第137話 夜明けへ向かって(1)

 魔術団との戦闘からはや1週間。12月に入り、外へ出るには厚着をしなくては耐えられない寒さになった。

 先日燈太は退院した。腹部の銃創は、玄間の助けもあり完治はせぬものの退院の許可が下りたのだ。


「ふぅ……」


 深夜1時。燈太は『黒葬』の作業部屋にいた。

 デスクにはパソコンが置かれ、席と席の間に仕切りが用意されている。それが数十と並ぶ。塾の自習室を彷彿とさせた。


 ――終わるなら、エナジードリンクなんか飲むんじゃなかったな……。


 『時間跳躍タイムリープ』能力に関するレポートを玄間に提出するよう言われ、それを書いていたのだが案外すんなり書き終えてしまった。

 つい先日目覚めた力だ。そのうえ、ゼフィラルテとの戦いが終わってからまだ一度も使っていない。レポートにすることなどできるんだろうか、と思っていた。

 しかし、能力というのは覚醒してしまえば不思議なもので、それに関わる情報はすらすらと書き連ねることができていた。

 さて、こうなると問題は寝むれないということだ。目はしっかり冴えている。


「……なんか食べるか」


 燈太はパソコンを切り、対人課のオフィスへ向かった。

 対人課にはカップ麺がそりゃもう大量に置かれている。純粋に対人課はオフィスで待機することが多いというのもあるが、別にいつ食べても良い。

 例えば、空がゲームで徹夜するとき食べていたりする。

 ちなみに「ゲームは家ですれば良い」と、指令部の時雨沢カレンに言われているのを目撃したこともあるが、本人曰く、オフィスの方が落ち着くしカレンを含めいろんな人間を2Pとして召喚できるのが便利とのことだ。

 と、そんなわけで燈太は対人課オフィスで小腹を満たすことにした。

 オフィスがある階まで行くと、オフィスに電気が付いているのがわかった。誰かがいるようだ。


「あ、こんばんは」


「燈太じゃねぇか、どうした」


 オフィスの灯りの正体は紅蓮だった。

 紅蓮もちょうど、カップ麺を食べている様子だ。


「いやぁ、玄間さんから、能力に関するレポートを書くように言われてて……」


「課長から? テキトーに書いとけ、テキトーに。最悪、恵やら白眼鏡んとこ持っていけばいい感じにしてくれんだろ」


「……静馬さんはちょっと、めんどくさいかもですね」


 ――はぁ? 書類? 書類くらい自分で書け貴様。俺が暇だと思ったのか? あぁ、良いだろう。貴様の意味不明な能力を解析して欲しいならしてやろう。これにサインしろ。解体バラして解明してやる。


 脳内再生余裕である。


「ちょっと何言われるかわかんないので」


「……言った手前あれだが、確かに糞みたいな提案だった」


「悪い人じゃないんですけどね……」


「いや、悪い人だろ。性格が」


 適当にカップ麺を選ぶと、


「入れてやるよ」


 紅蓮に、カレー味のカップ麺を渡す。


「ありがとうございます」


 紅蓮は多めに湯を沸かしていたようだ。紅蓮は、燈太からカップ麺を受け取るとケトルから湯を注いだ。


「紅蓮さんは、なんでここに?」


「あー、さっきまで寝てたんだよ。疲れて夕方からずっと爆睡だ」


「昼間に何か任務があったんです?」


「いんや。あのクソゴリラ課長が稽古してやるって言いだしてな。そんで訓練室に拉致られた。そんでタコ殴りだ。一方的にボッコボコにされた。パワハラだぜ。とんでもねぇパワハラだ」


 『黒葬』は法を超える。


「……紅蓮さんでも玄間さんには、全く勝てないんですか?」


 玄間の戦いを燈太はまだ見たことがない。

 正確には、「やり直した世界」の中でゼフィラルテと玄間が戦っているのを目撃したが、あれはゼフィラルテが規格外すぎて燈太にはよくわからなかった。


「俺が、課長を? 無理だな。そもそも当たんねぇし」


「攻撃が……?」


「当たんねぇな。、まぁ、たまーに当たるときもあるけど、ありゃ運がいいだけだ。1000回くらい殴りあってりゃ一発喰らい掠るっつう話」


 紅蓮は、カップ麺を啜り、


「それこそ、お前みたいなタイムリープできたらわかんねぇけどよ。……おっと、誰もいねぇよな」


 紅蓮はハッとして廊下の方を見た。燈太も見るが、もちろん誰もいない。

 実は能力について、他の人にはひとまず言わないように玄間より指示されていた。

 今、燈太の能力を知っているのは紅蓮と玄間だけである。

 

「話を戻しますけど、『タイムリープが出来たらわからない』ってどういうことですか?」


「そりゃ、タイムリープして1000回に1回の打撃が当たるまでやりなおしゃ良いじゃねえか。それ繰り返してれば一方的にボコれるんじゃねぇの?」


「なるほど……。あんまり肉弾戦で考えたことなかったですけど、確かに使えるかもですね」


「まあ、流石に燈太の腕じゃ、課長にゃ無理だろうがな。俺で1000回に1発。燈太じゃ一億回くらいやんなきゃ当たんねぇ」


「1億……心折れますね」


「1000回に一回でも心折れるっての!」


 燈太と紅蓮は笑い、雑談しながら、カップ麺を食べた。


「燈太はこの後どうすんだ? すぐ寝んのか?」


「大分目が覚めちゃったんで、眠くなるまでゲームしたりスマホ弄ってると思います」


「あるあるだわな」


 紅蓮はおもむろに立ち上がり、オフィスのロッカーをあさり始めた。


「俺はこの後、ツーリングに行くんだが……」


 紅蓮は「あったあった」と何かを見つけたかのようにつぶやき、振り向いた。


「後ろ乗るか?」


 紅蓮は手にヘルメットを持っていた。


「! いいんですか?」


「おう。どーせ眠くなりゃしねぇだろ」


 紅蓮は笑った。燈太は紅蓮からヘルメットを受け取る。


「よく行くんですか? ツーリング」


 紅蓮が現場へ行くとき、バイクに乗っているのは見かけたことがある。しかし、趣味でツーリングに行っているのは見たこともないし、聞いたこともなかった。


「普段は行かねぇんだが、こういう眠れねぇ日によく行くんだよ」


 紅蓮はコートを羽織った。


「外、バカみてぇに寒いからコート着てけよ」


「あ、はい」


 燈太も対人課のオフィスにおいたコートを羽織る。燈太は、対人課員ではないのだが、色々と私物も増えた。そろそろ、配属を決めることになるかもしれない。


「ちょっと前まではな、空を後ろによく乗っけてたんだ」


「空さんを?」


「あぁ、アイツは昔から夜更かししまくりの非行少女だからな。こういう時間に俺と会うと乗せろっつって、行きたくねぇ日まで後ろ乗っけてツーリングしたんだ」


「へぇ……。でも、俺が入社してからはその光景見た頃ことないですね」


「最近は思春期なんだかようわからんが、


『紅蓮センパイ。夜更かしはお肌に悪いんスよ。知らないんスか? えーと、農家水産? から出る成長ホルモンがッスね……。えーと……。まああんま詳しくは知らないんスけど。まあ、とにかく、うちはもう寝ます』


とか言ってツーリングには付いてこなくなった」


 なんとなく、指令部のカレンに何かを言われて影響を受けただけのような気がするのだが、気のせいだろうか。


「……。でも空さん最近でも普通に夜更かし、してますよね?」


 紅蓮はうなずく。


「そのセリフを俺に言った日も、ツーリングから帰ったら普通にゲームしてカップ麺2個開けてたぜ。なーにがお肌だよって」


 静かなフロアに小さく笑い声が響いた。

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