顔合わせ  1


「ねぇ心咲。あんたここ最近、夜全然家で食べないじゃない。なんかあったの?」


 心咲の母、美里みりは、学校から帰ってきてすぐ出かけようとしている心咲に声をかけた。


 心咲は少し迷ったが、3人の経緯をぼかして話す。


「ハンターの手伝いで増えたんだ」


「アパートに住ませてるの?」


「そうだな」


「だからナオちゃん連れてったんだ。てゆうか、あんたそーゆうことする子だっけ?しかも3人も」


「言い出したのは竜だよ。一気に3人も増えたのは……まぁ、偶然が重なったんだ」


 本当に偶然が重なっただけであった。


 中学生の頃からつい最近まで、ずっと竜と心咲の2人でやってきた。それが急に3人も増えたのは、心咲にとっても予想していなかったことだった。


「ふーん。じゃあ今は養ってんだ」


「元より貯金はあったからな」


 「それに、でかい収入もあった」と続けそうになるのを、心咲は喉の手前で止める。しかし、


「……またなんか危ないことでもしたの?」


 美里は一瞬で気付いた。


 「また」とつくような前科がある竜と心咲。


 その信用の無さに心咲は苦笑する。


「ちょっと後始末が面倒なのをやっただけ。俺と竜だから、大した事は無かったよ」


 しばらく見透かそうとする美里だったが、心咲の心の中は母親であっても簡単には読めないらしい。やがて諦める。


「……わかったわ。……そのかわりじゃないけど、今度連れてきてよ。さっき言っていた子達」


「え?」


「ご飯を一緒に食べるのよ。会ってみたいわ!」


「えー……」


 乗り気でない心咲だが、美里はそれを無視して話を進める。


「土曜日がいいわね。呼んで来なさい。竜にも連絡しとくから。ほら!それじゃあ行ってらっしゃい!」


 美里は心咲と竜の関わる何かに、少しでも触れておきたかった。2人が離れ過ぎてしまわないように。


 これは心咲と同時に竜も自分の子として数えた、親としての不安と意地であった。


「はぁ……わかったよ。行ってくる」


 心咲は諦めてため息をつくと、美里に背中を押されて出ていった。



 美里は、心咲のいなくなった玄関を見つめる。


 遠くに行きすぎてほしくない。けれど身近に竜の親とゆう反面教師がいる以上、過度に縛りつけるのは避けたかった。


「……自立が早いと喜ぶべきか。スネかじってニートよりはマシだものね」


 美里は憂いた瞳を閉ざし、自分に言い聞かせるように呟いた。




●●●●




 当日、昼


 須崎家のチャイムが鳴った。


「はーい」


 扉を開ける美里。


 そこには、ナオを抱えた竜に心咲。後ろに続く3人は、話に出てきた子達だろう。


 1人真っ白な子に目が止まりそうになるが、気力で振り切る。


「いらっしゃい。さ、上がって!」


 ペコリと頭を下げた3人は、借りてきた猫のようにおとなしい。


 事前に3人の身の上を聞いていた美里は、辛い過去の影響と考えたが、実はただ緊張しているだけだった。


 一方の連れてきた猫は、家に入った途端悠々と散策し始める。だが、


「あーっ、ナオちゃーん!」


 すぐにまた、ヒョイと持ち上げられてしまった。


「姉ちゃん」


「あ、羽姉わかねぇ。いたんだ」


 彼女は、須崎すざき 羽奏わかな


 心咲の姉で、看護師をしている。



 羽奏はナオ頬ずりをしていたが、ふと顔を上げると竜と心咲の後ろに気づく。


「あれ、お客さん?うわぁ真っ白きれー!あ、ナオちゃんもらってくねー」


 羽奏は一方的に言うと去って行ってしまった。


「あー、ナオー……」


「……とりあえず、上がる?」


 連れ去られたナオに手を伸ばす竜を横目に、美里はそう言った。



●●●●



 竜達、もとい柊里達をリビングへ案内した美里。


 テーブルには竜と心咲の見慣れないお菓子が並んでいた。


「あ、うまそ…」


 反射的と言っていいほどの早さで竜が手を伸ばすが、


「こら、竜。手を拭いてからにしなさい」


 洗う、ではなく、拭く。


 テーブルには、なんと人数分のおしぼりが並んでいた。


「お客さん待遇ね」


 心咲が苦笑いしながらこぼす。それに続いて竜も、


「いつもなら『手、洗ってきな!』でしょ?」


「そこ、黙ってなさい」


 美里の声に、竜と心咲は顔を見合わせて笑った。


 

 それぞれ席に付き、茶を飲んで一息つく。


「えっと、柊里ちゃん。あと、蒼馬くんと玲也くんね。心咲の母の美里です。よろしくね」


 美里の挨拶に3人も返す。


 そこからは、3人がアパートの生活で不自由していないか聞き始めた。


「竜もだけど、心咲も以外と適当なとこあるでしょー。ご飯カップ麺とか出されてない?」


「だーいじょーぶだって。飯ならヒマとソウが作ってくれてるから」


「つ、作らせて頂いてます」


「固っ」


 美里が驚いているとおり、玲也と蒼馬は、アパートに来てからも竜と心咲に敬語のままだった。


 竜と心咲が2人を「レイ」「ソウ」2人合わせて「猛禽兄弟」と呼ぶようにしてみたが、効果は今ひとつだった。


 本人ら曰く、


「「一生足向けて寝れないです」ッス」


 とのこと。


 無理に言わせるのも、ということで結局は諦めたのだった。



「そんなに緊張しなくていいのよー。そうだ。料理できるなら今日のお昼手伝ってもらおうかな?」


「やります!」


「ぼ、僕もやります」


「ふふ、お願いするわ」


 柊里と蒼馬の肩の力が抜けて来たところで、ふと心咲が廊下へ顔を向けた。


 竜もつられて目で先を追う。そこには、


「ナオー!」


 駆け寄るナオを、竜がしゃがんで抱きしめる。


 感動の再会だ。


「あれ?ナオちゃーん!」


 遠くで羽奏の声が聞こえる。どうやらナオは脱走してきたらしかった。


 そんな竜を見ていた美里は、ふと思う。


「そういえば、竜と心咲、あとナオちゃんのことって聞いてるんだよね?」


 話しかけられたのは玲也だった。


「うス」


「そっか。ごめんね。実は身の上ちょこっと聞いちゃって。

 竜と心咲もさ、やっぱりかなり珍しい獣人なんだよね。今では随分たくましくなっちゃったけど、小さい頃は2人のこと隠して育ててきただけはあるの。

 だから、私で良かったら話聞けたりするからさ」


 そこで、一度美里は竜と心咲を見た。


「まぁ、最近は何しても煙たがられちゃうんだけどね」


 「親の心、子知らず」と思ったのは、心に留めておく。


 

 美里は、玲也と蒼馬が、竜と心咲を憧れのような存在として見ているのに気付き、息子達の成長を喜ばしく思う反面、寂しさを感じていた。


 別に、今までも知らない竜と心咲の顔はたくさんあるのだろう。そんなことはわかっていた。


 違うのだ。


 竜と心咲が、まるで別の家族を作ったようにおもえてしまった。


 空気に慣れてきたようで、柊里達は親しげに竜と心咲と話している。


(あーあ。姉よりも弟の方が先に自立するのかしら)


 胸の内の独り言で少し心を落ち着けると、今親としてではできる事をしてやろうと、竜と心咲に笑いかけた。

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