第三十七話 夢がないと生きていけないよ

 ——ズガーンッ!


 苔生こけむした大木に、激突する災厄。

 揺れる大地。

 幹周が八メートルはある、長い年月を生きた大木が、衝撃に耐えれず、バキバキと音を立てて倒れ出す。

 耳障りな音が、魔の森に響く。


「はーー!!」


 小さな足場を力で作り、蹴って蹴り上げて、風を切り、空を飛ぶリリー。

 立ち上がろうと、もがく災厄に肉迫する。


 ——させない!


 その巨体目掛けて、飛び蹴りを放つ!

 衝撃波を生み出しながら、唸る右足。

 空気を切り裂く、紅き一本の矢が——


 災厄の腹に突き刺さる。


 ——ズンッ!


 体をくの字にして……吹き……


 ——ガアアアアアアアアアアアアア!!


 両腕を上げて叫ぶ災厄。

 力任せに腹筋の力で、飛び蹴りを跳ね返す。

 上空に吹き飛ぶリリー。

 紅い鬼は、ズズズズズとわずかに下がるだけだ。


 ——ヒョォーーーーーーーーォォォォォォーーーー


 風の切れうごく音が、耳や全身にぶつかってくる。

 バタバタはためく衣服。

 体がクルクル回転する中で、思考が加速する。

 ここで引いたらダメだ——


 ダメだ!!


 ——ガンッ!


 再び空中を蹴り、災厄めがけて落ちるリリー。

 傷ついた右腕をダラリと下げて、立つ災厄は、左手を正眼に構え、素早く腰だめに構え直す。


 何度目かの衝突。


 ——ドッ! ドンッ!!!!!!!!


 世界が揺れ、大地が割れ、全てが等しく吹き飛ぶ。

 その場が搔き消える。

 紅い光が爆発する。

 舞い上がる土砂と大木。

 音と音がぶつかり消し合い、増幅し合い木霊する。

 大地が揺れる、どうしようもないぐらいに。

 拳のぶつけ合い。

 それだけで——。


 それは奇妙な光景。


 三メートルはある、紅い鬼の振り抜いた巨大な拳を……、小さな少女の拳が受け止めている。

 あり得ない光景。


 紅い嵐……。


 否。


 少女の足、腰、そして肩、そこから先の拳まで——真紅の螺旋が激しく、渦巻いていた。


 爆風の中、世界が止まったかの錯覚。


 拳を合わして、二人は己の存在を殺しあう。

 力は、拮抗していた。


 少女と、鬼の存在は互角。


 ピシッ、ピシッ……と、拳の間の空間がグニャリと歪み何かが割れる音がする。


 ——今。


 この瞬間。


 私の全てをかける。


 全てを。


 魂の全てを。


 サユねえちゃん、団長、ミーシャ。

 

 お父さん!


 ——セイ!!


「ギガントアーツ、リリー流——千撃せんげき星降ほしふ紅夜こうや


 拳から力を抜き、自由落下で落ちる。

 虚をつかれた災厄。

 巨大な拳は、少女を見失い空を裂く。


 ——ガンッ!


 脱からの着。

 虚からの実。


 瞬、今を全力で蹴る。


 ——私に力をかして!


 稲妻の如くけんを繰り出す。

 リリーの限界突破した右拳は——災厄の鳩尾を捉える。

 拳と災厄の隙間から、紅い火が溢れる。


 続く連撃。


 ——ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ! ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!


 一撃、二撃、三撃、五十撃、百撃————千撃。


 渦巻く紅を纏い、縦横無尽に地を空を駆け巡り、飛ぶ。

 時折、虚を混ぜ災厄の攻撃を躱し、カウンターを決める。

 紅い火花が咲き乱れ、流星のかがやきが災厄を覆う。


 リリーが、圧倒的に押している様に見えた。

 が、しかし、

 押されているのはリリーだった。


 ……硬い……硬すぎる。


 リリーの両拳は、真っ赤な血に染まっている。

 砕けそうな拳で、血だらけの拳で叩き込む。

 リリーの紅き渦巻く拳は、届いていなかった。


 ……力が足りない。


 ——ドンッ!


 リリーの回転蹴りが災厄の肩に決まる。


 受け耐える災厄。


 ダメージはさほどない。


 もう、これしかない。


 これしか、残っていない。




 □□□□□□□□□□




「リリー、超身体強化は……あまり使うな」


「どうして?」


 私は、サイランの拳をゆっくりと躱しながら聞く。

 ギリギリまで速度を落とした、ゆっくりとした組手。

 これで体幹や、悪い癖を見つけて、より無駄な動作を省いていく訓練だ。


「あれは、体の負担が大き過ぎる。心臓に力を使い、爆発的に心拍数を上げ、神血をより全身に巡らして強化するのが、超身体強化の正体だ」


「うん、それは前にサイランから聴いた」


「私は、巨人族だ。内臓も体も人よりは強い。いくら……レベルを上げても、リリー。お前は人だ。使うにしても、一日、一回にしときな」


 サイランのゆっくり動く拳が、私の頭をコツンと打つ。


「わかったよ」


 笑ったサイランの顔を思い出す。



 □□□□□□□□□□




「ごめん」


 サイランの笑顔が、私のなかをチラつく。


 それは嬉しくて、謝りたくて。


「超! 超! 超!! 身体強化!!」


 足を取ろうと、腕を伸ばす災厄を躱し——距離をとる。


 ——ガフッ。


 口から血を吐き出すリリー。


 走る。


 胸が爆発しそうだ。


 何も聴こえない。


 災厄に向かって走る。


 左拳を繰り出す災厄。


 リリーは左腕を軽く添え、削られながら躱し、懐に入る。


 紅い、紅い螺旋が爆発する。


 全ての力を右拳肘に込め——災厄を撃ち抜く。


 ——衝撃音。


 とても、とても大きな音。


 腹に大穴を開けた災厄。


 突き抜ける衝撃。


「やった……」


 力がつき倒れるリリー。


 胸に穴を開けた紅い鬼は倒れず……鳴いていた。


(はは、はははは! すごい! でも、ワタシのペットは頭を粉砕しないと倒せないよ?)


 どういう事……?

 顔を上げて災厄を見上げる。


 悲しい声が鳴いている。


 鬼が殺してくれと泣いている。


 ——ゴホッゴホッ


 血を吐くリリーに、胸に大穴を開けた災厄が立つ。


 満身創痍のリリーに……災厄の蹴りが放たれる。


 必死にガードするリリー。


 ——ドンッ!


 ああ、あんなに……あんなに……頑張ったのに……。

 届かなかった。


 宙を舞う。


 木々にぶつかり落ち、何度も地面をバウンドして止まる。


 ピクリとも動かないリリー。


 偶然か、必然か。


 そこには、


 セイがいた。










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