救世主はブライトと過ごす
「ノア! ごめんね急に呼び出しちゃって!」
「別に構わないが…したいことって何だ?」
ノアはブライトから「したいことがあるから協力してほしい」という連絡が届き、ショッピングモール街まで足を運んでいた。休日だからかブライトは私服を着て、無邪気な笑顔をノアへと向けている。
「実はその、身体を動かして一緒に汗を流してくれる人を探していて…」
「……え?」
「スポーツだよスポーツ! ほら、このショッピングモールに身体を動かせる場所があるでしょ!」
確かにそんなものがあったような気もする。
ゼルチュが「何一つ不満が生まれないように、様々な施設を用意している」と自負しているだけあり、このショッピングモール街の中に、スポーツを全般的に楽しめる「スポッチェ」という施設があるようだ。
「どうしてそれに俺を誘うんだ?」
「よく考えてみてよ。ヘイズは運動苦手そうだし、ティアはそもそもスポーツに興味なさそうだし…レインはなんか気まずいし…」
「ルナを誘えば良かったじゃないか。あいつなら来るだろ」
「連絡したんだけど…部屋から出たくないっていうから」
心の中で「あの引きこもり野郎…」と呟く。
仮にも初代教皇だったルナの休日はとてつもなく怠惰なもので
昼まで寝る→遅い朝食を食べる→布団の上でだらだらと過ごす→夕食を食べる→風呂に入る→布団の上でだらだらと過ごす→就寝……という流れで休日を無駄にしているのだ。
何よりも腹が立つのは、暇になるとこちらに絡んでくるということ。つい先日も「腹筋を鍛えるときメディシンボールを落とす代わりに、頭突きを代用すればいい」というワケの分からない理論を述べて、こちらの腹部に頭突きをかましてきた。
「あれ? そういえばルナってノアの部屋に住み着いているんだっけ?」
「ゴキブリみたいな言い方をするな。腐ってもアイツは人間だぞ」
そんなどうでもいい話をしながらブライトと共に「スポッチェ」という施設まで辿り着く。他の者たちもそれなりに利用しているようで、施設内ではバレーボールやバスケットボールを嗜んでいる生徒の姿が数人見えた。
「学生様お二人ですねー。ジュエルペイをお通しください」
入場ゲートで立っている係員の指示に従い、機械にジュエルペイを順番に通す。
「ほんとにこのジュエルペイってシステム便利だよねー。財布とか取り出さなくてもすぐに支払いが出来るしさ」
「現ノ世界にこういうシステムはなかったのか?」
「うん、こんな便利なものはなかったよ」
「…おかしいな。本によれば現ノ世界は人工知能を自立化させることにも成功している。それほどの技術があるのに、こんな便利なシステムを取り入れないのは一体――」
独り言を呟きながら考え事をしていると、ブライトがジト目を向けながらこちらの腕を軽くぺしっと叩いた。
「休日にそういうことを考えるのはやめてほしいんだけど…? 私たちは頭を悩ませに来たんじゃなくて、身体を動かしに来たんだからさ」
「…悪い、考え事をしないように気を付けるよ」
ジュエルペイの残高から二千円を支払い、ゲートを通って「スポッチェ」の施設内へと入場してみれば、様々な遊戯場所が設置されていた。その中から真っ先にブライトが目に付けたのは
「あ、ノア。テニスやろうよ」
「…テニス? 別に俺は構わないけど」
施設内の隅に設置されているテニスコート。
正直どんなスポーツにも興味が湧かないため、ブライトが何を選ぼうが必ず了承するつもりでいた。
「え? これってグラスコート!?」
「そうだな」
「私、グラスコートを初めて生で見たかも…!」
テニスコートの種類はグラスコート、別名天然芝と呼ばれるもの。
数あるコートの中で最も球足が速く変化し、バウンドも低く不規則さが目立つようになるのが特徴だ。なぜブライトがここまで驚いているのか、それはこのグラスコートが日本には存在しないからだろう。
天然芝は維持管理に手間がかかるため、グラスコートを採用しているところは少ない。それに加えて、四季がはっきりしているこの国は芝の育成に向いていないので、ほとんど芝のコートは存在しないのだ。
「硬式と軟式、どっちをやるんだ?」
「うーん、そうだなぁ…。ノアってテニスやったことある?」
「一切やったことないが、ルールやゲームの進め方の知識はある。俺に気にせず、ブライトが好きな方を選べばいい」
「じゃあ…硬式やろっか!」
コートの片隅に硬式専用のラケット一本と硬式のテニスボールをブライトに手渡す。
ブライトは肩にかけていたポシェットをその近くに降ろして、準備運動がてらに軽くラケットを素振りし始めた。
(…明らかに初心者じゃないな。中級者…にしてもラケットの振り方がやけに滑らかだ。もしかしたら、上級者かもしれない)
「ノア―! 行くよー?」
ブライトに軽く手を挙げて準備が整ったことを示すと、テニスボールを比較的優しめにこちらへと打ち上げる。
(まぁ…ラケットに球を当てるだけだからな。それぐらい誰にでもできる)
それを普通に打ち返して、数分ほど何度かラリーを続けた。
自分にとってはこれぐらいが丁度いいテニス。しかしブライトは何か物足りなさそうにラリーを続けているため、途中で打ち返されたテニスボールを手で掴み、ネットの近くまで歩み寄る。
「ブライト、お前手を抜いていないか?」
「あ、バレちゃった…? ノアがテニスやったことないのなら、あんまり強く打つとダメかなって思ってさ」
「俺を相手にするときは遠慮しなくていい。全力で来い」
「ノアがそう言うなら…」
ブライトは小さく頷くと、硬式ボールを二つ持ってサーブを打つ位置へと移動をした。これでブライトが気を使うことなく、息抜きしながら楽しめれば願ったり叶ったりだ。
「行くよー!」
サーブを打つ構えに入るのを合図に、こちらもレシーブを返そうとラケットを握りしめる。
(…上級者といっても弾丸サーブが飛んでくるわけじゃない。適度に良い球で打ち返すか)
そんな緩く考えていれば、ブライトがボールをトスアップし、ちょうど頂点の位置でラケットを力強く振り抜いた。
「――!?」
テニスボールが視線の先から消える。どこへ行ったのかと探していれば、既にボールはネットを越え、自分の足元付近に突き刺さるように着地をしていた。突然の出来事で身体が動くはずもなく、打ち返せないまま呆然としてしまう。
「おーい! 大丈夫ー?」
(…何だ、今のは?)
完全に気を抜いていた。
的確な狙い、ネットをギリギリ掠める精密さ、そして何よりも来るはずがないと決めつけていた高速の弾丸サーブ。ブライトの身体で到底出せるような技じゃない。
「大丈夫だ! もう一球頼む!」
「オッケー! 行くよー!」
今度は気を抜かず、飛んでくる球に集中する。
サーブの打ち方はごく普通。真上にトスをし、それをタイミング良くラケットで力強く振り抜き――
「ここか…!」
「…!」
天然芝を抉るほど強烈なブライトのサーブを、持っているラケットで打ち返そうと上手く受け止めたが
「っ…!? まさか、ボールに創造力を込めて――」
こちらのラケットをいとも容易く吹き飛ばして、衝撃を和らげる背後のネットへと飛んで行った。
「ノア! 大丈夫!?」
派手にラケットが吹き飛んだことで、ブライトは急いでこちらの元へと駆け寄る。その顔には「力加減を失敗した」という僅かな焦りの表情が見えた。
「あぁ大丈夫だ」
「そっか、それなら良かったぁ…」
「それにしても驚いたよ。ラケットだけじゃなく、その先のボールにまで創造力を通わせられるなんてな」
ブライトが行ったあの弾丸サーブは非常に高難易度なものだ。
通常、創造力はどんなものにも通わせられ、性能を強化することが可能。武器で例えるなら剣に創造力を通わせて、耐久値や威力を底上げすることができる。レインでさえも、唯一それだけは理解をして、刀を創造していた。
このように手に触れているものへと創造力を伝わらせるのは、少し練習をすれば誰でも行える技であり、創造力の扱い方の基礎となる技術。しかし、ブライトが行ったのはラケットだけに創造力を通わせるだけでなく、そのラケットで触れたテニスボールにも、創造力を通わせていたのだ。
「あんな高等技術はZクラスの生徒が扱えるものじゃないぞ」
その技術は下手をすればBクラスに相当するもの。
身体から物質への伝達は簡単だが、物質から物質への伝達は思っているよりも遥かに難しいこと。そんな立派な才能に思わず感嘆をし、ブライトを称賛する。
「…えっと、創造力を通わせるって何?」
「――は?」
だがブライトは自分がどれだけ難易度の高いことをしていたのかを理解していないようで、視線を逸らしながらこちらに説明を求めてきた。
「いやいや。お前は創造力を通わせて、あのサーブを打ち込んだんじゃ……」
「そんなこと全然意識してなかったけど…?」
「嘘だろ…。無意識に創造力の伝達を行っていたのか」
ブライトは無意識のうちにそんな高等技術を行っていたらしい。
ならば、一体いつからそんなサーブが打てるようになったかを聞いてみると
「中学生の時かな? テニス部に入部して一生懸命練習をしていたら、こんなサーブが打てるようになっていたんだ」
「…部活動での実績は?」
「インターハイには何度か出場してるよ。中学も高校も部長として務めていたし…それなりには強かったと思う」
インターハイどころではない。
このサーブを見る限り、テニスでの強さは間違いなく世界レベルだ。このエデンの園が殺し合いではなく、テニスでの試合で格付けされるのなら、ブライトはSクラスに余裕で君臨できる。
「ブライト、一セットだけ俺と本気で打ち合ってくれ」
「本気って…。またさっきみたいになったら…」
「大丈夫だ。今度はこっちも気を抜かない」
ブライトは渋々それを了承して、サーブを打つ位置へと移動をした。
(…こっちも創造力を込めないと太刀打ちできないな)
手に持つラケットに創造力を通わせる。
そしてトップの位置でこちらのコートへと打ち込んだブライトのサーブを
(これでどうだ…!)
「――嘘!? 打ち返したの!?」
軽々と打ち返した。
「…だったら!!」
けれど流石はテニス部主将。
打ち返した球に食らいつき、再び弾丸のような速度の球を繰り出した。
「くっ…!?」
サーブの球よりも、僅かに速度が上がっている。しかも狙うコースは、アウトラインの線をギリギリ。これには身体も追いつかず、先制点をブライトへと渡してしまう。
「私のサーブを打ち返したのはノアが初めてだよ」
「…試合はこれからだ。こっから巻き返して見せる」
二点目からの記憶はあまり残っていない。
気が付けば、こちらが一点しか先取できていない状態で、ブライトに一セットを取られ試合は終了していた。
「負けた、か…」
「ノアはセンスがあるよ。初めてのテニスなのに、私から一点取れるなんてさ」
敗北すれば誰しも悔しがる。
しかし、ノアが感じているこの悔しさは不思議と気持ちの良いすっきりとしたものだった。殺し合いに敗北するとはまた違った敗北感。それをノアは初めて知った。
「それに…今日のノアはとても楽しそうだった」
「…そうか?」
「うん。だって、ノアはいつも難しい顔をしているでしょ? そんなノアがテニスで私と打ち合っている時だけ、本当に楽しそうにしてるんだもん」
ノアはこのように身体を動かし、誰かとスポーツで真剣勝負をするなど経験したことがなかった。勝負とは命の掛け合いで、身体を動かすのは殺し合いの時だけ。
「私は楽しそうにしているノアの方が好きだよ」
「……」
前世の人生は楽しかったのか。
ノアはそんな疑問を抱きながらも、空を流れる白い雲たちを見上げていた。
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