第123話 襲来する『黄昏の2』
時は玄間天海が、『
『黒葬』本社。指令本部室。
「部長! 伊佐奈紅蓮からの連絡です! 地下4階にて坂巻燈太との合流。負傷したそうですが、命の別状はないとのことです!」
葛城が声をあげる。
「加えて2点の報告です! 1つ目は指名手配中の木原春樹を既に『処理』したそうです。2つ目は、地下4階から電波を妨害するなんらかの仕掛けがあるとのことです」
「電波妨害……、なるほどな。恐らく、結界だろう」
獅子沢は、先の本社襲撃のことを思い出す。
あの時も連絡網が完全に断絶された。今回は攻めでなく守りにそれを使っているということか。
だが、なぜ地下4,5階にそんな仕掛けを行うのか。あまり効果的であるようには思えない。例えば、最下層が複雑な迷路のようになっているとしたら効果的だが、ビルの規模はある程度把握できている。そもそも、連絡を取らせないという目的は『
――地下4階以降に何か、面倒な仕掛けが……?
「部長! 狐崎空が地下4階にて二人と合流できます!」
次は、カレンが獅子沢に声を張り上げ報告をした。
「よし……、合流後は全員で地下5階へ急ぐよう狐崎に伝えろ」
玄間が未だ『
それに、現在地下4階に燈太がいるのはなかなか上出来だ。現在、『共鳴』している不安要素はあるものの、『お導き』のことを考えるとそれが上手く作用するのかもしれない。
――ビルの方は、なんとかなるか……?
こちらが得ている情報を思い返す。
『白夜の魔術団』の戦力は殺人鬼の二人と『黄昏』を名乗る武闘派魔術師の5名。
木原を排除したとなると、殺人鬼の方は既に全員を『処理』済み。魔術師の方だが、一人はビル突入前に、そして、ビル内部で紅蓮と空が一人ずつ、一人は玄間が未だ交戦している。
残るは魔術師一人。しかし、その魔術師は
――今となってはこいつが一番厄介か……。
「――指令本部長。第三関門を突破されました。ハイド課長も応戦しましたが破壊され、あと13分以内にここへ到達するという見込みです」
誰よりも目立つ白いスーツの男、佐渡静馬だ。
「……早いな。魔術か」
「先ほど報告した何か見えない板……いや壁のようなものを出す魔術ですが、落下の際はそれを使って、パラシュートのように高速で移動を試みています。どうやら殺傷能力もあるようで超硬合金製の課長も真っ二つでした」
「……そうか」
現象課長ハイドはとある場所にあるハイスペックなコンピュータ群から提供される超高度なAIだ。機体が破壊されようが、無事である。
『獅子沢部長。このハイドが思うに、あと3分以内、正確には2分43秒以内にここを出る決断をすべきかと思います』
ハイドを表す頭脳とコンピュータのアイコンがモニターに表示され、音声が流れた。
ハイドの計算や演算に狂いはない。本社に配備されたどの防衛機能を用いても奴を遠ざけることはできないという判断だろう。『黒葬』最大の防衛装置、『暗幕』も既に起動させたが、意に介さぬ様子だったという。
「――よっと」
突然、生物課長、幽嶋麗が現れた。
「どうだった」
「……駄目デスねぇ。『
「ふむ……」
『
無論、現在は指令本部室を『オリハルコン』で覆っているため電波妨害に関してはあまり心配をする必要はない。
「魔力切れを狙うとか方法がないことはないデスけど。……無理やり抑えに行きます?」
「……ダメだ」
幽嶋の腕は相当だ。獅子沢はそれをよく知っている。
その幽嶋であれば、魔力切れを狙うという方法は悪くない。しかし、今は場所が悪い。エレベーターが通る通路では狭すぎる。幽嶋の戦闘スタイルは、瞬間移動による攪乱を用いた、投擲物による四方八方からの波状攻撃である。
瞬間移動を使う幽嶋が全力を出すなら広いスペースがいるのだ。
幽嶋の目を見る。幽嶋は、獅子沢が命令を下せば、命を懸ける。強力な魔術師に対して、不利な場所で戦えと言えばそれを遂行する。
それは獅子沢と幽嶋には強い信頼がある故だ。幽嶋は「仮に自身が死んだとしても、獅子沢がそれを必ず生かす」ということを信じている。
「……」
獅子沢に取れる選択肢は二つだ。
まず一つは『黒葬』本社を完全に捨てる。
二つ目は、幽嶋を魔術師にぶつけて本社を守る。
前者のメリットは、人員の被害を減らすことができる。既に本社の人員は最低限を残し、避難済みだが、残る人間は葛城たちを含め優秀な者が多い。現在、ビルの方のオペレートも地下4階より下では電波妨害を受けている以上、あまり効果もない。自身を含めここを捨て逃げる選択肢はある。
加えて、幽嶋をビルの方へ返し、儀式を止める人間の戦力増強をすることも可能。
だが、それによって起きる大きなデメリットに目を瞑ることはできない。
無人の本社に魔術師が来たとして、何もせず帰るだろうか? 否、破壊に次ぐ破壊。本社の状況は壊滅。明日以降の業務に重大な支障がでる。儀式を阻止しても、明日更なる脅威が待ち受けていることだって有り得る。それが『未知』に立ち向かう『黒葬』の定めだ。
後者は単純。メリットは、人員も守り、本社も守れる。
デメリットは失敗すれば幽嶋という生物課のエースを失い、それをオペレートした自分を含めた指令部の部下も本社も全滅する。
――『黒葬』指令部、部長として、後者を選びたい。
だが、失敗がわかっているのであれば、苦渋の決断にはなるが前者を取らねばならぬだろう。押すも引くも、獅子沢の腕に掛かっている。
――……後者を選ぶのであれば、何か策を講じねばなるまい。
今出せる最善は、魔術師を本社まで誘導し、ある程度開けたスペースで戦わせるといったところか。魔術師が『
だが、それでも幽嶋にとっては不利な狭さだ。あの魔術師は間違いなく強い。恐らく勝率は5分以下。
「……佐渡、策はないか?」
獅子沢は静馬の方を向いた。
静馬は、少し考えこむような素振りを見せ、眼鏡を一度持ち上げてから、
「……一つ考えがあります」
と告げた。
「しかし、難易度は高く、こちらが最高のパフォーマンスをしても成功する確証はありません」
「構わん。言ってみろ」
◆
「飽きて来ましたねぇ」
シャルハットは、本社へ向けて、進み続ける。
未だヴォルフからの連絡が来ない。つまるところ、ヴォルフが『
――ヴォルフさんが負ける……ってことはないですか。
ま、知ったことではない。
シャルハットの『義務』は本社を破壊し、皆殺しにし、瞬間移動の内包者をこちらへ引き付けること。結果、儀式がどうなろうが、シャルハットはどうでも良い。
「……また出てこないですかね。ロボットとか忍者とか」
◆
『あと、30秒です。これ以上経過しますと、全員の生存率が大幅に低下します。私は機械ですが、人間に身体のスペアはありません。獅子沢部長、決断を』
「……指令部員は全員退避だ」
獅子沢は決断する。
指令部の人間達は皆手を止めて、獅子沢を見た。
既にその決断を視野に入れていた指令部の面々は皆早急に支度を始める。
しかし、獅子沢にその気配はなかった。
「……部長はどうするんですか?」
「私はここに残る」
葛城の問いに獅子沢は端的にそう答えた。
葛城は目を見開き、獅子沢を見つめる。
「ここからは、ビルの方のオペレーターも、私だけ残っていれば事足りる。お前達は行け」
「……」
葛城は、何か言おうとしたが、意図を理解したように口を強く結んだ。
そして、すぐに本社から去る準備を始めた。
「……か、葛城さんっ」
「カレンちゃん。私達じゃ邪魔になるのよ」
「え?」
「幽嶋さんと魔術師が戦闘するなら……守る人間は少ないに越したことはない。現場の方も地下4階からオペレートができない以上、今の私達にできることはないの」
「……ッ」
「……いや、あるわね……」
カレンは葛城を期待した目でみた。
「作戦が失敗した時のリスクを減らし、立て直すことを考慮して私たちが生存すること」
葛城のその言葉にカレンは下唇を噛んだ。その後、カレンは諦めたようにテキパキと自分の作業に入った。
――それで良い、葛城。
我ながら良い部下を持ったと思う。
「麗。お前はいつも通り私の決断した選択と心中だ」
「はいはい」
幽嶋は肩をすくめて、ひらひらと手を振った。
「……佐渡。お前は良いんだぞ、指令部員と共に退避しても」
「いえ。私が考えた策です。成功率を考えれば、残った方が良いでしょう」
「ハイド。お前もこの作戦の肝だ。スペア実機での待機を」
『……了解しました。このハイド、皆さまのため精一杯に任務を遂行致します』
静馬が話した作戦は確かに、難易度は高く、確証がないものだった。
だが、獅子沢はそれを実行する価値があると判断した。
静馬は獅子沢達にない知識と卓越した発想力で現象課としての務めを果たした。
それに答えるべく、獅子沢は1分足らずという少ない時間で、静馬の考えた策を現実的に実践できるよう組み立てる。静馬の描いた絵図を具現化し、成功確率を最大まで引き上げるのだ。
「――玄間天海を筆頭に、
指令本部室に残ったのは、三名と一機。
「彼が使命を成し遂げた時、帰る場所が無くてどうするか。我らで『黒葬』の本拠地である
ずば抜けた指揮能力を持った指令本部長、獅子沢晴音。
秀でた対応力に加え、経験、力量共に折り紙付きの生物課長、幽嶋麗。
知識に富み、常識破りの発想力を持つ現象課きっての行動派、佐渡静馬。
演算能力に優れ、人にはできぬ危険行動を可能とする現象課長、ハイド。。
「オペレーション『鳥籠』を始動する!」
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~補足~
・幽嶋のワープの対象にオリハルコンを含むことはできません。なので、オリハルコンを持って攻撃というのはできないです。
p.s. 私事ですが、5月は資格試験があるため投稿ペースが週1程度になります。申し訳ありません。
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