山中の集い 2
拘束を解かれた少女達は、俺と心咲を怯えたように見つめてくる。
助けられたのはわかっているだろうが、目の前で簡単に人を殺した存在なのだ。「怯えるな」という方が難しいだろう。
それに加え、体格や顔を隠すために人間よりも二周りも大きな異形の姿だ。見上げる側からすれば恐怖の対象となるのは容易に察せられた。
「この格好は正体を隠してるんだ。中身は人間だよ。悪いやつじゃないぜ!俺は」
「おいこら。お前、爪に牙と凶器がジャラジャラついてるじゃないか」
「え、俺はほら。燃えるような赤に強そうな鱗!イカスだろ?」
そう言って鱗に覆われた腕の力こぶをポーズをとって見せつける。
そんな俺達を見て少女達はくすりと笑った。その様子に密かに安堵する。だが空気の読めない無粋な者が一人。
「お前ら何なんだよ!ざけんな!死ね!し…」
心咲が手の平を騒ぐ男に向けると、彼はガクリと頭を落とした。
心咲が衝撃派を放ったのだ。昔は喉から音を発する事しか出来なかったが、ある頃から、体のどこからでも衝撃波を放てるようになっていた。
『「ふぅ」』
思わずため息が重なる。
まったく。今のでまた少女達の表情が強張った。もういいや、進めちゃおう。さて、それで助けたこの子達なんだが…
「皆家帰りたいでしょ?送るよ」
少女達はパッと顔を上げた。一人を除いて。
あの子は…確か一人だけ檻に入れられてた子だ。
「とりあえず大体の住所教えてくれる?」
そう言った心咲を見ると目が合った。すると心咲の視線がスーっと逸らされていき、その先を見ればさっきの檻に入れられていた子がいた。話を聞け、ということだろう。
近づいていき声をかける。
「どうかしたの?」
「…り…くない…」
「ん?」
「…帰りたくない…」
「えーっと、それはどうして?」
「お父さんに売られた…」
「…あー…」
てっきり全員誘拐だと思っていた俺は、そっちのケースもあるのかと内心で毒づいた。
●●●●
夜が開ける前に、何とか一人を除く全員を帰すことができた。残った少女は柊里と言うらしい。
泣きながら喜び出迎えられる子達を物陰で見ては、顔を俯かせていた。
「心咲ー。柊里はとりあえずアパートの方に連れ帰ってくれん?俺は男達回収してくるからさ」
「なら逆がいい。少し気になる物があったんだ。お前が連れてってくれ」
「うん?りょーかい。そんじゃ先帰ってるわ」
心咲が言うのであれば任せるべきだろう。
俺は心咲と別れると、柊里を背に乗せてそのままアパートへ向かった。
アパートに到着し部屋の明かりを付けると、柊里の格好が汚れていることに気づいたのでシャワーを浴びるように言う。
出てきた時、せっかくきれいになったのに同じ服を着てもらうのも悪いので、Tシャツと適当なズボンを用意する。パンツは男物しか無かったので無しにしておいた。
風呂場の扉が閉まっていることを確認して洗面所の扉を開ける。
「服ここに置いとくよー。あと置いてあるドライヤー使っていいからねー」
「ありがとうございます」
しばらくテレビを見て待っていると、柊里が出てきた。しかし、服は来ていたが…
「あ」
「え?あ…」
「いや、すまん。考えが足りんかったわ。ちょっと待ってて」
Tシャツ一枚はまずかった。ほら、胸が、ね。
ホコリかぶっている救急箱から包帯を取り出して渡そうとする。
「さらしみたいに使ってくれればいいかと」
すると柊里はクスリと笑った。
「絆創膏でいいのに…」
「え、そうなの?じゃあはいこれ」
なんだかとっても恥ずかしい。照れを隠すように絆創膏を2つ渡すと、さっさと台所へ向かう。
「お腹減ってるでしょ。なんか食べる?つっても冷凍食品くらいしか…冷凍食品もねぇな…。ちょっと買いに行って来るから待ってて」
「あ…、うん…」
柊里の顔には不安げな様子が見て取れた。
「一緒に行くか」
「ごめんなさい…」
「いいよ別に。コンビニに女物の下着売ってるかも知んないし、一人じゃ買いにくいしな」
〈買い物に行って来る〉とメモを机に置いて、柊里にパーカーを渡した。少し大きいけど、まだ寒い時期だしあったほうがいいだろう。
アパートを出て少し歩くと、柊里が口を開いた。
「あの、助けてくれてありがとうございます」
「たまたま通りかかっただけだし、別にいいよ。それより災難だったね」
そう言うと柊里は顔を俯かせた。
「その、私は皆みたいに誘拐じゃ無くって…」
「あ、そっか。親に…、ごめん」
「いえ…」
「んー。あのさ、嫌かもしれないけど、話聞いていい?」
柊里はこくりとうなずいた。
「親とは仲が悪かったの?」
「うーん、どっちでも無かったみたいな…」
柊里の家は、ましに言って放任主義。はっきり言って育児放棄だった。
両親は年に2,3回くらいしか帰って来ず、両親が2人揃ったのを柊里は覚えていなかった。
お金だけは口座に振り込まれていたらしく生活費には困っていなかったが、親からの愛は皆無に等しかった。
それでもグレたりせず、1人で日々質素に過ごしていたある日、突然父が帰ってくる。
そして、その日の夜に車でやってきた男達に引き渡されたのだった。
「抵抗はしなかったの?」
「なんかもうどうでもよくって…」
「そっか…、大変だったな…」
言ってから気づくが、ずいぶんあっさりした言葉でまとめてしまった気がする。
「私…どうしよう…」
立ち止まって顔を手で覆った柊里は、抑え込んでいたものが溢れ出したように泣き出す。
落ち着くまで少し待って声をかけた。
「行くとこないなら家来るか?」
「…え?」
「さっきいたアパートだよ。俺と心咲は普段は実家の方にいるから空いてるんだよね。あ、心咲ってのはさっきいたコウモリね」
「お金持ってない…」
「いやいや、まだお金払えるような年じゃないでしょ」
中学生の頃からいろいろやっていた俺が言えることではないが、柊里はまだ若い。中学生だっけか。
「そういえば捕まってた時、柊里だけ檻に入れられてたよね。もしかして獣人だったりする?」
「うん。たぶんツバメみたいなの」
「お!じゃあちょうどいいや。俺達さ、小遣い稼ぎでハンターやってんの。手伝ってくれない?鳥系なら移動も楽だし。どう?」
「でも私飛べない…」
鳥系の獣人でも飛べない人は多い。というか、飛べないのが普通だ。法律で禁止されているからだ。
「大丈夫、飛び方は教えるから。ほらこれならただじゃないでしょ」
「…わかりました。これからお世話になります。えっと…」
「あぁ、竜だよ。本名は柏木良だけど、そっちは好きじゃないから竜ってよんで。んじゃよろしく、柊里」
「よろしくお願いします」
気づけばコンビニのすぐそばまで来ていた。
●●●●
アパートに帰り、コンビニ弁当を食べ終えても心咲は帰っていなかった。
「竜、心咲さん、まだ帰ってこないね」
「なんか気になる物があったんだってさ」
心咲にさんをつけたことを言おうかと思ったが、柊里も心咲がいる時の方が合わせやすいだろうし今はいいか。俺は呼び捨てにしてもらった。
「大丈夫かな…」
柊里は一人で向かった心咲の事が心配なようだが、心咲なら大丈夫だろう。
ただ…、男達の生存の道は無いだろうな。
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