1:12 第一殺し合い週間 終幕

「…?」

「起きたの?」 


 目を開けた感覚とすぐ目の前から聞こえるレインの声。それが意味するのは自分は今まで眠っていたということ。


「そうか。俺は寝ていたのか」


 レインと共にルナの待つ教室へ戻ってみれば、一斉にブライトたちに詰め寄られ「一人で行くな」「一言何か言ってくれ」とこっぴどく怒られた。それが十分ほど続いた後に、何があったのかをすべて説明をしレインをこの教室で過ごさせるように頼み込んだ。

 

 一部はレインが加入することに対して少しだけ嫌悪感を抱いていたが、大半はそれを歓迎していたため、レインを仲間として快く引き入れ、その日は何事もなく一日を終えた。次の日の土曜日も、見張りをルナと交代で務めながら過ごしているうちに夜になり、何かが起きるというわけでもなく日は沈んだ。


「今日は日曜日。殺し合い週間の最終日だな」

「…時刻は八時。食料と水は既に支給されてる」 

「まさか睡魔に負けるとは思わなかったよ」


 その後の記憶があまりないということは、この場で腰を下ろしてすぐに眠ってしまったということなのだろう。人の事を散々言っていた自分が寝てしまうとはあまりにも情けない。


「…そこの金髪の女と仲良く寝てた」

「金髪の女?」


 レインが視線を送る方向に顔を向けてみれば、こちらの肩に涎を垂らしながら幸せそうに寝ているルナの顔がある。その顔を見ていると無性に腹が立つうえ、制服に涎を付けられたため、


「起きろ涎女」

「んにゅぁ!?」


 ルナの額に力を込めたデコピンをバチンッと食らわせて目を覚まさせた。


「何で起こすの!?」

「あぁ、怒るとこそこなんだ」

「せっかく気持ちよく寝てたのに…!」


 起こし方に怒るのではなく、眠りを妨げたことにご立腹らしい。痛みは感じていないのかと一瞬だけ考えたが、デコピンをした中指がズキズキと痛むことに気が付き、ふと視線を下ろしてみる。


「…は? なんで爪が割れてるんだ?」 


 左手の中指の爪にヒビが入っていた。

 

「私の頭は固いからね。そういうことすると自分に反動が帰ってくるからお気をつけ――」

「これでどうだ」

「痛ぁっー!?」


 創造力を中指に集中させて、もう一度デコピンをしてみれば先ほどと明らかに違った反応を見せる。ルナは額を両手で押さえながら、その場で転がりながら悶えていた。


「再生っと…」

「それ」


 中指の割れた爪を再生していると、レインがこちらの左手に指を差す。


「これがどうした?」

「…それはどうやるの」

「再生のやり方のことか?」


 教えるべきかと考える暇も与えず、レインが「教えて」とかなり食い気味にこちらに顔を近づけた。そこまで知りたいのならと、渋々レインに再生を教えることにする。


「教えてやるが、この技を多用しないと誓え」 

「分かった」


 レインには再生のやり方を慎重に教えた。創造力を集中させて、再生するイメージを強く持つという再生のやり方。再生を使用しすぎると身体に疲労を積み重ねて過労死する可能性があるという欠点。それらを教えたうえで、試しに一度再生を実行してみることにする。


「じゃあ、試しにその脚の擦り傷を治してみろ」


 レインが履いている黒色のニーソックス。その太ももの個所が破け、擦りむいた跡があったためそれを治すように指示を出した。


「再生」


 目を瞑り、再生を念じながら創造力を太ももの部分に集中させると、擦り傷はすぐに治療される。そして黒色のニーソックスの破れた個所から血色の良い白い肌を覗かせていた。


「…すぐに出来るようになるもんだな」

「案外簡単だから」

「まぁこれは出来て当たり前のことだからな。逆に今までこの技を知らなかったなんて驚きだ」

「こんな技は学校で習っていない。習ってるのは護身術程度の創造だけ」  

  

 護身術程度といっても武器を創り出せるまで学校で習わされている。その話を聞いて、こちらが想像していた以上に、数千年前から今の世界まで全く別物となり変わっていることを更に実感させられてしまう。

 

「どうりで戦い方がおかしいわけだ」

「戦い方がおかしい? それはどういう意味?」

「そのままの意味だよ。お前は、お前たちは本当の戦い方を知らない」

「教えて、あなたは何を知ってるの?」


 その発言にレインが先ほどと同様に食い気味に、こちらへと詰め寄ってくる。そして鼻と鼻がくっつきそうなほど顔を近づけられ、その無愛想な瞳で見つめられた。


「基本的な戦い方も、戦い方の応用も、すべて知っている」

「…それは本当?」

「信じるか信じないかはお前次第だ」


 レインの瞳を見ていると、頭の中で何かしらの記憶が蘇りそうになり、激しい頭痛に見舞われる。彼女とはどこかで出会ったことがあるという感覚を始業式の日に感じていたが、それは違った。正しくは出会ったことがあるわけではなく彼女と似ている"誰か"と出会ったことがあるだけ。それをハッキリと理解した途端、


「――私にあなたのすべてを教えて」


 耳元でレインの声が鮮明に聞こえ、頭痛が治まった。

 

「…」

「…どうしたの?」

「いや、何でもない」 


 頭を何度か左右に振って、気をしっかりと保つ。


「教えるのはいいが、条件を提示させてもらう」

「…条件?」

「あぁ、その条件は――」

「ちょっと横通りますよー!」

  

 レインにそう言いかけた瞬間、隣で悶えていたはずのルナがこちらの身体に頭突きをしながら突っ込んできたため、そのまま二人もろとも廊下側の扉に衝突する。 


「このやろうっ!? こっちは大事な話をしているんだよ…!」

「私にあんな強烈なでこぴんを打ち込んでおいて、仕返しされないと思ったら大間違いだからね~!?」


 こちらがルナの頭を片手で掴み引き剥がそうとするのに対し、ルナはこちらの胸倉を掴んで何度も扉に叩き付けた。しかもかなり力を込めて叩き付けるため、こちらの背骨がビキビキと変な音を立ててしまう。


「俺が悪かった! 悪かったからおしまいにしよう!」

「でしょ? だから今度私の好きな献立を作って――」

「ちっ…」

「あ、今舌打ちしたよね!? ねぇ、私傷つくんだけど!?」


 殺し合い週間最終日。ブライトたちの冷たい視線を浴びながら、ルナとの喧嘩を数時間ほど続けていた。ティアやヘイズが止めなくていいのかとブライトに相談をしていたが「いつものことだから放っておいて大丈夫」と片付けられただとか。


「あー…もういいだろ」 

「…絶対にノアが悪いもん」


 喧嘩疲れをして、お互いに背を向けながらそのまま床に仰向けで倒れる。二人して天井を見上げていれば、レインがこちらに飲料水を手渡し、行動を起こさないリベロが珍しく飲料水をルナに手渡していた。


「ベロくん、私に水をくれるんだね」

「んー? まー、おまえらの喧嘩面白かったしなー。オレからの厚意ってことで受け取っておけよ」


 自分とルナはほぼ同時に飲料水を口に付けて、中身の半分は飲み干してしまう。

 

「んでレインだっけ? オレは教皇側だけど仲良くしようぜー」

「何で敵であるあなたと仲良くしないといけないの?」


 リベロがいつもの呑気な口調で握手を求めたが、レインはその握手を返すことなく代わりにリベロのことを睨みつけた。彼女はこちらに借りを返すため、この場に仕方なくいるわけであって、仲良くしたいがためにいるわけではない。リベロはそんなレインの返しに「おっかねー」と、声を上げながらゲーム機の置いてある席まで帰っていく。


「レイン。お前はユメノ世界に住んでいる人間たちを恨んでいるのか?」

「…恨んでいるわけじゃない。ただ敵だということに変わりはないだけ」

「それは恨んでいるんじゃないのか?」 

 

 その言葉を聞いたレインは怪訝そうな表情をこちらに見せる。

  

「ユメノ世界に住む人間たちがどれほど私たちを苦しめてきたか、それをあなたも必ず知っているはずでしょ?」

「…必ず知っているだって? それはどういうことだ?」

「テレビや学校の授業で散々聞いた。ユメノ世界の人間たちのせいで、私たちは戦い続けていると」


 嫌な予感が頭の中を過った。この戦争が続いているのは、何者かが歴史を改ざんしていることだけが原因ではない。現ノ世界とユメノ世界が共存できないように、お互いを蔑むように、偽りの情報を流していることも戦争が終わらない原因となっているのだ。


「そこの金髪の女のような人間がいるせいで、私たちは戦わなければならなくなっている」

「…」

「だから私は救世主になって、ユメノ世界の人間たちを殺し、現ノ世界に住む人間たちを"救う"」


 敵意を向けられているルナは、目を瞑りレインと視線を合わせないようにしていた。そもそもこの戦争の始まりはユメノ世界が一方的に悪いわけではない。悪いのは双方、現ノ世界とユメノ世界に住む人間たち。


「…救世主は差別をしない。皆を、人間たちを、平等に救わなければならないんだよ」

「どうして? 悪は既に決まっているのに」 

「悪か正義かなんて救世主には関係ない。仲間だけを救えて救世主は名乗れないんだ。敵を救えてこそ、真の救世主としてその座に居座ることができる」

「あなたは変わっている。そこまで力を持っているのに、ユメノ世界側の人間たちを敵として見ていない」

  

 そんなノアを見ていたルナはふとあることを思い出す。それは戦地を駆け巡っている時のこと。ノアたちが奇襲を仕掛けたという情報が入り、ルナが急いで現場に駆け付けてみれば、無抵抗の人間たちだけは無傷のまま残されていたのだ。


 武装をした人間のみが殺され、何の抵抗もできない市民のみがそこに残される。そんな異様な光景を目にしたルナはその人間たちに話を聞いてみれば、


『…救世主が見逃してくれた』


 と一言だけ怯えた声で呟いた。そんなまさかとルナは耳を疑ったが、どこの戦地にも必ず市民だけが生存していたのだ。小さな少女も、年老いた老婆も、皆が救世主が見逃したと口を揃えてそう述べる。


「私も知りたいな~。どうしてユメノ世界の人間たちをこうやって何度も・・・助けたのかを~」

「お前もか?」


 それはルナとしてではなく、初代教皇として数百年に及ぶ疑問。前世では聞こうと思ってもすぐに殺し合いが始まり、結局最後までその答えを耳にすることが出来なかった。この際に数百年抱え込んでいたモヤモヤを晴らそうと、レインに便乗をして尋ねる。


「約束を、したからかもな」 

「約束? 誰と?」

「誰だったかは覚えていない。でも大事な人だった。だから俺はユメノ世界の人間を敵として見れないんだろうな」


 Zクラスの生徒たちは一般市民と変わらないほど弱い。だからこそ彼は、現ノ世界に住む人間だろうが、ユメノ世界に住む教皇側であろうが助けられるだけ助けようとしていた。


「――くだらない。約束で敵を救おうとする救世主なんて、例外にも程がある」

「…そうだね~」


 そうやって話をしていれば、殺し合い週間の時と同じ狂った鐘の音が校舎内に響き渡り、ノアたちが初めて経験する第一回目の殺し合い週間を終えた。

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