第135話 降臨する魔術の祖

「……Where am I? (ここはどこだ?)」


 ゼフィラルテは口を開いた。確か自分は研究室で研究をしていたはずだ。

 いや、違う・・。死んだのだ。

 記憶がなぜか混濁している。


 ここはどこだ。


 みると、周りには奇怪な服を着た人間が多い。この建造物も見たことがない造りだ。しかし、祭壇は、非常になじみ深い。

 そして、祭壇の魔法陣やその供物をみて理解した。


 ――そうか。我の回帰魔術か。


 未来か。ここが。


 記憶があやふやな理由も理解した。回帰魔術は、死ぬよりも少し前の肉体――研究室で研究をしていた肉体――に、死ぬ直前までの記憶が加わった状態で蘇生する。

 ゆえに、混乱したのだ。

 原理さえわかれば混乱することはない。一度死んだのは正しい。肉体は先ほどまで研究していた。矛盾なし。


 目線を下に落とすと、服装をみるに魔術師らしき若い男がいた。男は、膝をつきゼフィラルテにひれ伏している。


「『Recollection Read』(『目視する記憶の頁リコレクション・リード』)」


 男の頭に触れて、記憶を読んだ。

 そして、現状を把握した。


「……苦労を掛けたな『白夜の魔術団』よ」


「なんと、翻訳魔術をお使いに……」「なんというお方だ……」


 ゼフィラルテは言語翻訳魔術をその場で習得し、行使した。

 ゼフィラルテの死後に生まれた魔術も存在しているらしい。


 その中に、この回帰魔術も含まれる。


 回帰魔術は、ゼフィラルテが考案するも魔力の消費や凄まじく難度の高い条件を達成せねば、成功はあり得ないものだった。故に、アイデアと方法のみを残した。後世の魔術師がそれを実現させるのを信じて。

 結果、現代の魔術師が完成させたのだ。


「……『黒葬』……というらしいな貴様らは」


 ゼフィラルテは扉の前に立つ、黒スーツを着た男達に声をかける。


「お前がゼフィラ――」


「少々待て。逃げはせん」


「……何……?」


 ゼフィラルテは魔術師の男を見る。


ハールト・・・・よ」


 今、記憶を読んだ男・・・・・・・だ。


「はっ……」


 ハールトは、膝をついたまま返事をした。


「貴殿は、非常に優秀だな」


「……っ! 勿体ない……お言葉です」

 

 ハールトの言葉には、い喜びの感情が漏れ出ていた。

 それもそうだろう。ハールトは才能があるものの、自分より歳の離れた保守派魔術師に抑えつけられていた。記憶を読んだので知っている。

 初めて魔術師から評価されたのだ。その気持ちは納得できる。


「『砕け散る器ギブ・ハート』……良い魔術だ。我が考えもしなかった魔術だ。ふむ……素晴らしい」


「……ありがたき幸せ……!」


「ハールトよ」


 ゼフィラルテはかがんだ。


おもてをあげよ」


 ゼフィラルテは優しくハールトに語り掛ける。


「ゼフィラルテ様……」


 ハールトは顔をあげ、ゼフィラルテと目が合った。


「――だが」




 ――鬼のような形相をしたゼフィラルテと。




「それだけではあるまい?」


「ゼフィ――」


 ハールトの顔に汗が浮き、顔が歪む。

 ハールトの記憶には、背信行為が全て刻まれていた。同志レイパンド殺害。


「き、記憶を……?!」


「そうとも、全てみた・・


「あっ、いえ――」


 慌てふためくハールトの言葉を遮りゼフィラルテはこう続けた。


才能それを踏まえても貴様は殺すに値する害獣だ。死して償え」


「ま、待ってくださいッ! 違うのです! ここにいる奴らはゼフィラルテ様を信仰するだけで、先へ進む意欲のない老害……! 価値はない存在です! 私こそが……! 私こ――」


「――我は背信によって息絶えたのだ」


「……ッ!?」


 ゼフィラルテは死ぬ前の記憶を取り戻している。

 そう、ゼフィラルテの死因は、同志の裏切りが深く関与していた。故に、このような魔術師は絶対に。


「どうせ、その忠誠も上っ面なのだろう? 目の前の利益にしか興味のないゲスめが」


「ま、待ってください! お願いで――」


 ――生かしてはおけぬ。


「『起源・爆ぜる魔の雫ドロップ・ボンバ・オリジン』」


 ハールトは、断末魔をあげる暇なく、木端微塵に消し飛んだ。



 『ゼフィラルテ・サンバース、135X年死去』


 ゼフィラルテは、全ての魔術を創造した。

 定義、魔法陣、魔力の貯め方、『器』の生成方法、詠唱。


 その全てを世界に遺した。


 どのようにして、その概念に気づいたかと問われればゼフィラルテはこう答える。


「そこに存在していたから」


 そう答えるしかない。

 生き物は、「空気」という定義を知らずとも息をする。それと同様だ。ゼフィラルテは、生まれてからすぐに魔力の存在を肌で理解した。その後、成熟してから言葉を用いて、世界に「魔力」の存在を表現し始めたにすぎぬのだ。




 ゼフィラルテは、小さな集落で生まれた。成人を迎える頃、魔術をある程度正確に扱えるようになり、彼は18種の魔術を会得する。

 ゼフィラルテは、その集落、周辺地域の問題やもめごとを魔術により解決した。ゼフィラルテは、自身のこの才能を人のために使うと決めていたからだ。


 ゼフィラルテは、虫も殺せぬ優しい青年だった。


 その過程で自分を師と慕い、魔術を学ぼうとする人間達も現れた。勤勉であり、「ゼフィラルテと共に人々を助けたい」という精神を持ったとても立派な人間達である。一番弟子は、その典型とも言える好青年、ハルマンドルクといった。

 ゼフィラルテは彼らを喜々として受け入れ、やがて『太陽の魔術団』を結成した。太陽となり人々の生活を豊かにしようというのが由来だ。


 研究、鍛錬、人助け。この三本柱の元、魔術を使う。それが『太陽の魔術団』である。


 当時は14世紀前半。活版印刷技術はない。魔術が大きく世界に知られることはなかった。加えて、ゼフィラルテ達は比較的小さな範囲での活動をしていたため、大きく名を知らしめるようなこともなかった。

 魔術は危険な道具にもなる。皆が自制し、小さな平和を作り出す。これで良い。

 ゼフィラルテ達は力を誇示しなかった。


 しかし、ゼフィラルテが48歳の時、どこからか噂を聞きつけた権力者が現れる。その権力者はある宗教に対し非常に執着を持った人間であった。権力者は、ゼフィラルテ達を悪魔の使いだと決めつけた。

 当時、魔女狩りの概念はなかった。魔女狩りが始まるのは1世紀も先の話である。

 そのため、権力者は自分より上の人間に相談することなく、秘密裏に「魔術師」と呼ばれる男達の処刑を敢行する。すなわち独断によるものであった。


 『太陽の魔術団』団員を例外なく異端として極刑に処す。

 この文言及び、記録は後世に一切残されていない。


 ゼフィラルテは動揺した。

 自分たちは悪魔に魂を売った者ではない。


「魔術は世界に存在するエネルギーであり、超常的なものではないのだ! 神は関係ない」


「神は関係ない・・・・……? 我らが神の存在をも否定するか!」


 主張は無視され、多くの同志が処刑された。ゼフィラルテは牢に閉じ込められ、主犯格として凄まじい拷問を受けた。何度も爪を剥がされ、指を折られ、鞭で絶命せぬ程度に痛めつけられた。

 何度も理解を求めて主張し、その証拠に魔術を披露し、逆に怒りを買った。

 それでも、ゼフィラルテは耐えた。

 いずれ、魔術の素晴らしさ、自身の身の潔白をこの者たちが理解してくれると信じて耐え続けた。

 しかし。


「――はい! みました! 彼らが悪魔と取引をしているのを!」


 そう証言したのは、かつて魔術により救った村人だった。

 ゼフィラルテの煌めく意思はそこで途絶えた。。


 ゼフィラルテは悔し涙を流し、そして笑った。


 ――私はなんだ? 私達は利己的な目的のために悪魔と取引をしたのか?


 心優しいゼフィラルテ。


 ――……そうだな、その通りだ。取引しようじゃないか。


 彼の人間性は強烈な悪意で破壊された。


 ――私は悪魔に魂を売ろう。


 ゼフィラルテは、その権力者の私兵100名余りを鏖殺おうさつし、権力者の親族計13人を殺害した。


 『領主××××氏、及びその関係者121名が行方不明。恐らく、遠征先で疫病を患ったと考えられる』

 後日、公的記録にはそう綴られた。


 かくして、この一件からゼフィラルテは、これ以上ないほどの怒りを覚え、全てを恨んだ。


 ゼフィラルテは、悟った。魔術を理解できぬ人間がいるのだと。そして、その人間達と自分達魔術師は別の生き物だと。

 まるで猿と人だ。姿形が似ているだけで、生き物として違うのだと。自分達と同じなわけがない。魔術師のために全てを絶やしてやる。


 その後、残った『太陽の魔術団』を率い、ゼフィラルテは「選別」を開始する。魔術師の才ある人間と、魔術を理解しえぬ人間以外はこの世に要らぬ。いるとしてもそれは奴隷として飼うのみだ。

 その思想の元、動き始めた直後。


 野望は、ある出来事・・・に妨害された。


 疫病。すなわちペストである。

 14世紀の後半にかけてそれは猛威を振るった。ゼフィラルテと言えど、疫病を止める手はない。


 ペスト流行の際、志半ばで死ぬことを恐れたゼフィラルテは、回帰魔術の考案を行う。


 結果、既に全盛期の1/10以下に満たない『太陽の魔術団』構成員は、更にその半数を失った。ただ、その頃の『太陽の魔術団』は魔術崇拝の色が強まり、遺体を魔術で処理する習慣を設けており、土葬でなく火葬を行っていた。そのおかげなのか、単に運がよかったのだろうか、魔術師の全滅は免れたのだった。


 ペストが収束。再び、ゼフィラルテは計画を実行に移そうとしていた。


「師よ、本当にその計画を実行に移す気なのですか」


「? 何を言う。我らの受けた屈辱を忘れたか」


「……いえ」


「拷問を受けただろう。その負傷した片目はそのときの物だ」


「はい。しかし、彼らは恐れていたのです。魔術を。見えないものに恐怖するのは当然ではないでしょうか? わからないものは恐ろしい物です」


 彼はもう50代にもなるが、ハキハキと喋る男だ。それは昔から変わらない。


「以前と同じように、弱き人々を助けてゆけば良いではないですか。魔術を見せびらかす必要はないのです! 隠れて人を助ければ……そう、陰のように、く――」


「ならん。我らこそ太陽ぞ」


 ゼフィラルテはそう断言し、男は黙ってしまった。

 ゼフィラルテの決心は揺るがなかった。


「……お注ぎします」


「うむ」


 男は、酒をゼフィラルテに注いだ。ゼフィラルテはそれを口にし――


「……師よ」


「何だ」


「あなたは間違っている。だから、私が止めます」


「……何を言っている?」


 男はゼフィラルテの持っているグラスを指さした。


「その酒には猛毒が入っています。あなたはもう助からない」


「――謀ったのか、ハルマンドルク・・・・・・・


 彼はゼフィラルテの一番弟子、ハルマンドルクであった。彼に一番の信頼を置いていたと言って過言ではない。

 しかし、酒には毒が入っていた。毒を盛られたのだ。


「貴様ッ!」


 ゼフィラルテはハルマンドルクをその場で殺害した。彼は避けようともしなかった。そもそも、なぜ彼が今この場で毒のことを口にしたのかはわからない。

 黙っていれば殺されずに済んだろうに。


「ゼフィラルテ様!」


 騒ぎを聞きつけ、数名の魔術師がゼフィラルテの元へ駆けつけた。

 ゼフィラルテは吐血しながらこう言い残す。


 ――回帰魔術で我を必ず甦らせよ。その先に目指す魔術師の理想郷があるのだ。

 ――我が戻るまで魔術は決して明るみに出すな。灯が絶えれば終わりなのだからな。再び異端狩りにあってはならぬ。


 ――しかし、我が回帰さすれば、世は必ず魔術に染まる。


 ――この世を太陽が照らすのだ。


 『太陽の魔術師』残党、そして、かつて魔術師に救われた人々は、ゼフィラルテを神と崇め、その言葉を信じ着々と時代を重ねる。


 そして、202X年。

 時は満ちた。














______________________________________


~補足~ (今回は多めです。いつも通り読み飛ばして構いません)


・翻訳魔術は、魔術団がグローバル展開してから誕生したのでゼフィラルテは作っていません。


・ハールトは、『目視する記憶の頁リコレクション・リード』の存在を知りません。いきなり記憶を読まれて大変焦ったと思われます。


・ペスト、活版印刷、魔女狩りの正史につきましては、専門でないので多少間違いはあるかもしれません。申し訳ないです。


・年次がXになっていますが、特に意味はないです。『黒葬』の連載が長引いた結果、(連載当初は2020年で設定していたのですが)、気づいたらもう2022年でした。

2020から666年前で計算するか、2022からで計算するか。迷った結果、Xで誤魔化しました。


・Q. 魔術師を一般人が処刑できるの?

 A. 『太陽の魔術団』に所属していた者の大半は、実は魔術が使えません。才能が必要ですからね。それに、当時の『魔術団』は魔術の指南が確立されていませんからゼフィラルテ以外はほとんどへなちょこです。そこそこの使い手もいましたが家族を人質に取られ火炙りにされました。


・ちなみに裏切られゼフィラルテが死んだことは語り継がれていません。ハルマンドルクの人望も厚かったのでしょう。


p.s. 黒葬と関係ないですが、短編(ゾンビ物×女の子)を書きました。

良かったら作者ページから飛んでみてください。

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