第95話 開戦

「――こちら、遊佐! 上空より報告。問題のビル入口からなにやら霧? もしくは煙のようなものを確認!」


『わかりました!』


 生物課、遊佐飛鳥。彼は重力の方向操作を可能とし、空を自由に飛ぶことができる『超現象保持者ホルダー』である。

 生物課であり戦闘員ではないので、ビルに入るようなことはしないが、対人課のサポートを先日の鑑心との任務から続けている。

 ちなみに、オペレーターは同じく生物課、藤乃が担当しているようだ。


「課長が言ってた煙の魔術師かな……」


 飛鳥は、もちろん魔術団や魔術師に関しては専門外なのだが、作戦会議に参加し情報は共有している。課長の幽嶋が取り逃がした魔術師がそのような魔術を使うという話だった。


 飛鳥は、地上に目を凝らす。

 遠くから、大型トラック1台。あとに続けてバンが一台来ている。恐らく、あれが本命。突入部隊だ。

 大通りにも関わらず、他の車が一台も通っていないのは、現在この周辺を封鎖したからだ。そのうえ、ガスの発生か何かを理由に、住民は家からでないように指示を出したらしい。

 流石、国営。規模が違う。


『ごめんなさい、オペレーター変わります!』


「はい! 了解です!」


 ◆


「こちら藤乃。聞こえますか?」


『聞こえる!」


 現在、ネロはシールと共に大型トラックの荷台で待機している。

 オペレーターとして次に藤乃が担当するのはネロだ。もちろん、突入はしない。彼女はまだ幼い。はっきり言って今から起こるのは、人殺しだ。これに大きく加担させるわけにはいかない。


 ただ、彼女には類い稀なる嗅覚がある。

 その嗅覚でこの煙の中にいる魔術師の臭いをかぎ分けてもらう。


 課長幽嶋曰く、あの魔術の煙は音を消す効果を持っており、足音、恐らく音波などを頼りに人数や行動を把握するのは不可能ということだった。しかし、幽嶋の読みでは空気がある以上、臭いであれば判別可能ではないかという。

 よってネロの嗅覚に頼ろうという訳だ。

 彼女と1匹はこれが終わり次第そのまま生物課の研究所へ帰ることになる。この一手を終えれば、恐らくもう魔術団が潜伏するビルは、凄惨な戦場と化す。


「……じゃあ、ネロちゃん、外にでてくれる?」


『わかった!』


「あ、絶対煙に触ったり、近づいたりしちゃダメだからね?」


『うん!』


 この距離や地形を考えると閉じ込める結界『皆既食エクリプス』をネロ相手に使われることもない。


「ネロの準備、整いました!」


 指令本部室、全体に聞こえるよう藤乃声をだす。

 それを聞いた指令部、時雨沢カレンはうなずき、


3速・・


 そう、マイクに口を近づけて言った。


 ◆


「?!」


 ミーシャの魔術、『覆い隠す白煙スモーク・アウト』は煙を作り出し、その中の状況を完全に把握することができる。現在、ミーシャは銃を構え、敵が煙に入るのを待っていた。


 今、敵が確かに煙に入った。それもミーシャの目の前を横断した。しかし、ミーシャは発砲しない。いや、出来なかった・・・・・・


 その横断速度が車の比ではなかったのだ。恐ろしい速さで煙の中をぶっちぎった。


「『魔術内包者』か……!」


 幽嶋とかいう瞬間移動野郎ではないが、これはこれで瞬間移動のようなものだ。銃で撃ち抜ける速さじゃない。

 ただ、何もできていないのは相手も同じこと。悲観することじゃない。


「……これは、試練だ。ゼフィラルテ様のため」


 ミーシャには、魔術の才があった。それで、両親のため、家族で信仰している、神に等しいゼフィラルテのため、この場に望んだ。


 彼女は本来『黄昏の6』ではない。


 本当の『黄昏の6』は、NYテロを担当し、行方不明となった。

 ミーシャは補欠隊員だったのだ。事故や病で『黄昏部隊』の隊員に何かあったときに仕方なく採用される枠の魔術師。それがミーシャだ。

 あと一歩のところで選ばれず、恐らく出番はないだろうと落胆していた。


 だが、本来の『黄昏の6』が消え、ミーシャに活躍する場が与えられた。

 彼女にとってこれは、大きなチャンスだった。

 いや、これは神と等しき、ゼフィラルテ様が与えてくださった試練だ。祈りを捧げ続けて約20年、深い信仰心を認めてくださったのだ。


「もう失敗はできない……!」


 銃を握りしめ、


「ッ!」


 銃を構える。


 ――1人だ……!。まずはこいつから。


 煙の中を一人の男が歩いてくる。身長は2mを超えていそうだ。

 歩く速度は極めて遅い。罠だとわかるだろうに、平然と、余裕を持って。


「どいつもッ、こいつも、なめやがって……ッ!」


 ミーシャは銃を発砲した。

 

 命中。弾は確実に男の額に命中した。『覆い隠す白煙スモーク・アウト』の効果もあって、弾を外すようなへまはしない。


「よしッ!」


 無線を繋ぐ。


「ヴォルフさん! 一人殺り――」




 次の瞬間、大男が目の前に立っていた。




「長生きしてぇなら禁煙した方がいい」


 ミーシャは再び銃を向けようとしたが、次の瞬間には。


「ぇ?」


 腹に大穴が開いていた。


「来世じゃ、気を付けるこった」


 ミーシャの煙が晴れていく。口からタバコが落ちた。


「な……んで」


 ミーシャは崩れ落ちるようにして、その場に倒れた。

 死ぬ。

 痛みよりも寒さが先に来た。

 血が出ている。大量に。


 意識と魔術が消えかかる最中、彼女の強い信仰心は、一つの無理を可能とさせた。

 薄れゆく煙が急激を拡散させたのだ。それによって、今、車から降りたばかりであろう敵の姿をも正確に捉えることに成功した。


「――6人です……」


 力を振り絞り、煙に入った人数を伝え、


「陽光よ……わた……」


 祈りを済ませる前に、ミーシャは意識を失った。

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