April
1:1 救世主と教皇は登校する
「ふぁぁ~、眠いなぁ…」
朝方の七時半頃。 授業を受けに行くためにルナと公園の中を歩いて、エデンの園の本校舎まで向かっていた。
「どこかの誰かのせいで寝不足なんだけど?」
「そうなんだ~。じゃあ一緒だね~」
「まだ夢を見ているようなら、一発ぶん殴って起こしてやろうか?」
ルナも自分も授業開始日に寝不足気味だった。別に徹夜をしたわけでも、用事があって出掛けていたわけでもない。睡眠不足の原因となるのは就寝した後のこと。
「何でお前はベッドに上がり込んでこようとするんだよ?」
「だって、寒いんだもん~!」
「だったら毛布でも何でも創造して、寒さを凌げよ! ていうかお前昨日は暑がりだって言ってただろうが!」
ルナが何度もベッドへと忍び込もうとしてきたのだ。その度にルナをベッドから吹き飛ばして眠りにつき、また忍び込もうとしてきたら吹き飛ばしを繰り返し、結局朝まで何十回もこちらが起こされてしまっていた。
「創造した毛布は冷たいじゃん!」
「…ストーブでも何でも創造すればいいじゃないか。今まで誰かに布団を温めてもらっていたわけじゃないだろ?」
「ううん。私が家に帰ってきたときは必ず寝床は温かくて――」
ルナの口からそれ以上先の言葉は出てこなかった。無意識のうちに何かを思い出すことが出来たが…その寝床がなぜ温かったのか、帰るべき家がどんなところだったのか、はまったく思い出せないようだ。
「何だろう? 凄いモヤモヤする」
「寝床が温かった、か。役に立つ記憶とは思えないな」
公園を抜けてショッピングモール前のバス停まで辿り着く。ジュエルペイを確認してみれば時計は七時半を指している。そろそろバスが到着する時刻だ。
「あの、おはよう」
バスを待っている際に声を掛けてきたのは同じZクラスのブライトだった。視線を逸らし、気まずそうにしながらこちらへと近づいてくる。
「あぁ、おはよう」
「おはよ~!」
挨拶を返してみれば、ブライトは少しだけ表情が明るくなり、視線を合わせてくれるようになった。
「二人は、私のことを避けないんだね」
「避ける? 何で避ける必要があるんだ?」
「Zクラスはもうグループが出来ちゃっててね。私も入れてもらおうとしたんだけど、避けられてばっかりで」
ブライトの話によれば始業式の日にZクラスの中でいくつかの同盟が結ばれた。救世主と教皇に二同盟ずつの、一同盟につき五人ほどのグループらしい。
「でも人数は多い方がいいでしょ~? どうして避けるんだろうね~」
「ルナたちは同盟システムについて知らないの?」
「同盟システム? 何だそれは?」
停留所の前でバスが停車したため、三人は先に乗り込んで最後尾の席に座る。ブライトはバスが出発をするのを確認し、ジュエルペイの画面をこちらに見せながら同盟システムについてこう説明をした。
「このシステムを使えば同盟を組めるようになるんだ。一同盟で組める人数は救世主五人、教皇五人の合計十人まで。このシステムを使うと色々とメリットがあって」
こちらもジュエルペイを起動し、同盟システムについての詳細が記載されている部分をタッチして目を通してみる。そこには分かりやすくこの三つの文が書かれていた。
同盟システムのメリット
・メンバーの誰かが敵を殺せば、奪い取った財産は均等に分配をされる。
・月に一度だけ、活躍度に応じて同盟には報酬が配布をされる。
・同盟を指揮する救世主、教皇の二人のリーダーは、同盟内での規則と処罰を作成することが可能となる。
※ただし処罰は、下される者の生命に関わる部類は一切禁ずる。
※救世主、教皇の規則は別々の扱いとなる。
(敵を殺したら財産を奪えるという内容は初耳だ。しかしそれよりも目に入ったのは)
三つ目の文の概要。エデンの園には既にいくつもの規則があるというのに、同盟内でも何かしらの規則を作成することが可能という点だ。これは同盟を結んだ後、リーダーが裏切り行為を出さないよう規則を作れば、同盟内のメンバーは信頼関係を築き合えるという優れもの。
(確かにこれなら大半は同盟システムを使用するだろうな)
口約束での信頼関係など、この殺し合いを行うエデンの園ではクソほど役に立たない。そこで同盟システムの規則作成を上手く扱えれば、裏切り行為などは減ること間違いなしだろう。
「ルナもノアも、教皇と救世主で敵同士なのにどうして一緒にいるの?」
「どうしてって言われてもな…」
「もしかして信頼し合っているとか?」
ブライトの憶測に二人は口を揃えて「ないない」と否定をする。
「じゃあどうして?」
「ルナ、どうしてだと思う?」
「私に聞かないでよ~」
実は数千年前は初代救世主と初代教皇で、毎日毎日殺し合っていました。なんて話をしても信用どころか頭のおかしい二人組だと思われるだけ。口をごもごもとさせながら、ブライトにどう返答をしようかと迷っていれば、
「あ、着いたよ」
バスが校舎へと到着をした。運転手にナイスタイミングだと心の中で称賛し、二人と一緒にバスから降りる。
「それでね? 二人は同盟を組んでいるのかが気になって」
「同盟は組んでないけど契りは交わして――」
「おっと手が滑った」
手加減なしに拳骨をルナの頭部へと叩き込む。ルナは「ぬぁ!?」と変な声を上げて、頭を押さえながらその場に座り込んだ。
「今、契りって…」
「違う違う。同盟は組んでないけど千鳥とは仲良くなったって言おうとしたんだと思う。うん、絶対そうだ。こいつって動物と仲良くなれるからさ」
「えぇ!? ルナって動物とも仲良くなれるの!?」
「そうそう。こいつのコミュ力って測り知れなくてね」
戸惑うブライトになんとか納得をしてもらおうと適当なことを説明をして、はぐらかすことに成功した。契りなんて発言をしたら、必ず違う意味で誤解をされてしまう。
「おい、変なことを言うなよ…!」
表面上で「ルナ大丈夫かー」と心配をしながら、うずくまっているルナの元まで接近し、耳元でおかしな発言をしないように注意をする。ルナは「…わ、分かった」と頭を押さえながらその場に立ち上がった。
「私、動物と話せないんだけど…?」
「俺からしたらお前が動物だ。しかも首輪をつけていないと何をしでかすか分からない猛獣――」
「あははっ! だったら噛みついてあげる~!」
ルナは眉間にしわを寄せながら、こちらにしがみつく。そして猛獣だと言わんばかりに、腕や手やらを噛みつき始めた。
「いってぇぇぇ!? おい! その歯を折るぞてめぇ!!」
「やっふぇみろー!」
さぁ一戦始めようかと創造力を集中させたとき、ブライトがじーっとこちらの様子を見ているのに気が付き、身体の動きをお互いに止める。
「やっぱり二人とも仲がいいん――」
「「それはない!」」
ブライトがそれを言い終える前に、二人して叫んで否定をした。
「とっとと離れろ」
「とっとこハブ太郎?」
「黙れ」
随分と懐かしいアニメのタイトルを述べるルナを無理やり引き剥がし、制服の汚れを払う。とっとこハブ太郎なんて数千年前どころかDDOが起こる前にテレビで放送されていた子供向けアニメだ。
「悪い、話が途切れたな。確か聞きたかったのは同盟を組んでいるかいないかだったよな?」
「そうそう。仲の良さからして組んでいると思ったんだけど…」
「いや、組んでいない。同盟システムというものがあることをさっき初めて知ったからな」
ブライトはその返答を耳にした途端、縋る思いでこちらの手を強く握りしめ、
「じゃあ! 私と同盟を組んで欲しいの!」
(やっぱりか)
そう頼み込んできた。何となくだがこのようなことを言われるとは予想していたため、大して驚きもしなかったが、
「少しだけ考えさせてほしい」
「…私だからダメなの?」
「いやそういうわけじゃない。この同盟システムについてもう少し詳しく知りたいんだ。考える時間をくれ」
だからといって、現段階で快く引き受けることも出来ない。殺し合い週間でこの同盟システムがどんな惨状を引き起こすのかをこの目で見て、学ばないといけないのだ。
「俺とルナはお前を避けたりはしない。同盟システムはまだ結べないが、お互いに手は組もう。何かあれば俺たちに声を掛けてくれ」
「…うん! ありがとね!」
「私は教皇側だけど"ライト"ちゃんとは仲良くするから~!」
ルナとブライトは手を取り合う。白色の制服と黒色の制服がこうやって、やり取りをするのが本当の理想形。
(まずは、昨日で出来上がったクラス内の情勢チェックからだ)
ノアはルナとブライトが並んで歩いている姿を後ろで見守りながら、校舎の入り口へと足を踏み入れた。
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