第88話 信用と疑惑

「――葛城さん!」


「カレンちゃん? どうしたの?」


 指令部のカレンが、指令部長、課長を交えた作戦会議を行っている中、葛城を訪ねにやってきた。


「執行部対人課の月野春奈との連絡が取れません!」


「えぇ?!」


 春奈は確か、かなりのケガを負っていたはず。


「伊勢原導治さんが、外へ行くのを見ているので自分の意思で外へ出たようですが、電話も切られていますし、GPSも探知できないよう破壊されているみたいです……」


「一体どうして……」


「……獅子沢、魔術団が日本で観測されてから『黒葬』に何人が入社した?」


 玄間が獅子沢に問う。それが今、何の関係があるのだろう。


「……坂巻燈太は魔術団の動きを捉えた同日。それ以降だと月野春奈の一人だけだ」


「まさか……」


 幽嶋が何かを察したように声を出す。

 そこで葛城も、課長らが何を言わんとしているかを察した。


「は、春奈ちゃんが魔術団のスパイと、そう言いたいん……ですか?」


「魔術団は何らかの方法で、ここを特定した。その方法としておかしな話ではない。月野が『超現象保持者ホルダー』であることは間違いないが、そこに魔力が関係しているかなど、私達には判断が付かないからな」


「……じゃあ、春奈ちゃんは私達を騙していたってことですか……?」


 獅子沢の推理は確かに筋が通っている。春奈とはまだ何度も会話したわけではないが、ただの年頃な女の子。そんなイメージだ。そんな彼女が……。




「――いや、そうとは言ってねぇ」




 葛城の春奈を疑う言葉を否定したのは、玄間だった。


「対人課に所属したってことで、月野の情報には目を通した。外人ならともかく純日本人で『黒葬』相手に経歴の詐称は不可能だ」


「た、確かに……」


「そして、魔術団には宗教的な面があるが、それが栄えてんのは支部がある欧米が主だ。信仰者に日本人はほとんどいない。彼女には渡航歴すらも一切なかった。魔術団の宗教的な面からの接触もほぼあり得ないだろう」


 玄間は続ける。


「極めつけは調の質問だ。入社面接で能力を使い、しっかりチェックしろと伝えてる。それを通ってんだったら魔術団との関わりを隠してたってのはあり得ない」


「つまり、利用されたということですか……?」


「十中八九そうだろうな。もし魔術による精神操作やら記憶操作があるとするなら、それは『演算装置ハイド』のアップデートが完了すれば確認できる」


「んー。となると、なんで今探知できないようにしてまで、出て行ったんでショウね?」


「自分が利用されていたことを魔術団関係者、福田との接触で知った。それに責任を感じてというのが妥当な線だろうな。……福田は魔術に使う『器』を譲渡する魔術師がいると言っていた。それが関係しているかもしれない」


 獅子沢は春奈の行動原理をそう推理した。


「……あの、部長。春奈ちゃんは、どうなるんですか?」


 実際、故意にせよ、不本意にせよ春奈が『黒葬』の場所を伝えてしまったのはほぼ確実である。その処遇は葛城が決めることではない。


どうもしない・・・・・・。こちらは人手が足りないんだ。ただ、月野の動きがバレるなら、それを逆手に取ることもできる」


「月野は貴重な戦力だ。対人課としてしっかり働いてもらう。無茶する前に探し出せ」


「は、はいっ!」


 ――春奈ちゃん! なんとしてもあなたを連れ戻してみせる!


 ◆


 春奈は『極夜の魔術団』と初めて接触した場所近くの公園に移動し、一人ベンチで夜食を取っていた。


「来ねぇし……」


 かといって『黒葬』に帰ることはできない。


 今帰ったところで、春奈はスパイと疑われ、足を引っ張るだけだ。春奈の潔白を証明するものなどないのだから。

 できることをしなければならない。自分の力で「仲間」と証明するのだ。

 元はといえば、『極夜の魔術団』の甘い誘いに乗った春奈が原因だ。 

 今日で過去を清算すると誓った。

 根気強く待つのだ。


【『アトランティス』調査隊、帰還まであと14時間】

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