1:13 救世主と教皇は身体を流す
「はい、お疲れ様ー。まさか全員生き残れるとは思わなかったわよ」
Zクラスの教室に帰ってきてみれば、ヴィルタスたちが既に席へと着いていた。席が一つも欠けていないということは、全員が生存できているということ。ウィッチもそれには驚きを隠せずにいた。
「これで今月の殺し合い週間は終了ー。五月始まるまで休日だから、さっさと自分たちの寮に帰って身体を休めなさいー」
かなり精神を研ぎ澄ませていた生徒たちの身を案じて、ウィッチも長くは語らない。全員にすぐ帰宅することを命じると、そのまま教室を出て行った。
「…帰るか」
「そだね~。帰ろ~」
ルナと共に帰ろうと席を立つ。ヴィルタスたちも同盟内のメンバーと固まってはいるが、一言も言葉を交わしてはいない。それほどまでにこの殺し合い週間で様々な傷を負ったのだろう。
「お疲れ様ですノア。ちょっといいですか」
「お疲れ、ティア。何か用でもあるのか?」
「ええ、もしよろしければノアの部屋に一度上がらせてもらえないかと」
「…んな!?」
ルナがなぜかティアの言葉に対して、声を上げ反応をした。何をそんなに驚く必要があるのだろうか。殺し合い週間を終えたとしても、この一週間はいつ殺されてもおかしくはなかった。一人で夜を明かすのに、恐怖を抱くのは当たり前のことではないか。
「別に俺は構わない」
「えっ、ちょっとノア…!?」
「ルナ、お前にも分かるはずだ。ティアがどれだけ不安かってことぐらい――」
「良かったですねブライト。これで許可は取れましたよ」
ティアの背後から顔を覗かせたのはブライトたち。疲れ切ったその顔に、してやったりの表情を浮かべているようにも見える。
「ティア、ありがと!」
「お前、俺を嵌めたな?」
「それは答えかねます」
「ほら~! こうなると思ったんだって~!」
ブライトの話によれば、殺し合い週間を無傷で生き残れたことに対しての喜びを分かち合いたいとかで、こちらが寝ているときに、そんな話を皆に伝えていたらしい。要は殺し合い週間の打ち上げをしたい、ということだろう。
「レイン、お前も来るのか?」
「ユメノ世界の人間がいるのは気が食わない。でも、あなたには色々と教えてもらわないといけないことがある。だから仕方なく付いていくだけ」
「…そうか」
「よーし! 早く行こ!」
ルナがとてつもなくガッカリしているのを他所に、ブライトたちに背中を押されながら寮の自室へと無理やり連れていかれる。周囲がどんよりとした空気の中で、彼女たちは疲れているものの、希望という言葉を胸に抱いているようにも見えた。
「ちょっと待ってくれ。俺らは長い間風呂に入っていないだろ。だから先に大浴場で清潔にしてきてくれ」
「そうだよね…。部屋に上がる前に少しは汚れや臭いを落とした方がいいかも…」
ヘイズがこちらの意見にも一理あると賛同してくれたおかげで、ブライトたちも「じゃあそうしよっか」と言って、女子組で固まる。
「私は自室で身体を流してきます。後で合流ということにしましょう」
「…私もそうする」
しかしティアとレインだけはブライトたちと大浴場に行くことを拒否した。理由を尋ねても二人は「答えられない」と返答をするため、ブライトたちは仕方なくそれを承諾する。
「ルナは一緒に行こうね」
「え? わ、私も自分の部屋でお風呂に――」
「お前は一緒に行け」
ルナに指をさしてそう命令をすると「そんなっ」と期待を裏切られたかのような反応を見せた。自分の部屋に一度も帰ったことがないルナが、この場面で素直に帰宅するとは思えない。どうせ、こちらの部屋に押しかけて風呂場を借りるつもりだろう。
「レッツゴー!」
ルナはブライトに引きずられ、そのまま大浴場のある寮へと連れていかれる。必死に「裏切者ー!」と叫んでいるが、こちらが何を裏切ったというのだろうか。
「それでは私たちもこれで」
「あぁ。夜道に気を付けろよ」
レインとティアも自室へと帰っていき、そこに残されたのは男子組。ウィザードとリベロとノアとグラヴィスの四人のみだ。
「あいつらはお前の部屋に来れるのか?」
「ルナが俺の部屋の場所を知っているから大丈夫だ」
「ふーん。で、オレたちはどうすんの?」
「…悪いが、俺も風呂に入りたい」
それに反対するわけでもなく、男四人で大浴場へと向かうことにする。男子だけでこのように固まるのは初めてのことで、四人とも道中は一言も言葉を発さなかった。どこにいつ集合するなどという話は一切せず、各自で自室へ着替えやタオルを取りに向かい、自然と大浴場前へと集合をする。
「あのさー?」
「何だ?」
「お前らって人と話すのが苦手なのか?」
タオルを腰に巻いて、大浴場へと向かう。その最中にリベロがノアとウィザードにそんなことを尋ねた。
「俺は苦手だな」
「ウィザードは見た目からそんな感じがする」
「…失礼なやつだ」
ウィザードがリベロに向かって溜息をつく。この大浴場はそれなりに他の生徒たちもいたが、周囲に敵意を向けるほどの余裕はないように見える。疲れ切っている身体を癒すためにこの大浴場へ訪れている者が大半だろう。
「ノアはさー」
「何だ?」
「女子と仲良く話せるのに、何でオレたちとは話せないんだよー?」
洗い場で身体の汚れを取り除いて、四人で湯船に浸かれば、リベロがこちらにそんな質問を投げかける。
「別に俺は女子と仲良く話せているとは思えないけど?」
「そんなこと言ってさー? 本当はチヤホヤされようとしてんじゃないのー?」
「チヤホヤって…」
この第一回目の殺し合い週間を生き延びるために、コミュニケーションを図っていたわけであって、仲良くなろうだとかお近づきになろうだとかは一切考えていない。
「リベロ、ノアは俺たちをまとめ上げてくれた。そんな不純な考えを持つはずがない」
「どうだか。それにあれだけ女をたらしておいて、本命はルナなんだろー?」
「…やめろ、リベロ」
ウィザードが止めようとしても、ひたすらにこちらへそんな発言をしてくるのは
「お前こそ、ヘイズとはどうなんだ?」
「ヘイズの話はいいだろー? 今はお前の話で――」
「ずいぶんとヘイズに対して心を許してるじゃないか。何であそこまで仲が良いんだ?」
リベロに発言させないように、ヘイズの名を使ってこちらから畳みかける。するとリベロはしばらくの間沈黙をし、
「まっ、話すときが来たら話してやるよー…っと!」
「…!」
湯船のお湯をこちらの顔にかけてきた。
「あぁ。その時が来るのを楽しみにしてる」
顔を手で拭い、リベロの言葉に期待を込めてそう返答する。 ほんの一瞬だけ能天気なリベロの瞳に、鋭さが宿ったような気がした。
「俺はのぼせる前に上がるよ。三人も大浴場から上がったら、ジュエルペイで連絡をしてくれ」
先に大浴場を上がり、自室へと先に帰ることにする。部屋の中は見せられないほど汚いわけではないが、大人数で押しかけられるのなら、机の配置等を少しはずらした方が、多少は広くなると思ったからだ。
「…遅い」
「レイン、お前早すぎじゃないか?」
自室まで戻ってきてみれば、青色のワンピースという寝間着姿のレインが扉の前で待っていた。
「あなたには聞かないといけないことがある。だから待ってた」
「あー…そうだな。取り敢えず扉の前で待たれると誰かに見られた時、色々と誤解をされる。中に入ってくれ」
レインの青髪は少し水気が滴っており、自室で風呂に入ってすぐに部屋の前までやってきたことが窺える。ノアはそんな彼女に苦笑をしながらも、扉を開けて自室へと迎え入れた。
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