April Holiday

 救世主はレインと過ごす

「五分遅刻…一体何をしていたの?」

「悪い。ルナのやつがあまりにも五月蠅いから少し沈めていた」


 ノアは青を基調とした私服姿のレインと合流していた

 殺し合い週間が終わり、五月開始まで休日となる。設立した同盟『赤の果実』の打ち上げは朝方には終了し、ルナ以外は自室へと帰っていったが…。


「…あなたはあの金髪女と同居してるの?」

「勘違いしてもらっては困るが、あいつは一人じゃ家事をこなせない。だから自立できるまで俺の部屋に置いておくことにしたんだ」


 これからの休日を満喫できそうかと思いきや、早速レインから連絡が入り「十五時ごろに公園の時計塔の前に集合」というメッセージが届いたのだ。


「…なら沈めていたっていうのは?」

「言葉通りだよ」


 昼過ぎまで寝ようと布団を敷いているルナに「昼過ぎにレインと用事があるから出掛けてくる」と伝えた瞬間、目つきがガラリと変わり、リビングに敷いていた布団を玄関の前に移動させて、行かせないように防ごうとしてきた。それをなんやかんやで強行突破できた頃には、約束の十五時ピッタリだったというわけだ。


「どこに沈めたの?」

「あー…布団の中?」


 あまり力を使いたくなかったので、適当にじゃれてやり過ごそうと考えていたが…ルナはどうしても通したくなかったようで、創造力を使って自身の力を向上させてまでして、こちらを止めに掛かってきた。


 こうなってしまえばもはや力を使わざる負えなかったので、創造力を込めた渾身の手刀打ちをルナの脳天に叩き込んで、布団の上でノックアウトさせたのだ。風邪を引かれるのも困るので、一応きちんと掛け布団を被せておいた。


「…そう」

「それで? 俺を呼び出したわけは?」

「あなたの提示した条件は呑んだ。だから、他にも技を教えて」


 そんなことだろうとは予測をしていた。

 だが、ルナとの格闘のせいでこちらは一睡もしていない。そのせいでかなり頭がぼんやりとしつつある。


「分かった、教えてやる」


 前世では不眠不休で一週間以上戦えていたのに、ここまで睡魔に誘われてしまうのは身体が若くなってしまったことが原因。徐々に寝なくても生活が出来るように身体を慣れさせていかないといけない。ここが踏ん張りどころだろう。


「俺は確か…創造破壊と再生の二つは教えたよな?」

「その二つは教わった」

「なら、次のことを教える前に俺と軽く手合わせをしてくれ」


 技を教えたところで彼女自体の能力が低ければ何の意味もない。次にすべきことを決めるためには、まずレインがどれだけ戦えるかを測らなければならない。


「…本気で仕掛けていいの?」

「あぁ。だが武器は模擬刀を使え。歩いている生徒を巻き込んだりしたら大変だからな」 

「分かった。全力であなたを"叩く"」


 レインは刃の付いていない模擬刀を創造し、鞘を腰につけ、抜刀の構えに入る。


(構えはさまになっているが…)


 そしてノアが息を吸った瞬間、公園の地を蹴って鞘から刀を抜いた。

 

(刀の扱い方がワンパターンすぎるな)


 ノアは抜刀をひらりと避けて、次々と迫りくる模擬刀による連撃をじっくりと観察する。


「お前、剣術を習ったことはあるか?」

「ない」

「…だろうな」


 どう伝えればいいのだろうか。

 レインの刀による攻撃はあまりにも単調で、パターンが少なすぎる。例えるなら弱攻撃・強攻撃の二パターンを無造作に組み合わせているだけ。こんな刀の扱い方じゃ、相手にすぐ見切られてしまう。


「武術はどうだ?」

「ない」

「…受け身の取り方は?」

「知らない――」


 レインが大体どの程度の実力を持っているのかを理解したため、単調な突きを繰り出そうとする模擬刀を創造破壊した。この創造破壊は身体の部位に創造力を集中させたわけじゃない。自然体で破壊できるほど、レインの創造力が低いのだ。


「…もういいの?」

「あぁ、もう十分だ」


 本当に基礎中の基礎から始めないといけない。

 そうなると先がかなり思いやられる。


「お前は武術も剣術も習っていない。それに加えて受け身の取り方も知らないなんて論外だ。そんな奴が創造力に関する技を覚えたところで、何の意味もない」

「……それで?」

「レイン…お前にはまず創造力、武術、剣術の基礎的な鍛錬をしてもらう。それに伴って、この本を渡す」


 ノアは右手に一冊の分厚い本を創造し、レインに手渡す。


「…これは?」

「創造の幅を広げるには知識が必要だ。この本には戦いに使えそうなモノの作られ方や材質がすべて書かれている。これらをすべて覚えろ」

「あなたはこの内容すべてを覚えているの?」

「当たり前だ。内容を覚えていなかったらそんなもの創り出せない」


 レインにかなり厳しい修練をさせようとしている理由は、救世主や教皇は殺し合いに勝てばなれるようなものではないことを知ってほしいからでもあった。ノアもルナも、これらを乗り越えたうえで初代救世主、初代教皇としての器に選ばれ、戦わされていた・・・・・・・からだ。 


「あなたに聞きたい。私はこれで強くなれれば、救世主になれるの?」

「どうだろうな? 救世主としての強さで測るのなら今のお前はかなり弱い・・・・・。なれるかどうかは、これからお前がどう変われるかじゃないか?」

「…私は弱いって言われることが一番嫌い。これからは口を謹んで」

「はいはい」

 

 教わる相手に「口を謹んで」なんて無礼な言葉をぶつけるやつを初めて見た。鍛錬の前にコミュニケーション能力も課題として、少しずつ注意をした方がいいかもしれない。


「まずは受け身の取り方でもやるか?」

「何でもいいから早く教えて」 

「分かった分かった。そんなに早く教えて欲しいのなら、俺に手を差し出せ」 


 レインが言われた通り左手を差し出すと、ノアはそれを右手で掴み  

 

「ほいっ」

「――!?」


 軽く逆方向へと投げ飛ばした。

 突然のことで身体の反応が追い付かず、レインはそのまま地面に背を打ち付ける。


「…急に投げ飛ばすなんてどういうつもり?」

「お前が早く教えてくれっていうから、早速実践に入ったんだよ」

「投げるならちゃんと事前に言って」


 レインが背中を押さえながら、もう一度その場に立ち上がってノアに手を差し出した。


「何してるんだ?」

「これで受け身を覚えるんでしょ? 私もそっちの方がやりやすいから」

「さっきのは冗談だよ。ちゃんと一から説明を受けて―――」

「いいから早くして」


 なんて乱暴な覚え方だ、とノアは顔を引きつる。怪我をしても再生を使用すればどうとでもなるが、わざわざ受け身を実践で覚えようとするなんてあまりにも馬鹿らしいではないか。


「…俺はどうなっても知らないぞ」


 そこからは投げ飛ばすことの繰り返しだった。

 レインは何度も背を地面や木に打ち付けて、受け身の感覚を身体に覚えさせようとする。非常に痛々しい光景だったせいで、公園内を歩いている生徒たちに変な目で見られた。


「…もう一回」

「もうかれこれ三時間は続けている。お前の身体だって限界に近いはずだ。今日はもうこのぐらいにして――」 

「もう一回」

 

 自分の身体のことなど何とも思っていない。

 ノアはそんなレインを見て呆れていると、今度は自らノアの手を握りしめてきた。


「本当に、どうしようもないやつだな……っ!」


 レインは絶対に上手く受け身が取れるまで、いつまでもこれをやり続けようとする。ならばとノアは先ほどよりもやや強めに投げ飛ばして、無理やりにでも諦めさせようとする。

  


「――私は諦めない」



 しかし何度も耳していた衝突音が一切聞こえない。

 レインはノアが投げ飛ばされたと同時に空中で態勢を整え、受け身を取っていたのだ。


「…今のはまぐれか?」 

「まぐれじゃない。感覚は完全に掴めた」

「それならもう一度やってみろ」


 何度も瞳に映る光景に目を疑った。

 酷い有様だった受け身が、あのたった一度の成功で百パーセントまで仕上がっている。軽い受け身程度だけしか出来なかったレインが、空中で、しかもすぐに反撃態勢へと入れる受け身を覚えているのだ。 


「…時間はかかったけど、これで受け身は完璧でしょ?」

「あぁ、文句の付けようがないほどにな」

「じゃあ次のことも教え――」


 レインが突然こちらに持たれかかってきたため、何事かと顔を窺ってみれば


「寝てるのか?」


 スヤスヤと寝息を立てて眠っていた。

 今更になって気が付いたが、レインの眼の下にはくまがある。もしかしたらレインは、あの打ち上げを解散した後、一睡もせずにここへやってきたのかもしれない。



『"……"、私はあなたを忘れない』



 眠っているレインをルナのいる自室まで運ぼうと背負った時、頭の中で聞き覚えのある女性の声が一度だけ響く。激しい頭痛などを感じさせない、冷たい声。


(…この声は、レインと何か関係があるのか?) 


 日が沈みかけている帰り道。

 ノアはレインを自室に連れてきたことにより、ルナが再び暴走することを知る由も無かった…。

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