瀬田千沙の初日
瀬田千沙はアイドルを目指している。モデルでもよかったが、彼女はどちらかというと美人というよりも可愛いという顔立ちで、また体も動く方だった。
友人に勧められたのもあって、アイドルのメンバー募集を受けたところ、最終選考まで進むことができた。
そして、選考当日にこの神の遊戯に巻き込まれたというわけだ。
もう一歩で夢が叶うかもしれないというところで巻き込まれたため、当初彼女はこのゲームに乗る気はなかった。しかし、報酬が願いを一つ叶えるという破格のモノだったため、一転して参加を決めた。
願いは、世界に名を轟かすアイドルと成り、自らの自己顕示欲を満足させる為だ。大人が聞けば一笑に付す類の夢物語だが、彼女のような年齢の男女ならよくある欲求だろう。
そんな彼女のスタート地点は、特殊能力者の多く集まる島であるデジュル。
といっても、自然と集まったわけではない。かつて、帝国や魔法連合国から追われた者の流刑先として利用された名残だ。今でこそ、特殊能力者の存在は受け入れられ、冒険者として活躍する者も多い。しかし、そんな彼らも、かつては人類の異端として忌避されていた。ある特殊能力者が自身の能力を生かして帝国の皇子を暗殺するという事件もあり、以降彼らを恐れた両国は徹底した特殊能力者狩りを行い、捕らえた彼らの容れ物としてデジュル島を使ったのだ。
現在のこの島は、隔離された特殊能力者の子孫が住まうと共に、脛に傷を持つ流れ者の行き着く先ともなっている。島自体はそれなりに大きいものの、人間が住んでいるのは全体の三割程。しかも大都市というのは存在せず、小規模な街や集落が点在するのみだ。
そしてそれ以外の地域には魔物が住み着いており、日々人間を脅かしている。これは流刑地に選ばれた所以でもある。ついでに言うと、ここまでの説明で想像できる通り、治安もすこぶる悪い。
あえてそんな場所を彼女が選んだのは、他のプレイヤーとの接触を避けるためだ。
これほど悪条件が揃っているのなら、わざわざここを選ぶものはいないだろうという考えだ。
しかし、彼女は自分の浅慮を悔いることになる。
彼女の持つスキル、魅力(大)のせいだ。街を歩くだけで、男たちから情欲を孕んだ視線を向けられ、性的な目で彼女を見る男も少なくなかった。
そして、視線の暴力だけならまだしも、本当の意味での暴力に訴えようという者もいた。
チサの行く先に、大柄な男が三人立ちはだかる。全員が下卑た笑いを浮かべており、目的が彼女の体であることは疑いなかった。チサは迷うことなく、回れ右をして逃げ出した。
秩序など欠片もない街並みを、無我夢中で駆け抜ける。
そして、気がつけば彼女は街を抜け出して荒野へと出てきていた。
足を止め、振り返って追っ手がいないことを確認し、ようやく安堵する。心臓がバクバクと鼓動しているのに今更気づき、疲れを感じて傍の岩へと腰かける。
息を整えながら、途方に暮れる。治安の悪さは、彼女の想定以上だった。毎日がこんな調子では、心が休まる時がなく、精神が保たない。
そんな彼女の目の前に影が伸びる。気づいてそちらを見るが、幸いと先程の男ではなかった。
いや、幸いとは言い切れないか。そこにいたのは、魔物だった。
目が四つあり、白い毛並みを持つ狼。いかにも動きが速そうで、逃げるのは難しいと悟る。
落ち着き始めていた心臓の鼓動が、また大きく速くなる。
私の夢はこんなところで終わるのかと、無念のほぞを噛むチサだったが、魔狼に襲ってくる気配はない。
それどころか、ゆっくりと硬直するチサの傍に近付くと、自分の頭を彼女の足に擦り付け始めた。さながら、よく懐いたペットのように。
あまりの訳の分からなさに顔が引きつるチサだったが、ふと一つの可能性に行きあたった。
恐る恐る魔狼の毛並みを撫でてやると、魔狼は満足そうな鳴き声を上げた。
その様を見て彼女は確信した。自分の魅力のスキルは、魔物にも有効なのだと。
とはいえ、このまま魔狼を連れ歩くわけにもいかない。ペット感覚で飼うのは難しいだろう。
ボディーガードとしては使えるだろうが、人間たちには受け入れられないに違いない。
希望の芽が見えたのはいいが、再び彼女は途方に暮れる羽目になった。
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