白と黒の大鷲  1

「拾った」


「え⁉」


 心咲の両脇左右に抱えられていたのは、2人の大鷲の獣人だった。


 片方の大鷲は僅かに群青っぽい黒い羽毛で覆われていて、その中に黄色いクチバシが見える。


 その対となるように、もう一方の獣人はクチバシから何まで白く、しかし色を除けば2人とも姿形はそっくりだった。


 なんて観察してる場合じゃない。


「拾ったって、え?」


「あぁ、正確には落ちてきた。空から」


「もっとよくわかんない」


「とりあえずかたっぽ持て」


「えぇー」


 言われるがままに白い方の獣人を受け取る。


「もーすぐご飯だよー、って何その毛玉」


 廊下の先では柊里がのぞいていた。


「柊里が今使ってる布団は古いやつだろう。羽毛むしって袋に詰めるんだよ」


「いや、息してるからね」


 なかなか物騒なジョークだ。


「怖っ。てか、変身解けて来てない?」


 柊里の指摘で獣人の変化に気がつく。俺と心咲の腕に抱えられたその体はみるみる縮んでいき…


「ワォ」


 全裸の少年二人になった。柊里は口元に手をやってこそいるがたいして動じてはいないようだ。


 一方心咲は眉間を僅かに険しくさせる。


「汚いな」


 なるほど、確かに2人の体は砂埃やらで汚れている。


「柊里。ちょっとシャワー行ってくるから、お昼遅くなるわ」


「はーい」






●●●●






 拾った2人をざっと水で流したら、俺と心咲の服を着せて布団に寝かせた。


 大鷲の姿でもそうだったが、2人は顔がそっくりだ。しかし色が違う。片方は髪やまつ毛が通常色の黒だが、もう片方は全身真っ白だった。


「きれい…」


 柊里が呟いたのも頷ける。二人とも中性的な美少年で、並んでいると白と黒の違いが互いの色を引き立てて、男の俺でも思わず見惚れてしまいそうだ。


「双子?」


「顔だけ見るとそんな感じがするけどね」


「……」


「心咲?」


 静かに双子(?)を見ていた心咲は何か思うことがあるようだ。


「たいしたことじゃない。双子で片方アルビノってのはあり得るのか、少し気になっただけだ」


「ま、今の世の中何が起きるかわかんないし、突然変異?みたいなのもあるでしょ。珍しいけど」


「それもそうだな」


「へぇー。……起きないしご飯にしない?」


 柊里の反応は俺でもわかるほどの興味の薄さだが、確かにそのとおりだった。


「そーね。ナオのご飯もまだだし」


「あぁ。待たせちゃったな。食うか」


「ほら、お皿運んでー」


「へーい」






●●●●






「ごっさん。皿どこに置いとけばいい?」


「んー、そこでいいよー」


「うい。悪いね洗ってもらって。今度食洗機でも買ってこようか」


「いいよー別に。手で洗ったほうが早いし」


 3人分の食器と大皿1つなので量は少ないが、1人に任せっきりにするのも気が引けた竜は手伝いを申し出た。


「ありがとー。ならそこのお皿拭いて欲しい」


「ん」


 そんな竜と柊里を、心咲はぼんやりと眺めていた。


「どした?」


「仲いいなと思ってな」


「なんだ寂しいのか。じゃあこの皿しまってよ。もう拭いてあるからさ」

「別にそうゆう訳じゃ無いんだが……。まぁいい。やるよ」








 柊里が洗い、竜が水分を拭き、心咲が運ぶ。


 誰かと一緒に台所に立つこの家族の様な光景に、柊里は嬉しさと緊張が込み上げていた。


 口の中に溢れてくる甘酸っぱい感覚を逃さないよう、奥歯に自然と力が入る。


 きっとこれが〈喜びを噛みしめる〉事だと気づいた頃には、皿は洗い終えてしまっていた。


 柊里は名残惜しげに手を拭きつつ、これから彼らと一緒に暮らしていくのを思い出し、口元が緩む。


「なに笑ってんのさ。カラフルなきのこでも食べた?」


「あたしのことなんだと思ってるの。みんなと同じソーメンしか食べてないよー」


 今まで孤食だった柊里は、自分で言った「みんな」の言葉でさえ、少しむず痒さを覚えた。






●●●●







 布団で寝ている黒と白の少年達をソファに座って眺めていると、柊里が隣に座り軽く持たれかけてきた。その腕にはナオが抱かれている。


 「柊里は恐らく〈寂しさを思い出したくない〉のだろう」と心咲が言っていたのを思い出す。





 この一週間で柊里から話を聞いた。


 彼女自身のこと、一緒にいた子らのこと。その中で柊里自身の話は驚くほど少なかった。


 家族との思い出話も無く、学校の友人とも遊びに行くなどもせずに、深くは関わらなかったようだ。


 「今こんなに明るく話せてるのに?」と聞いたら、「周囲の人に心配されないように振る舞っていた時の癖」なのだとか。


 柊里がこんなに急に懐いてきたのは、心咲の考えでは「今まで誰にも頼れず、親しくなった時の距離感にまだ慣れていないのではないか」とのこと。


 そして、誘拐先での話。


 誘拐先では、何人かの少女が暴行を受けていた。しかしそんな中、柊里は何もされなかったと言う。


 一人だけ頑丈な檻に入れられ、男達も近づこうとはしなかったそうだ。


 心咲と考えた理由は2つ。


 1つ目は「傷物にしたら値が下がる」から。


 もう1つだが、こちらの方が可能性は高いと思う。「鳥系の獣人だから」だ。


 鳥系の獣人は爬虫類系に次いで珍しい。そもそも日本人の3分の1しか獣人はおらず、その割合は、哺乳類系7割、鳥系2.5割、爬虫類系0.5割となっている。


 もし人身売買の買い手に、獣人コレクターのような奴がいるとすれば高い値をつけて買い取るのかもしれない。


 ただ、これに関しては想像の範囲を出ない。保留が現状だった。





 っと、かなり考え込んでいたらしい。いつの間にか、柊里の穏やかな寝息が聞こえる。


 心咲は柊里に毛布をかけると、ソファの端に腰掛けた。


「柊里もまだ中学2年生だっけか。大変だよなぁ。急に環境変わっちゃって。これまでもずっと一人だったらしいし」


「お前の家族との関係が可愛く見えてくるな」


「やめてー、耳が痛いー」


 柊里を挟み、2人声を抑えて笑う。


「うぅ……」


「「お」」


 目を覚ましたのは白い方の少年だった。


 ゆっくりと目を開け、寝たまま首を動かして部屋を見回し、目が合う。


「おは…」


「ソウはどこだ!」


 白い少年は布団を跳ね上げると、腕を翼に変身させて俺達の方へ向けてきた。一部の大きな羽がギザギザしてノコギリ状になっており、それを刃のように広げている。


「っと、その子多分後ろで寝てると思うけど……」


 片腕で柊里とナオを引き寄せて庇いつつ、彼の後ろを指差す。


「……」


「「……」」


 白い少年は、黒髪の少年を見て動きを止めた。


「さっせんしたぁ!!」


 そして、ゴンッと音がするほどの土下座である。


「うわっ、ちょっと顔上げてくれん!?」

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