第3話碌でなし達(上)

吸血鬼に生殖機能はない。

だから、人間と性交をしようが子供が生まれる事はないし、無論吸血鬼同士の交わりでも新しい命は生まれない。


「セックスするなら、肉付きのいい子でしょ。2つの意味で食べ応えあるし」

「あら、ウブな子供のハジメテを食べるのもお勧めよ?私が最初で最後になってあげれるんですもの」


その吸血鬼の性的特性の結果、こんな碌でもない会話が一部のあれな人達の間ではされる事となる。どっちも色々な意味で捕食してるじゃないか、と言うツッコミはこの場では意味のない事なので控えて置こうと思う。


吸血鬼の赤子というのは、人間から突然変異した遺伝子を生まれ持ってくる先天性のみ見る事ができる。これは滅多にないレアケースらしいけど。では、基本的に吸血鬼はどの様に同族を増やすか。それは吸血鬼が人間に自らの血を与えるえ、人間を吸血鬼に変貌させる。それしかありえない。ただし、人間の体が血液に拒絶反応を起こさなかった場合のみ変貌は発生する為、中々吸血鬼が増える事はない。


「チビは食べれる部分少ないじゃん。ねぇ、レーカ」

「えぇ…私にその話振るんですか」


私がすっかり空になってしまった来客のティーカップに紅茶(血液入り)を注ごうとティーポットを持ち、2人の使う丸机に近づく。すると、来客と先程の身も蓋も無い話をしていた阿木斗さんが、私へとその話題を振ってくる。正直性体験はどちらもない上に、普段はあまり肉を食べないから非常に言葉に困る。


「あらあら、上司のセクハラは困っちゃうわね、チョコちゃん」


私がどう応えようか、或いは無言を貫くか考えていれば、ふふっと来客の女性が笑う。


モデルの様に細く長い腕と足に、スタイル抜群の体。そして、腰まで伸びた緑の髪。この美しく上品な女性は、マリーさんと言う。

マリーさんも吸血鬼であり、阿木斗さんの知り合いの1人だ。因みにマリーさんの言うチョコちゃんと言うのは、私の事で、恐らく髪色から付けられたあだ名…だと思う。


「セクハラじゃないし。俺はお前の下の子の方がパワハラで困ってると思うけど?」

「パワハラ?何のことかしら?」


不満ありげに阿木斗さんが唇を尖らせるが、マリーさんは特に気にすることなく上品な笑みを崩す事はない。


「こんな雪の日に部下をパシってる時点でパワハラ確定だろ」

「私がしたのはお願いだもの。パワハラなんて言わないでもらえるかしら?……そろそろあの子もここに着いてもいい頃だと思うけど…」


そう話していれば、玄関の方から微かに足音がする。新しい来客だ。


「出迎え行ってきますね」

「よろしく」


私はティーポットを一度机に置き、談話室から玄関の方へと足を向けて歩く。外は大雪とまではいかないけど、それなりに積りそうな量が降っていて寒い。現にこの屋敷内は暖房をつけているし、談話室の暖炉だって稼働させている。長い時間外で待たせてしまうのも悪いだろう。そうやって少し急いで、ノックの止んだ玄関扉をがちゃり、と開ける。


「いらっしゃいませ」

「あんがと、零架レーカちゃん!!!外、マジで寒い!!!」

「雪落としながら、中へどうぞ」


そこには、肩に雪を積もらせたがっしりと筋肉のついた背の高い成人過ぎの男性が鼻を赤くして立っていた。私が、どうぞと屋敷の中に招き入れれば、男性は黒い短髪や服に着いた雪を犬の様に震い落としてから、屋敷へと足を踏み入れる。


「マリー様、どう?」

「阿木斗さんが相手してくれてますよ」

「…言うの何なんだけどさ、」

「はい」

「マリー様と阿木斗さんってメッチャ相性悪いと思うんだけど、どう思う?」

「………良くはないんじゃないですかね」

「そこで目を逸らさないで!?」


そう言って筋肉質男性…テトさんは気まずさから目を逸らした私の両肩を掴んで、前後に揺さぶる。うわ、阿木斗さんに背負われた時より目が回る…。


「っ、あの、目が…回っ」

「あー!ごめん!」


世界が暗転しそうな勢いに私が思わずギブアップを宣言すれば、テトさんは慌てる様に私から手を離し、頭を下げてくる。

お互いがそれなりに落ち着きを取り戻した頃、廊下を歩きながら、テトさんは大きなため息をついた。


「……マリー様に20区の偵察頼まれたんだよね。この雪ん中」

「20区ってなんかありましたっけ?」


20区は人の住む場所と言うよりも、どちらかと言えば針葉樹林なんかが生茂る森林区域だ。身を隠すには持って来いな場所かもしれないけれど、今は冬。態々野外のしかも人のいない場所に腰を落ち着ける吸血鬼は中々いない。はて、それだから今の20区には特別偵察する必要は何もない気がするのだけれど、何かあったのだろうか?


「……20区の入り口にケーキ屋出来たんだって」

「ケーキ屋」

「でも今日はこの雪だし、明日じゃダメか聞いたらさ、マリー様『思い立ったら即行動は基本でしょう?』って言って、<命令オーダー>してきたんだよ…」

「<命令オーダー>されたんですか」

「されたんだよ。はぁ〜、『徒継とつぐ』ってそう言う所、ツライよなぁ……」


実は、吸血鬼が人間に与えた血の量によって変貌の仕方も種類が異なる。

少量のみ与えた場合は『孤継こつぐ』と言って、ただの吸血鬼、一般的な吸血鬼になる。吸血鬼になった人物は、血を与えてきた吸血鬼とは全くの縁を持たずに自由な存在である。

一方、大量の血液、それこそ人間の全身の半分以上の血液を与えた場合、人間は『徒継とつぐ』と言う特殊な吸血鬼へと変化する。徒継は大量の血を必要とする為に難易度が高いが、孤継とは違い血を与えてきた吸血鬼による要求<命令オーダー>には絶対服従せざるを得ない。いわば、与えた側と主従関係になると言う事だ。そして徒継は主人の吸血鬼に生かされる命になるため、主人が死ぬと徒継も死の運命を辿る事となってしまう。

徒継になって恩恵もなくはないが、やはり不自由さがあり、デメリットの部分が大きい。


私は阿木斗さんの徒継だし、テトさんはマリーさんの徒継だ。徒継としての苦労は何となく分かるので、テトさんの嘆きには肯定を含めて小さく頷いた。しかし、この人は大抵愚痴だけでは話は終わらない。少し無言で歩けば、我慢できないと言うようにテトさんは大きく口を開き『自慢主人の話』を始める。


「でもマリー様、なんだかんだ言って俺の分のケーキ代出してくれるあたり、優しい人なんだよ〜!!!!ちゃんとお使いできたら褒めてくれるし!!!!俺も俺、チョロいなって思うけど、しょうがなくない????あ、ケーキはここくる前にアジトに仕舞ってきたから大丈夫!」


完全にマリーさんに躾けられてるなぁとおもいながらも口には出さず、私はテトさんの熱の入った語りを黙って聞くことにした。


「マリー様、俺が名前呼んでも無視しないし、俺の名前ちゃんと呼んでくれるしー!狩りにだってついて来てくれたりするし、飯も分けてくれることあるし!そんでさ、なにより」


テトさんが声のボリュームを下げ、へにゃりと眉を垂らし、口元を緩めて笑う。


「絶対俺なんかタイプじゃないのに、徒継にして側にいるの許してくれてるマリー様、メッチャ好きなんだよね………」

「…結局いつもそこに辿り着きますよね、テトさんの話」

「苦労する事あるけど、結局ね?俺、あの人の事、love超えたloveの愛してるみたいな…」


照れる様に頬を染めるテトさんから、嬉しそうに揺れる犬の尻尾と耳が見えるような気がする。なんだっけ、あぁ、ラブラドールレトリバーみたいな大きな犬みたいな、そんな感じ。


「……いつも言おうか迷ってたんですけど、テトさん」

「どうした?」


私は談話室の扉のドアノブを握り、回しながらテトさんへ話しかける。テトさんは私が話したいことについて見当がついてないらしく、クエッションマークを頭に浮かべていた。

扉を開ける。


「マリーさんも吸血鬼で耳いいと思うんで、今までの会話全部聞かれてたと思いますけど…」

「エッッッッ!?」

「えぇ、全部聞こえてたわよ。テト?」


部屋には私が出る時と変わらず、詰まらなそうに机に肘をつく阿木斗さんと紅茶を優雅に飲むマリーさんがいた。マリーさんに至っては驚きのあまり声を裏返したテトさんに微笑みかけている。


「あ、えっ、えっとぉ!<命令オーダー>完遂しました!!!!」

「聞こえてから知ってるわよ。ふふっ、おいで。私の可愛い坊や」


お湯が沸騰したかの如く顔を真っ赤にさせたテトさんがとにかく報告を!と声を上げれば、マリーさんはもう1度上品に笑い、ティーカップを机に置いて、テトさんを手招く。

テトさんはその手招きを拒否することなく、マリーさんに近づき、そして片膝を床につけ頭を下げた。


「良く頑張りました」


マリーさんはテトさんの少し硬質そうな短髪の髪を解かすように頭を撫でる。その様子はまさに犬と飼い主だ。


「レーカァ……」

「……あれをしろと…???」

「いや、それはいいんだけど。あいつが持ち込んできた話がややこし過ぎて疲れたんだよねぇ」


ひょいひょい、と肘のついてない手で私を呼ぶ阿木斗さんに顔を顰めながら近づけば、私の手を徐に握って遊ぶ。なんなんだ、一体。しかし、ややこしい話とはなんなのだろう?そう思い、テトさんの頭を撫で終えたマリーさんへと目を向ける。


「ややこしい?貴方が良く放置する上位種じょういしゅの同盟の話じゃない」

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