第二十三話 生涯、忘れない事が君にはあるかい?

 青い空、白い雲。

 時折、……聞こえる……声。

 鳥だろうか。鳴き声が遠く聞こえる。


 太陽が二人を照らす……そして、今、


 ——風が吹いた。


 瞬きのその刹那。


 ——地が爆発する!


 驚き飛び立つ鳥の羽ばたきと鳴き声。


 地に飛び散る拳大の石と——その小さな欠片。

 粉々に砕けたカケラ。粉と砂が空中に舞って飛んでいく。

 時を置き去りに体が動く——

 

 ドクンドクンドクンドクン……。

 心臓の鼓動と鳴動して……景色が周りがゆっくりと、ゆっくりと進む……。


 頭の後ろに残す破壊音。

 飛ぶ石の残像……。


 繰り出す——二つの巨大な力の塊。

 

 それはさながら……この世のはじまりか、もしくは、終わりか……。


 生きる事の、強さの答えか。


 その拳一振り、蹴りの一蹴はありとあらゆるものを破壊しうる力を持っていた。

 

 拳が……衝突……。

 紅い光と緑の光がぶつかる——

 眩しく瞬き輝く。


 ……時が追いつく。


 ——ドッゴッッッッーーーーン!!


 ビリビリと痺れた様に揺れる空気と、振動する大地。

 それは、拳と拳が正面から衝突した音。


 爆風が——幾重にも何十にも渦巻き、二人を中心に生まれる。


 ——バアアアアッッーーーーン!!


 円状に土砂とブロックが弾けあがって、全てを飲み込み巻き上げながら——ひろがっていく。

 さながら其れは、破壊が咲かす巨大な花弁だ。

 

 破壊の花の中心。

 二人は——闘っていた。

 力をぶつけ合い。


 闘っていた。


 く……ご、互角……?

 全力で放った右のストレートは——正面からお姉ちゃんの拳とぶつかり……止まる。


 ——ぐ、ぐ、ぎぎ、ぎぎぎぎーー。


 私は一歩も引かず、更に力を込める。力くらべ……拳のつばぜり合い。


 紅と緑の光がせめぎ合う。

 紅光が緑光を飲み込み、吐き出し吸い込み交わり……小さな爆発が所々起きる。


 ——ドンッ!! ドンッ! ドドッン!


 二人の踏み込む圧力に耐えられずに地面が崩壊する。


 ——ビキッ、ビキッ……ビキビキッ!


 地に雷の様なヒビが——みるみる遠くまで深く伝播して割れていく。


 しかし、それでも……。


 微動だにしない拳と拳。

 紅と緑の光は、複雑に絡み螺旋状に空に舞い上がる。


 それだけを見れば、美しい光景——だが、衝突の余波で生まれた爆風に、里は揺れ震えていた。


 ——くっ! ダメだ!


 拳越しに楽しげに笑うサユ姉ちゃんを……一瞥する。


 このままじゃジリ貧だ!


 ——はっっ!


 拳を瞬時に引くと同時に、衝撃を逃しかわす。

 小さな体を生かし、コマが回る様、クルッと回転し懐にはいる。

 必殺の肘打ちを鳩尾に打ち込む!


 ——ドンッ!!


 が、 左の掌で受け止められる。


 ちっ!


 すぐ様、その反動を利用し——右腕を取って一本背負いの形で叩きつけようとするが……。

 まるで、足に根が生えたようにお姉ちゃんは、ピクリともしない。


 くっ! 重いっ!


「……リリー、いいね」


 背中越しに……なんだか嬉しそうに話し出す、サユ姉ちゃん。

 静かな声。


「でも、その力はまずい ——神に気に入られるかもしれない、だから……」


 え?


 っと思った瞬間、私は掴んでいた筈の腕に持ち上げられて……。


 投げられる。

 空に向かって——。


 風の切れる音。

 全身に暴れる風が当たる。

 激しくグルグルと回転しながら飛ぶ体。

 混乱しつつ、冷静に息を吐いて……。


空に浮かぶ臆病者エアフローチキン


 力を使い、回る体を止め、空中なんとか浮き——確認する。


「リリー! 次の一撃で終わりだ! 私に認めさせる力を見せてみな!!」


 お姉ちゃんの大声が聴こえる。

 下を見ると……米粒ぐらいのサユお姉ちゃんが……うん? こっちを見ている、のかな?


「——てか! 声でか! のど自慢! よくここまで聴こえるね!」


 もうっ! ついつい笑ってしまう。緊張感台無しだ。


 はーー、さて……一撃か。


 風に吹かれ、乱れる髪を抑え私は考える。


 全力のパンチも全然、きかなかった。

 時間も……もう、あまりない。

 なら、決まっている。


 お姉ちゃんを……上から睨む。


 わかっているよ——


 ぐっいと、右手を高くかかげる。息を吸って……叫ぶ。


「友よ! 力を……力を! かして! 落日と紅き思い出は全てを壊すセッティングサン・デストロイッッ!!」


 右手が一瞬光り……最初は小さく……徐々大きくなり、集まってくる。


 紅い光が——


 破壊の力が少女の手の中に集まっていく。


 集まっていく……。


 それは、紅い太陽。


 破壊の紅。


 神の血が理りを変える。


 それは、世界の改変。


 絶対の神の力……。


 リリー……。


 私は、紅い光を見上げながら……あの日をなんとなく思い出していた。


 六年前、力が欲しいと、強くして欲しいと、泣きながら……お願いしてきた光景を。

 ボロボロな癖に、その目は力強く私を真っ直ぐに見ていたな。

 あの小さかった泣き虫が、ここまで強くなったか……。

 リリー、君といると——本当に飽きないよ。


 紅い光が地上を照らす。

 まだ、膨らんでいる紅い玉の大きさは、二メートル以上はあるだろうか。


 ……復讐の為に創られ生まれた子供。


 人を捨て、人間をやめることで……その存在は神へと至る。

 混ざり合う筈がない……魔人の血と神の血。


 祈りは無力だ。

 そして、世界は強い方が生き残る。


 拳を強く強く握りしめる。


 上空のリリーを見上げる。


「愛してるよリリー。だが、まだまだ負けるわけにはいかない」


 下げた右手に力を発動させる。


「友よ声を聴け。力を貸せ、踊れ揺らせ消滅と終末たちダンスダンスディマイズ


 螺旋状の鮮やかな黄緑色の光が右腕に生まれる……それは時々、弾け揺らいでいる。


 ——ビシッ、ビシッ! ガッ! ビシッ!


 理を外れた力を右腕に纏う。


 あの日、誰よりも強くなりたいと……小さな声で泣きながら言ったリリー。


 だから、答えよう……。


 青い空に紅い光が一段と輝いて——。


 落ちる。


 それは、落日。紅い夕日が落ちるがの如く、空気を切り裂いて——来る。


 それを私は——


 まだまだ、弟子に! 負けるわけにはいかない!


 落ちる紅を——


 螺旋状の光を纏う拳で……。


 喰らうっ!!!!


「はーーーーーーーーっっっっ!!」


 ——カッ!!


 全視界を真っ白な光が遮る。あまりの眩しさに私は目を閉じる。

 め、目がっ! 見えない! ——お姉ちゃんの気配は……いる!

 まだ地上だ!


 光に潰れた目をゆっくりと開けると……、そこには……何事も無かった様な、荒れた武闘場の景色が。


「あれ? お姉ちゃんは?」


「うしろだ」


 え?


 ——ガンッ!


 背中に突然くる衝撃。


 ——ヒュンッ!


 なすすべもなく、地上に落下し叩きつけられる。


 ——ドーーーーンッ!!


「だから言っただろう? 気配を残して消せと」


 静かにサユ姉ちゃんが私の横に降りてくる。


 う……ん……、なんとか立ち上がろうとするけど……。

 朦朧とする意識のなかで、手足が言うことを聞かない。

 力もいつのまにか消えている。


 そんな私に、「いいよ、リリー。合格だ。次から討伐に連れて行こう」と手を差し伸べながらサユ姉ちゃんが言う。


「え? どうして? 負けたのに」


 弱々しく首をかしげる私に、


「あの力は危険だからね。できるだけ、近くにいた方がいいし……」


 サユ姉ちゃんは頭をかきながら、何故か照れ臭そうに——


「リリー、強くなったな」


 驚いた顔を一瞬したリリーは、疲れた表情を真っ赤にして笑い……泣き出す。


 そんなリリーを見て想う。


 復讐なんじゃない。

 きっと世界はきみのものだ。

 だから泣かないでおくれ。

 誰かがきっと……。


 この世界で、君を待っているから。


 泣き続けるリリーをそっと抱きしめ、頭を撫でる。


((私はきっと生涯わすれないだろう))

 

 そのくれた笑顔を。


 ——風が吹く。


 終わらない二人に。

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