ。ヘイズさんはレシピ通りに作ったと述べているが、自分はレシピ通りに作ってもここまで桁違いのオムライスを作れたことがない。


「…俺が作るよりも美味しい。なんならここまで美味いものを俺は今まで食べたことがない」 

「ノアくん、それはいくら何でもお世辞が過ぎて――」

「お世辞じゃない。俺は冗談抜きでこれほどまでに美味しいものを口にしたことがないんだ」


 自分が作るオムライスとヘイズさんが作るオムライス。

 ヘイズさんは調理方法に独自の技術を入れていたわけでもなく、レシピ外の食材を追加していたわけでもない。それなのに同じ調理方法で大きな差が付く理由が全くもって理解が出来なかった。


(…まさか。いやでも、それがあり得るのか?)

  

 一つだけ脳裏を過った憶測。

 それを確かめるべく、もう一度だけオムライスを一口だけ口に運んでみる。


「このオムライス……創造力・・・が加えられていないか?」  

「――え?」


 レシピに書いてあった正味とは別に、オムライスから感じ取れるものは僅かな創造力。それをボソッと口にした瞬間、ヘイズさんの表情が青ざめていく。


「す、すぐに吐き出して! そうしないとノアくんが…!!」


 他者の創造力が体内に入ると力の相違で逆流を起こし、最悪の場合死に至る。

 それを思い出したからこそヘイズさんは必死になって、こちらの背中を叩き始めていた。


「…心配しなくても大丈夫だ。ヘイズさんの創造力は、俺の創造力と上手く循環してる」

「じゅ、循環してるって?」

「何て言えばいいんだ? ヘイズさんの創造力は、俺の体内にある創造力と限りなく近いものへと変わっている…と言えばいいのか?」


 これは初めてのことで上手く説明できない。

 ある程度の域まで達することが出来れば、他者の創造力を感じ取り、それに似たものへと自身の創造力を変換することが可能となる。殺し合い週間の際にテレサやユーリたちを再生させられたのはその技術を使用したから。


 しかしヘイズさんがそれを使用できるとは到底思えない。

 何よりも奇妙なのは口にした瞬間はヘイズさんの創造力のはずなのに、体内へと入っていった瞬間からこちらの創造力へと変化をしていくことだ。


「それって、大丈夫ってこと?」

「あぁ、心配しなくてもいい。それよりも聞きたいことがある。ヘイズさんはオムライスを作るときに創造力を込めたりはしていないよね?」

「そんなことするわけがないよ…! だってそれって、まるで私がノアくんを…」

「なら、無意識のうちに…か」

 

 ブライトも自身で意識せずとも物質から物質へという、高難易度の創造力の伝達をこなしていた。ヘイズも無意識のうちに創造力を調理中に流し込んだのかもしれない。


「ヘイズさんの創造力は少しだけ変わってる。このことは俺たちだけの秘密にしておいた方がいい」

「ノアくんと私だけの秘密…?」

「あぁ、俺とヘイズさんだけの秘密だ」


 ノアとヘイズはその後、オムライスを平らげ、皿洗いを済まし終えるとそのまま解散をした。ヘイズにお礼を述べられたノアは助けになれたのなら良かったと、自室へ意気揚々と帰宅をしたが

 

「ノアぁぁーーー!! お腹空いたぁぁ!!!」

「あぁ!! うるせぇぇーー!!!」


 自室でお腹を空かせて待ち構えていたルナと一波乱があったことで、最高の気分は地の底へと落とされていた。

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