第94話 一触即発

「……『白夜の魔術団』?」


「あぁ、そうだ。『極夜の魔術団』というのはあくまで仮の名にすぎない。現在、奴らは『白夜の魔術団』と名を変え、ある儀式を行おうとしている」


「課長、ある儀式ってのはなんなんスか……」


 空は、そんな疑問を玄間にぶつけた。声にいつもの陽気さはない。春奈の死を知り、怒りが語調に出ていた。


「通称『プロジェクトRising・Sun』。奴ら魔術師が太陽として崇める魔術の祖、ゼフィラルテ・サンバースという魔術師を儀式によって蘇らせること。それが目的だ」


「……蘇らせるか。……課長。俺はいまいち納得いかねぇ。確かに死者を蘇らせるっつーのは普通じゃあり得ないことだが、『お導き』には秩序が崩壊するとあった。本当に『白夜の魔術団』が『お導き』に関係する『白』の組織か?」


「まぁ、100パーセント『そうだ』とは言い切れない」


 玄間はそう言う。

 紅蓮の言う通り、『お導き』には、『白の名を持つ集団』と『黒葬』が戦い負ければ、組織だけでなく秩序が崩壊するとあった。人を生き返らせるだけで、秩序が崩壊するというようなことがあるのだろうか。


「じゃあ、そのゼフィラルテって奴は一体どんなことが出来るんスか……?」


「魔術師曰く、ゼフィラルテ・サンバースは、魔術の全てを作り上げた男。現在使われる魔術のほとんどは、彼が考案したものであるそうだ。魔術団を結成して数百年、今だゼフィラルテを超えるどころか、並ぶ魔術師すら現れないという話もある。魔術界における大天才にして原点……ってな。

 まぁ、魔術団には宗教的な一面がある。話に尾ひれが付くのはよくあるこった。全部が正しいとは限らんだろう」


 魔術の技術については、知る由もないが、玄間の言うことは最もである。昔の逸話が事実と大きく異なるのは多々あることだ。


「ただ、これは魔術団にとって大いなる『きっかけ』になる。あらかたの魔術師は俺が『処理』した。だが、あくまであらかた・・・・だ。今都内にいる選りすぐりの魔術師はもちろん、俺達にとって恐れるに値しないレベルの魔術師でも、一般人にとっては脅威となる」


 ――そうか。ゼフィラルテが凄いのかはどうあれ、組織としての厄介さが増す……!


 ゼフィラルテは、魔術団にとってのシンボルかつ信仰の対象。

 蘇ったゼフィラルテの力が絶大でなくとも、魔術団は活気付く。いわばジャンヌ・ダルクだ。その先にある未来がどんなものか、最悪の展開は考えられる。

 死傷者300人を超えたニューヨークテロ。これが、いや、それ以上が引き起こされるかもしれない。


「そして、もう一点」


 玄間は指を立てる。


「蘇らせる、これの解釈・・にはいろいろある」


「……解釈?」


 人を蘇らせるということにどんな解釈があるか。それにどんな意味があるか。燈太は様々なことを考えた。

 復活、魂を戻す、肉体の蘇生、怪我を治す、肉体を元に戻す、死ぬ前へ戻す。

 『戻す』。


「――『アトランティス』人が危惧していた、時間への干渉……ですね」


 そう言ったのは静馬だった。玄間はうなずく。

 生き返らせるというのは確かに、ある種の時間への干渉、そして操作である。


「『アトランティス』人が感知していた時間操作の『UE』。これが『蘇生という時を戻す魔術』に関する『陣』生成で発生した『UE』だとしたら?」


 蘇生という時間の操作ができたからといって、自由自在に時間操作ができるようになり、『アトランティス』人の言う恐れていた事態が起こる……とまでは考えにくいが、少なくとも警戒は必要だろう。

 ここまでで『お導き』、『アトランティス』人の警告。これが『白夜の魔術団』とつながった。


 『白夜の魔術団』が『白』の組織として今後秩序を脅かすと考えて良い、十分な判断材料がある。


「俺は、お前らを『アトランティス』に送り、強襲があれど帰還命令を出さなかったことに後悔はしていない。月野の件、いや、それだけじゃない、調さん、多くの人死にが出た」


 調が死んだことも葛城から聞いた。

 燈太が入社直後から様々なところでお世話になった人だ。『アトランティス』へ行く前に背中を押してくれた。


「それをどう捉え、どう前へ進むかはお前ら次第だ」


 玄間はそう続け、紅蓮を見た。


「……やってやる」


 紅蓮は、自身の血を拭い、


「……俺は『黒葬』として、春奈の弔いより先に魔術団を『処理』する。それが俺の贖罪しごとだ」


 強い意志を持った目でそう言い放った。


「……うちは『白』だろうがなんだろうが、どうでも良いッスよ。ただただ魔術団を野放しにしておくのにはもう耐えられないッス……。真っ向からぶっ潰す。それがうちがやるべき『正しいこと』ッス」


 空もはっきりと、力強く答える。


「それで良い」


 玄間はうなずいた。


「――了解した」


 獅子沢が、イヤホンから何かを聞き、


「天海。月野を遠隔で爆破したときに発生したと思われる微少『UE』を特定した。都内のビルだな。調査したところ、そのビルには不審な点が多い。恐らく『当たり』だ」


「よし。俺達は今すぐにそこへ向かう。情報共有、作戦は最低限で済ませろ。細かいとこは移動中で良い。……あと、燈太君。君に話がある」


「え、はい!」


 急に、玄間に名を呼ばれ、驚きつつ返事をした。

 玄間、燈太以外の社員はそれぞれ次にやるべきことをすべく動き出す。

 受付近くの廊下に取り残されたのは燈太と玄間だけである。玄間は燈太へ近づいた。やはり大きい。見上げなくてはならなかった。


「燈太君。『お導き』には『命運分かつは、新たな『星』である』、そういうことが記されていた。覚えているか?」


 玄間は重々しく口を開いた。


「えぇ。確か、その『星』が俺かもしれないと……」


「そうだ。月野が亡くなった今、『新たな「星」』というのが君の可能性が非常に高い。俺達、対人課は今から『白夜の魔術団』の本拠地に乗り込む。

 ――どうか、君に同行して欲しい」


 玄間は、燈太をまっすぐ見つめ言った。


「君は執行部だが、対人課じゃない。……はっきり言って、ここから殺し合い、戦場へ足を運ぶのも同然だ。そのうえで頼む・・・・・・・。同行してくれないだろうか」


 命の保証はない。

 そこに魔術師という明確な悪意がある以上、『アトランティス』よりも危険だ。

 そして、その魔術師は恐らく対人課の面々ですら、苦労する相手。


「俺は」


 燈太には戦闘能力はない。

 自分に一体何ができる。

 本当に命運を分てる力が自分にあるのか。


 ふと調の言葉を思い出した。

 生前、『アトランティス』調査に行く前、掛けてくれた言葉だ。


 ――好奇心は猫を殺す。君の性格は道を間違えれば死を招く。

 ――しかし、人を生かしてきたのは好奇心に他ならない。

 ――君の好奇心それはなくすなよ。君を生かすものなのだから。


「行きます……」


 『自分に何ができるのか』。

 それを自分で確かめるのが燈太だ。

 その事実を、未知を、探求する。好奇心という諸刃の剣で。

 『白』の組織。その先に何がある。何が待っている。


「行かせてください。俺に何ができるか知りたいです……」


 端から危険は承知。

 そもそも、そういう意志で『黒葬』に入社し、執行部へ所属した。

 その心は今も変わらない。


 多分、昔から・・・そうだ。


 玄間は返事を聞き、呆気を取られたような顔をしていた。


「……正直、断られると思っていた」


「俺も、『黒葬』社員の一人ですから」


 燈太は不敵な笑みを浮かべる。

 玄間は、ニヤッと笑った。


「できる限り君を守ることは誓う。共に『白夜の魔術団』の儀式を阻止しよう」


「はい!」


 玄間の出した手を燈太は握った。


 ◆


「さーて、持ち場に付きますかねぇ」


 決起集会を終え、『黄昏の2』シャルハットを含む『黄昏部隊』計5名と殺人鬼2名は儀式を行う、地下5階を後にした。

 儀式は、『供物』の下準備など開始まではまだ時間がかかりそうだ。今までの経験からして、『黒葬』も儀式が始まるまでは、恐らくこの場所を特定できないはずだ。

 守る体制を万全にする時間は大いにある。


「――シャルハット。お前は今から『黒葬』本社へ向かえ」


 と、考えていた矢先、『黄昏の1』ヴォルフはそんなことを口にした。


「え、それは一体どういう……?」


 流石のシャルハットも疑問を口にせずにはいられない。


「ミーシャ。お前がやった相手は、瞬間移動が使えるんだったな」


「あ、はい。そうです。凄いちょこまかされて、惜しいところで逃げられてしまいました」


 『黄昏の6』ミーシャはそう答える。恐らく、陽動の時の件だ。こっちは空飛ぶ『魔術内包者』とスナイパーが現れた。


「――逃げられた? 逃げたんだろ? お前が」


 揚げ足を取ったのは『黄昏の4』アーケルトだ。


「あぁ?」


「事実だろ? イキって真っ先に『皆既食エクリプス』でタイマン張って負けるっつーのはどうなのよ? ミーシャちゃんよぉ。あ、怪我治ったぁ?」


 アーケルトは、これでもかとミーシャを煽り倒した。


「まぁまぁ。三番手のビヨンデさんが敗れている以上、強い人がいるのは当然です。まあミーシャさんが弱いのは事実ですけど」


 シャルハットは応急処置程度のフォローをミーシャにする。


「ッ……」


「話を戻しますけど、……で、ヴォルフさん。なぜ、私が本社へ?」


「瞬間移動持ちの『内包者』がいると、ここで戦うのは厄介。下手をすると、儀式の祭壇まで直行される。だが、『黒葬』がここへ来たタイミングで、お前が本社を攻めれば、瞬間移動持ちは恐らくそっちへ跳ぶ」


「なるほど。だから私なんですね。そこそこ強くないと、瞬間移動の『内包者』を応援で呼んでくれないから」


「そうだ。それにあっちは今日で仕事が終わりじゃない。間違いなく、本社には戦力を割く」


 一見すると、今からは魔術団の防衛戦にみえるがそれは駒の使い方による。『黒葬』は恐らく日本における超法規的な治安維持組織。『黒葬』にとって魔術団はあくまで障害の一つ。彼らは日本人らしく、明日以降も仕事をする必要がある。

 絶対に本社へは戦力を割く。


「了解です。じゃ、私は本社へ行きますねー」


 シャルハットという戦力が減るのは大きいが、まあヴォルフがいるなら大丈夫だろう。加えて、本社との距離はそこまで離れたものではない。最悪戻ればよい。


「シェパード。お前は俺と地下1階。アーケルト、お前は地下3階。木原、篠崎は残りの地下2階、4階を守れ」


「……了解した」「うい」「わかりました」「おっけぇ」


「あ、……私は」


 ミーシャの名前が出ていない。ミーシャはうろたえながらヴォルフに声を掛ける。


「ミーシャ。お前は地上入口付近で煙を焚いて、正確な人数を俺達に伝えろ。それによって『皆既食エクリプス』を張るタイミングが変わってくる」


「……はい。わかりました」


「でも、ヴォルフさん。俺んとこまで来るんすかね?」


 アーケルトは、頭の後ろで手を組みながらぶっきらぼうにそう聞いた。


「理想は俺とシェパードで全員始末する。ただ、あっちに『内包者』がいる以上取り逃がすかもしれん。人数によっては、『皆既食エクリプス』を使って確実に対処しろ」


「了解でーす」


「……俺の予想では、アーケルト。お前の元にも敵が来ることになる」


 『黄昏の5』シェパードが、返事以外で初めて口を開いた。


「……あ? なんでだ」


「これはゼフィラルテ様からの『試練』だからだ。それは平等に訪れる。そして、その先に儀式の成功があり、我ら魔術団の栄光が待っている」


 苦笑いを浮かべるアーケルト。シャルハットもシェパードは宗教臭くてやってられない。ヴォルフもそれに反応は示さなかった。

 同調するのはミーシャのみであった。

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