第110話 正義の味方

 狐崎空は幼少の時から、かわいい物よりカッコイイ物に憧れた。

 中でも好きだったのが、戦隊ヒーローである。

 恐ろしい敵が現れると、皆を助けるためにやってきて、苦戦しながら相手をやっつける。そんなヒーローに、正義の味方に憧れた。


「うちも手伝う!」


 人助けをするのが、好きだった。

 憧憬するヒーローに近づきたくて、できることからやっていた。

 家事の手伝い。お年寄りに席を譲ったり。そんなことだ。


 空が10歳の時、これは友人達と公園でサッカーをして遊んでいた時の事である。空は運動神経がすこぶるよく、足も速かった。このときのサッカーでも、男子に負けないくらいのプレーを見せた。


「さらちゃん、パス!」


 空は「さらちゃん」という女の子にパスを回した。その子は、引っ込み思案で、運動もあまり得意ではなかった。それでも、一緒に遊んでいるのだから楽しくいて欲しかった。そんな親切心から出したパス。

 もし敵に取られたとしても、空が奪い返せば良い。


「あっ……」


 頓狂な声をあげ、さらちゃんはパスを取り溢した。

 強く蹴りすぎただろうか。もう少し早く声をかけるべきだったかも、と少しばかりの後悔があった。

 さらちゃんは、受け止め損ねたボールを追った。


「ごめーん!」


 空も自分のパスにも問題があったと考え、謝罪を口にしてから後を追う。

 ボールは公園を飛び出した。

 さらちゃんはそれを追う。


「あっ……」


 先に気づいたのは空だった。


 公園を出るとすぐ大きな道路があった。飛び出しては危ない。そう思った時にはさらちゃんは既に道路に飛び出していて、トラックはもうそこまで来ていた。


「あ」


 さらちゃんも気付いたようだ。自身の置かれた絶体絶命のピンチに。


 ――助けなきゃ。


 どうやって。


 ――助けないと。


 早くしないと。


 ――空はピンチに駆け付けるヒーローに憧れた。


 早く。


 ――はやく。


 気が付くと、空は道路に飛び出していた。


 狐崎空が『超現象保持者ホルダー』に覚醒したのはその時だった。


「あれ……」


 気づけば空は公園とは反対の歩道にいた。後ろをみると、トラックは止まっている。足元に目をやると、ボールが転がっていた。

 

 そして、頭から血を流し倒れる少女が目に飛び込んできた。


「え?」


 ――ヒーローに憧れた。


 なぜこうなった。


 道路に出た時、突然、身体中に力がみなぎって、凄い速度が出て。

 その力で、トラックが来る前に、さらちゃんの元へたどり着いて。

 彼女を助けようと押して、その結果。


「嘘」


 トラックから男が出てくる。

 トラックの停止位置は、飛び出した場所から1mも後ろだった。

 

 つまり、止まれていたのだ。


「うちの……せい?」


 現実は厳しかった。


 さらちゃんは、すぐさま病院に運ばれた。意識はあったし、脳などに異常はなかったのだが、空のショックは大きかった。


 空はその日、家に帰らなかった。


 善意で人を傷付けてしまった事実。

 そして、その原因となった謎の超能力。あの時、凄い速度が出たのは偶然や気のせいでないと彼女の本能が言っている。


 10歳の彼女を追い込むには十分な材料に他ならない。


 なにがなんだかわからなくなって、自分の住む町を抜けるほど走った。走り疲れた頃に偶然目についた廃工場に忍び込んだ。空は一人になりたかったのである。

 彼女は真っ暗で、誰もいない廃工場で現実を憂えた。


 これから生きていくうえで、そのつもりはなくても、この超能力が発動して大切な人を怪我させてしまうんじゃないか。


 そんな不安が彼女を苦しめた。

 これではまるでヒーローどころか悪人じゃないか。


「――おー、いたいた。いたぞ、課長!」


 夜も更けた頃、知らない男の声が廃工場の入り口の方からした。


 その後、空の前に現れたのは、スーツを着た二人の男であった。

 一人は目付きが鋭い高校生くらいの少年。隣にいるのは体格が異常に良いサングラスを掛けた男だった。身長は2mを優に越えている。


「……あんたら、誰」


 高校生くらいの男は、


「『黒葬』対人課、伊佐奈紅蓮」


 と名乗った。


「……こくそー? 何それ」


「まぁ、秘密結社だ。簡単に言えば。で、おまえなんか超能力があるんだってな?」


 なんで知っているんだ。そんな疑問が浮かぶ。

 なんだか普通じゃない。


「……だったら?」


 警戒心からか、空の口調は強かった。

 今日の出来事が尾を引いていたこともあるだろう。八つ当たりにも近かった。


「お前をスカウトにしに来たんだよ、俺たちは」


 紅蓮と名乗る少年はそう言った。

 そして、空へ一歩近づいた。


「こないで!」


 空は声をあげる。


「うちは、……誰も怪我させたくない」


 紅蓮と、サングラスの男は顔を見合わせた。


「お前より、倫理観しっかりしてんじゃねぇの?」


「……余計なお世話だ」


 二人はこっちの気も知らずに、話始めた。


「来ないで……」


 一歩下がった。


「どーします? 課長」


「……そーだな。空ちゃんだったかな?」


 サングラスの男が話しかけてきた。


「何……」


「俺達はよぉ、世界征服を企む秘密結社なんだ。で、空ちゃんを捕まえようってわけ」


「課長?!」


「主にこいつが」


「おい!」


 サングラスの男はとんでもないことを口にした。

 世界征服? 怪しいと思ったら、とんだ悪人じゃないか。


「おら、紅蓮、とっ捕まえてこい」


「えー」


 紅蓮は、サングラスにそう言われると空の元へ少しずつ近づいてきた。

 よく見ると、悪人面だ。


「ほら、食っちまうぞー」


「……ッ!」


 ――駆けた。


 力の制御もできずに能力を使ってしまった。「あ」と思う頃には、空はかなりの加速をしていた。このままでは紅蓮にぶつかってしまう。

 減速の方法もわからない。


 ――うちは、またッ……!


「――大丈夫だ」


 ドンと、何かにぶつかった。空は大きな樹にぶつかったのかと思った。それほどまでに大きく、力強い印象を受けたからである。

 上を見上げた。空を受け止めたのは、サングラスの男だ。


「あ……れ?」


 かなりの加速をしていた自覚があった。それをこんないとも簡単に受け止めることができるのか。

 

「俺も、君と同じ超能力者だ」


「うちと同じ……超能力者?」


「そう。さっき言った世界征服なんてのは嘘だ。俺達は、超能力者を保護する組織。そして、超能力で人を救う。それが『黒葬』だ」


 サングラスの男は優しい声でそう言った。


「訓練すれば、人を傷付けることもなくなる。何にも心配いらないんだ。もし何かあっても、こうして俺が止めよう」


 人を傷付けてしまうのではないか、そんな大きな不安が空を覆っていた。それが今、吹き飛んだ。


「さぁ、家に帰ろう。お家の人が心配している」


 人を傷付けずに済むだけではない。

 『黒葬』という組織は、超能力で人を救っていると男は言った。

 自分の能力で人を救うことができるなら。


 憧れたヒーローのように。


「うちも、『黒葬』に入りたい」


 正義の味方に憧れた。


 ◆


 走馬灯。

 こんな時に思い出したのは、自身の原点だった。


 ――正義の味方。


 左足が踏み出せない。倒れ行く身体。


 「動け」と、頭の中で叫んでみてもビクともしない。自分の身体ではないか思うほどに動く気配がない。頭もぼーっとする。


 負けを悟ってしまった。


 悔しい。

 こんなとこで終わるのは。

 


 でも、動かない。


 空の身体は限界だ。


 諦めという言葉が頭をよぎる。


 そんなときだった。

 ノイズが聴こえた。イヤホンからだ。


『――ばれ』




 ――戦隊ヒーローのピンチを救うのはいつも。




 『頑張れ、ァああああああああああ!!』




 ――誰かの声援だった。




 そのカレンの言葉は空の心に火を付けた。


 ――そうだ。


 一人じゃない。

 今はカレンがいた。

 カレンの思いを背負っていた。


 そのカレンの言葉は、目に強い意志を宿らせ、魂を呼び起こし、


 ――うちは!


 足を一歩前に進ませた。


 ――正義の味方だろう!


「『――轟く迅殺の槍ボルト・スピ――」


 ――この悪党を遠く彼方までぶっ飛ばせ!


 再加速。

 稲妻の如く、空は駆け抜けた。


「ぐあァッ!!!!」


 生み出されたとてつもない衝撃波が魔術師にぶつかり、男は広間の奥までぶっ飛ばされた。


「ハァ……ハァ……」


 空は停止すると、そのまま地面に倒れた。


 ◆


 大きな衝撃を受け、宙を飛び、敗北をアーケルトは悟った。

 なぜ、電撃が空に当たらなかったのか。そんなことはわからない。

 

 ただ、これが現実だ。


 自分の負け。それが現実だ。


 くそくらえだ。


 ◆


 空は魔術師を倒すと、地面に倒れたようだった。

 カレンの前のモニターが写すのは地面のみ。


「……狐崎?」


 返事がない。

 嘘。


「狐崎?! ねぇ! 狐崎ってばッ!!」


 カレンは泣きそうになっていた。空の返事を求め、何度も声をかける。




『……じゃないんスか?』




 そんな言葉が返ってきた。

 嬉しさと、咄嗟に出てしまった下の名前の件の恥ずかしさとか、ほっとした色々な感情があふれ、


「バカッ!!」


 悪態をつく他、カレンにはなかった。


『……ありがとうッス』


「…………こっちこそ」





 しばらくすると、空がむくりと身体を起こした。


『ん?』


 空は何かをみつけたようだった。カメラにも何か映っている。


「紙……?」


 一枚の紙きれが空の近くに落ちていた。空はそれを拾った。魔術師が落としたものだろうか。


『……英語ッスね、えー、イフゥー、アイー』


「……読んだげるから、カメラに映して」


 空はすぐに諦め、カメラに紙を向けた。


「何々……、『私が死んだのならば、下記の口座の全額を孤児院に寄付して欲しい』」


 紙には、恐らく外国の銀行口座の名前と、暗証番号が書かれていた。


『……』


 空は黙っている。


「……『アーケルトより、親愛な――』」


 そこでカレンは読むのを止めた。


『親愛なる、なんスか?』


「あ、いや、なんでもないわ……」


 アーケルトよりの部分で止めておけばよかった。ここから先を読むのはあまりに。


『いいっすよ、読んで。別になんとも思わないッスから』


「……『親愛なる俺をぶっ殺した正義の味方様へ』」


 憎い奴だ。本当に。頭に来る。

 孤児院への寄付。そんな言葉を残すのも頭に来る。

「お前らは正義の味方なんだから、俺の口座勝手に使う訳ねぇよな?」と言われてるようで、なんというか釈然としない。


「空……、こいつは、悪人で。その、こんな手紙残してるけど――」


『いや、ぶっ殺したのは本当っスからしゃーないッスよ』


 カメラからは、空の表情は見えない。


『こいつにだってなんかの信条とか、良いとこだってあったはずなんス。ただ、総合的に悪人だからこうなって、うちが殺すことになった。うちも多分、総合的に善人なだけ。いやそうあって欲しい、そんなもんスよ』


「空……」


 強いなとそう思った。

 自分と少ししか歳が違わないのに、強い少女だと。




 そう。

 今まではそう思うだけだったろう。

 ……違う。


「……強がんないでよ」


『……え?』


「こいつは私とアンタでやっつけたんだから、その十字架も半分よ。私とアンタで半分。いいじゃない、別に一人で抱え込まなくても」


 空は黙っていた。

 そして、カメラが突然、天井を映した。


『……はぁー』


 空は、大きく息を吐きながら、後ろに倒れこんだようだ。


『なーんか、今日はカレンちゃんに助けられてばっかッスね』


「……そう?」


 正直、作戦を組んだりはしたが、ほぼ空の功績という風に思う。

「助けられてばっか」というほど、助けることができたとは思えない。

 ずっと、見守っていただけという感じだ。そういえば、最後に勢い余って声がでたりもしたが、邪魔にならなかっただろうか。


『……そうッスよ、助けられてばっかッス。ほんと』

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