第97話 確信犯(正)
「――魔術は人を救う」
「あ?」
『
「魔術の祖、ゼフィラルテ・サンバース様がもう一度この世へ現れれば、すべての人間は魔術によって救済される……」
そう男は続ける。
「……なんのつもりだ。宗教勧誘にしちゃあ雑だぜ?」
「……お前への慰めだ」
男はさらりとそんなことを言い放った。
「お前が死んだ後の世界はとても豊かになるだろうからな。安心して死ぬと良い。お前は俺の『試練』となり、役立つ。すなわち、尊い犠牲だ」
呆れる。こんな根拠のない糞みたいな思想で、人を殺しているのか。
魔術団には宗教的な面があると聞いていたが、こんなにどっぷりとは思わなかった。
「何言ってやがる。お前らはニューヨークでテロを起こした。仲間を殺した。その先にどんなお花畑を想像してんのかは知らねぇが、すべてが間違ってんだよ、ボケ」
「吠えるが良い。お前は俺の『試練』に過ぎない。超えるべき『試練』だ」
「……そうかい」
再び呆れる。
無関係の人間を散々虐殺し、自身は選ばれた救世主気取り。吐き気がする。
自分の行いが正しいと信じて疑っていない。この男はあと何人殺してもそういうことを言うのだろう。盲信的。
「陽光よ、どうか我にご加護を……」
男は祈りを捧げた。
「――『黒葬』執行部対人課、伊佐奈紅蓮」
紅蓮は構える。
男は祈りを終え、紅蓮を見据えていた。
「てめぇを『処理』する」
紅蓮が踏み出すと同時。
男は呟いた。
「『
「ッ!!」
嫌な予感がした。紅蓮は右に思い切り飛ぶ。
次の瞬間、先ほどまでいた場所に爆発が起きた。
「……避けるか」
魔術を避けられても、全くもって動じない男。
対して紅蓮の中には、ある強い感情が芽生え始めていた。
「テメェか……」
爆発の魔術。
「春奈を殺したのはよ……」
月野春奈。紅蓮の前で無惨にも殺された少女。
その死因は爆発によるものだった。
「……『器』を受けた、あの少女のことか」
男は表情を一切変えない。笑うわけでもなく、同情するわけでもなかった。
「あれは運命で、必要な犠牲だったのだ。……ゼフィラルテ様から科せられた、俺が人を殺めるという『試練』だ」
そう告げ、
「とはいえ、彼女も本来関わることのなかった神聖なる魔術に触れ、さぞ幸せだったろう。若くして死ねど人生の収支はプラスで終わったはずだ。ゼフィラルテ様の偉大さに触れるのは非常に光栄なことであって――」
「……クッ」
紅蓮はくつくつと笑った。
「何がおかしい」
男は言葉を止め、紅蓮に笑う理由を問いかけた。
「……俺はよ、いっつも揺れんだ。『やりてぇこと』と、『やんなくちゃいけねぇこと』で……」
私情と、使命。
男は表情を崩さぬまま、紅蓮を見る。
「でも、仕事だからよ、俺は『やりたいこと』をかなぐり捨ててでも『やんなくちゃいけねぇこと』をする。どんな糞ったれでも、仇でも、生かす必要があんなら生かす……」
紅蓮にとって、その使命は過去への「贖罪」。紅蓮は過去、私情に流され人を殺した。『
それは使命がなかったからだ。自分の信じる「正しさ」もなければ、力の使い方も知らなかった。今は、自身の「力」を縛る使命がある。その「力」をどう使うべきかを知っている。
それが『黒葬』の仕事だ。
使命のために戦う。
その点は、この男と同じなのかもしれない。
だが、魔術団のしてきた、虐殺に正しさを見出すことはできない。
だから、紅蓮は魔術団を真っ向から否定する。
だから、紅蓮はこの男を真っ向から拒絶する。
「最終通告だ。俺をこっから出せ。そうしねぇなら早く出るために、テメェを殺す」
「変わらん。死ぬのはお前だ」
「……そうそう」
紅蓮は首を曲げ、指をパキパキと鳴らし始めた。
「『やりてぇこと』と、『やんなくちゃいけねぇこと』。それが重なったとき、一番脂が乗るぜ……クソボケ」
春奈の無念を晴らし、魔術団の儀式を阻止する。
私情と使命。
その両方きっちりこなす。
この二つの要因は、紅蓮の心に激しい炎を灯す十分な理由になりえた。
「ぶち殺してやる……」
「『
紅蓮が足を踏み出す前に男は唱えた。
今度は
爆発が紅蓮に直撃する。爆風と熱風は紅蓮の腕を飛ばし、身を焦がす。爆発によって辺りは土煙で覆われた。
「……他愛のない試練だった。陽光よ……」
男は直撃を確信し、再び祈りを捧げようとする。
『
その能力は、肉体の超再生。
男が祈る暇なく、紅蓮の身体はみるみるうちに再生した。
「何だと……ッ?」
土煙から、飛び出した紅蓮。
「もらった……ッ」
間合いを詰め、拳を握る。
構えが素人だ。恐らく近接戦の格闘術には正通していない。
土煙が紅蓮に不意打ちの機会を与えた。狙う顎。一発で仕留める。その後殺す。
この距離は既に紅蓮の間合いだ。
ここで先ほどのように爆発魔術を使えば、この男もただでは済まないだろう。
反撃もできな――
「――『
「ッ!」
――この距離じゃ、テメェもただじゃ……!
紅蓮はその身体を再び吹っ飛ばされた。流石に今回は威力を落としているようだ。受け身を取って、再び男を視界にとらえる。
先ほどまでの損傷はない。すぐに完治した。
「なッ!」
紅蓮の前に立つ男は――
「……ふゥ」
右腕が吹き飛んでいた。
男は、痛みに呻く様子ない。冷汗を流している程度で表情は先ほどまでと変わらない様子。
この男は、自分の腕を吹っ飛ばしてまで、攻撃をかわしたのだ。紅蓮とは違い再生する素振りはない。
――コイツ……。
紅蓮が戦闘に於いて持てるアドバンテージは自身の身を、容易に危険に晒せる点である。
普通の人間には、これができない。戦闘の最中それが最善の選択であったとしてもだ。敵に腕を捕まれた瞬間、自身の腕を切り落とせる人間などそういない。
回復の見込みがないにも関わらず、戦いの中で自身への大きなダメージがあるような選択を取ることができるような人間。
それは、経験上2パターンに分類される。
一つは相手に強い殺意、強いこだわりがある人間。それで、差し違えるような真似ができてしまう。例えば仇。そういう因縁の元に成り立つ覚悟によって、きわどい選択肢を選べてしまう。
二つ目。
「――これも『試練』だ……」
とびっきりにイカれた奴。
もちろん、この男は、後者。
――こういうやつが一番厄介……。
男は額から流れる冷や汗を、残った片腕で拭った。
「……しかし、今のでわかった。お前はすぐに怪我が治る『魔術内包者』だな」
敵にこっちのタネは割れた。
もう、能力を使った不意打ちはできない。
恐らく、ここからは。
「であれば、お前をもう近づけないよう爆破し続けるだけのことだ」
「……爆発で俺を止められると思ったら大間違いだぜ」
――泥沼。
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