山中の集い 4
一週間後の昼、竜は助けた女の子の内1人の家の前に来ていた。
インターホンを押すと、母親と思われる声が聞こえてくる。
『…どちら様でしょうか』
「娘さんの学校の友人の者です。保護されたと聞いてお見舞いに来たのですが」
竜は、家に送り帰す際に聞いていた名前を出す。
『すみません、いま娘は人に会える状態では無いので…』
「そうですか…。見舞いの品がありますので、これだけ渡していただけませんか?」
『それは…、わかりました』
少しすると家の扉が開き、女性が顔を覗かせた。
「これを」
竜は果物の詰まったバスケットを女性に渡すと「おだいじに」とつげ、家から少し離れると近くの塀に寄りかかった。
「さーて、気付いてくれるかなー」
竜からバスケットを受け取った母親は、
「何かしら、これ」
果物に混じって、赤い艶のある硬い物を見つけた。しかしそれ以上気にすることは無かった。
「お見舞いだって」
母親が部屋に閉じ籠っている少女に呼びかけると、扉がわずかに開いて泣き腫らした顔が覗く。少女はバスケット受け取るとまたすぐに扉を閉じてしまった。
少女はバスケットを他の見舞いの品のように机に置こうとして赤い艶のある塊に気付き、少し考えた後目を見開く。それは竜の鱗だったのだ。
少女は弾かれたように部屋から飛び出す。
「ママ!これくれた人どこ!?」
母親は突然部屋から出てきた娘に驚いていたが勢いに押されて答える。
「さっきまでいたけど…」
少女は最後まで聞かずに駆け出した。
「え!?」
玄関で靴を引っ掛け、周囲を必死に見回す。すると1人の青年と目が合った。青年は少女の目をじっと見つめると、ゆっくり瞬きをした。開いた金の瞳を見て、思わず一歩近づく。
「……ドラゴンさん?」
青年、竜は表情をやわらげた。
「うん。あれから大丈夫だった?」
少女は、気付けば涙が溢れていた。
「これ…」
お守りのように握っていた鱗を竜へ差し出す。
「ん?あぁ、持ってていいよ。しっかし気付いてくれて良かったよ。実はさ…」
竜の話は、娘を追いかけて来た母親の声に遮られた。
「そんな格好でどこ行くの!?」
そこで彼女は、自分がしわしわの部屋着にボサボサな髪のことに気が付いた。
●●●●
「さっきは見苦しいものを見せてしまって…」
俺は格好を整えた少女に家に招き入れられていた。
「急に来たのは俺だし、こっちこそごめんね」
彼女は手をうちわのようにして赤くなった顔をパタパタ扇いだ。
そこに母親がお茶を運んでくる。
「あなたが娘を助けてくれた…」
「え」
俺は視線で少女に問う。
「あ…すみません」
「他には?」
「お父さんにも言っちゃったかもです…」
「あー」
「ごめんなさい…」
彼女らを帰すときに人には言わないようにと言っておいたのだが…。状況が状況だし責められんなぁ。
「で、でも他の人には言ってません。後で思い出したので」
「それは私も旦那も聞きました」
「なら、まぁ…」
娘の誘拐など話題にするようなもんじゃ無いだろうし、父親の方も大丈夫だろう。
「それはさておき本題なんだけど、今回の誘拐のこと警察には言った?」
●●●●
これには母親が答えた。
「『探していた娘が帰ってきた。誘拐されていたらしい』と言いに行きました。この子がいなくなった時に捜索をお願いしていたので」
「その時の担当していた人はどんな態度でしたか?」
「若い方でしたけど一生懸命話を聞いてメモも取っていてくれましたよ」
「その後は?」
すると母親は眉間にシワを寄せた。
「その方は『すぐに上に問い合わせてみます。わかり次第お電話させて頂きます』って。あと、『そんなに時間はかからないと思います』とも言ってました。ただ…返事が来ないんですよね…」
「それは…」
竜は2つの可能性を考えた。
1つはもみ消し。
もう1つは単純に話が通るのに時間がかかっているのか、だ。しかし誘拐のような事件に動きが遅いとは考えづらかった。また今回のは…
竜は少女の赤くなった目元を盗み見る。
……暴行も含まれている。
竜はもみ消しの可能性が高いと考えた。
「えっと…」
急に黙り込んだ竜に、親子が困惑の表情を見せていた。
「あぁ、失礼」
竜は短く謝ると切り出すことにした。本日の要件2つ目だ。
「実は、今回の誘拐事件って警察が絡んでるっぽいんです。だから返事が来ないのかも」
「「え!?」」
「警察がグルだとすると、返事が来ないのも揉み消されたからかもしれない」
竜は口調こそ軽いものだったが、その内容はけっして笑えるものでは無かった。
「そんな…、私達はどうすれば…」
「でも今の話聞いた感じだと、警察の全員がぐるって訳じゃ無さそうですね。下っ端の方は知らないみたいだし。
ただ警察に情報を流したりすることは避けたほうがいいと思います。もう教えちゃった分はしょうがないとして、無闇に信じるのはまずいかな」
竜は事前に心咲と相談して伝えると決めていた内容を一通り話すと、氷で薄まったお茶で口を潤した。
「さて、そろそろお暇させてもらおうかな。あとは…」
竜は上着のポケットから取り出した1枚の紙を少女へ渡した。それは竜の仕事用の携帯の電話番号だった。
「なんかあったら電話して。辛くなった時でもいいから。ただ一応俺学生だから昼とかはきついけど。
でも緊急の時は気にせずかけてもらっていいから。警察とか知らない人が家に入って来ようとしたときとかね」
「わかりました」
少女と母親の目の怯えの色は薄まっていた。
「じゃあ行くよ。お邪魔しました」
席を立ち玄関へ進む竜を、少女は見送るために追った。扉を開けようとする竜には頭を下げる。
「本当に、ありがとうございました」
振り向いた竜は、少女の肩に手を置いた。
「災難だったね。何があったかはなんとなく聞いた。男の俺には汚されたって感覚はわからない。でもせっかく助かったんだから頑張って生きて。自殺なんかしたらやだよ?」
竜は最後に優しく少女の髪を撫でた。
「じゃあね」
少女が顔を上げると竜の姿はもう無かった。頭にそっと触れると、撫でられた髪に僅かに残った熱があるように感じ、少し口元が緩んだ。
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