第125話 オペレーション『鳥籠』(2)

 『黒葬』指令本部室。

 部屋にいるのは、静馬、そして獅子沢だ。


「よし。思惑通り、対象は『皆既食エクリプス』を行使したようだな」


 指令部長、獅子沢の読みは的中していた。既に『皆既食エクリプス』の札は貼られていたようだ。目論見通り、ダイナマイトのブラフも効き、被害を最小にして『皆既食エクリプス』を使わせることができた。

 静馬は、「自分は頭が良い人間である」という自負があるが、こういった面において獅子沢にかないっこない。

 舌を巻く手腕だ。


「これで、舞台は整えた。ハイド、佐渡。ここからは任せていいな?」


「ええ」『このハイドにお任せを!』


 静馬はモニターの前に座った。キーボードを叩き、情報を確認する。

 情報とは、『演算装置ハイド』による『UE』の検知だ。


「検知完了! 6カ所の札の位置が判明。ハイド課長、それではお願いします」


 『アトランティス』より持ち帰った拡張公式によって、微少『UE』を捕捉することができるようになった。『皆既食エクリプス』の発生位置はもちろん、それに使われる札の位置すら手に取るようにわかる。


『ハイド、行ってきます!』


 ハイドは、オペレーション『鳥籠』を成功させるべく札の位置に向かった。札は壁や土中に埋め込まれているため、様々な物理ツールを持ったハイドが必要になる。

 この作戦の第二ステップは札の破壊なのだ。


「ハイドは問題ないとして、……あとは、れいだな。『皆既食エクリプス』の中の状態が外からわからんのが煩わしい」


 獅子沢は冷静な口調でそう言った。


「……」


 静馬は黙っていた。

 幽嶋の状況がわからないのはもちろん、その後ことが上手く運んだとしても静馬の推測・・が外れていれば作戦は破綻する。その結果は、『皆既食エクリプス』が解除されてからしかわからない。

 静馬が生んだ推測・・において、証拠や検証は不十分と言わざるを得ない。


「そんな顔をするな、佐渡」


 獅子沢は、そんなことを口にした。静馬はモニターを向いているわけで、獅子沢に顔を見られているわけではない。

 ……顔に出ているかなど自分ではわからない。沈黙や、態度から何かが透けていたんだろうか。


 実際、静馬の中に不安があったかというとそれもわからない。

 ただ、不安それがあったとしても、自分で認めないということだけはわかる。 


「この状況で、本部を守りきり、麗の微かな勝率を埋めるにはお前の策に頼らざるを得なかった。ここを捨てるか、幽嶋を捨て石にするかの二択を選ぶよりもお前の策が優れていると私は判断した」


 獅子沢の声は、冷たく淡々としていた。しかし、下らないお世辞やチャチな励ましでないことは、なぜか伝わる。


「……は、いつも自分の身体を使って現地調査を行ってきました」


 静馬は、呟くようにそう言った。


「危機に直面した時、限られた時間の中、最善と思われる『策』を実行する。もしそれが裏目だったとしても、その行いに後悔はない。なぜなら、自分の考えた『それ』に自信を持っているからです。やるべきことをやったと、そう言える」


 静馬は続ける。


「だからこそ、できるだけ自分一人で仕事をしてきたんです」


 今の危機的状況の中、頭を回し、人一倍考える。

 それは静馬の責務だ。現象課の人間として、それが仕事だ。いつも通りにやることをやった。

 その案を完璧な形で獅子沢は、形にした。今ここにいる、自分より遥か優秀な人間が、命懸けで動いている。現在、静馬の策は見えない場所で着実に進んでいる。


 きっと、その不透明さがじわりじわりと、静馬に圧をかけている。


 静馬はそれ以上は言わなかった。

 一刻の沈黙が流れ、やがて獅子沢が静かに口を開いた。


「……時に佐渡」


「はい……?」


 静馬は、モニターを眺めたまま返事をした。


「……お前が白のスーツを着ているのは、未だ解明されていない『現象』を全て白日の元に晒すという理由らしいな」


 獅子沢は突如、そんなことを口にした。


「……」


 待て。


「……なぜ……それを?」


 そんな理由を報告した覚えはない。


「坂巻の報告書に書かれていた」


「……なる……ほど」


 やはり『超現象保持者ホルダー』は糞だ。


「――たかだか一つ・・だろう」


 静馬は、獅子沢の方に顔を向けた。


「大層な野望を持った男が、自信を持って出した案なんだろう? 『皆既食エクリプス』と言う不可思議な現象の一つごときの解明をできずしてどうする」


 オペレーション『鳥籠』。


 ――この策の肝は『皆既食エクリプス』に対する静馬の推測にあった。


 『皆既食エクリプス』を解き明かすことが、現状の打開、強力な魔術師シャルハットを確実に打ち倒す策となりえるのだ。


「私は、お前の生き方に敬意を持って、この策を信頼し、全ての責任を担い、全身全霊を賭けて実行に至った。だから、揺れるな。お前の能力は私が保証する」


「……」


 静馬は、その言葉で「何か」を取り戻した。

 見えない「圧」が消えていくのを感じる。いや、消えているのではない。それを押し返す力がどこからか湧いているのだ。


 ふと、坂巻燈太を思い出した。

 

 坂巻燈太を連れて、仕事をしていた時も最初はそのような「圧」があった。素人を、連れてなぜ現場に行かねばならぬのか。『超現象保持者ホルダー』は観測の邪魔になると、丁重にお断りしたはずだが、結局静馬の希望は通らなかった。


 ただ、この「圧」は日を重ねるごとに徐々に消えていった。彼に元気付けられたわけではない。きっと、燈太という人間を静馬が理解したからだ。

 彼は静馬にどこか似ていた。

 燈太はまっすぐな現場主義者で、考える人間だった。


 そんな燈太は、今最前線に立っている。彼はここより危険な場所で、命を懸けて頭を回しているんだろう。


 白のスーツに身を包む理由を、会ったばかりの燈太に伝えた動機はもう忘れてしまった。


 ――……俺は、全ての現象を解き明かす。この『皆既食エクリプス』も例外ではない。




「……少し、自分を見失っていました。ありがとうございます。獅子沢指令部長」


「失敗したとて、その時はその時だ。お前を逃がす時間くらいは稼いでやる」


 獅子沢は、そんなことを言いながらモニターに顔を戻した。


「……お言葉ですが、それはお断りします。『黒葬』に必要なのは私よりもあなただ」


 獅子沢はそれを聞き、鼻で笑った。


「お前に時間稼ぎなどできるものか」


「重ね重ね申し訳ありませんが、報告していなかったことがあります。私はある格闘技に心得がありまして、えぇ。中東が発祥の超実践派格闘――」


「あぁ、わかったわかった。それを披露する機会がないことを祈っているよ」










______________________________________


あとがき


更新が遅くなって本当に申し訳ありませんでした。

またペースを戻せるように頑張ります。


p.s. レビューやいいね、ありがとうございます!

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