第84話 権謀と脱出

「で、話ってのは?」


 『暁の6』ハールトの前には、殺人鬼の木原、篠崎がそこに立っていた。二人がハールトに「話がある」と連絡してきたので、ハールトの潜伏する部屋へ招き入れた。念のため、『黄昏の2』シャルハットにも声をかけ、同席してもらっている。


「あなたと取引をしたい」


 木原はそうハールトに告げる。シャルハットは少し驚いた顔をしてから、何か面白いことが起こりそうだと言わんばかりに笑みを浮かべた。


「取引だって? してるだろう? 『極夜の魔術団』に協力する代わりに、君たちに力をあげて、衣食住を提供してる」


 シャルハットとは真逆。ハールトとしては、面倒の一言に尽きる。


「それは、『極夜の魔術団』との取引です。僕が、今持ちかけている取引は、あなた個人に対してです」


 ハールトは一つため息をついた。付け上がっている。こいつら殺人鬼の力は元はといえば、ハールトの物。そのハールトに対して、取引を持ち掛ける?

 笑わせるな。


「一体、君たちに、何が、できるって? ん? いいか? お前ら・・・は確かに殺人に対しての躊躇がない。そこは評価しよう。ただ、それだけ・・・・だ。お前らが何人いようが、どんな策を練ろうが、ここにいるシャルハットには絶対に勝てない。その程度だ。お前らが特別にできることなんてものはない」


 苛立ちを隠すことなく、ハールトは木原達に告げた。


「もう一度問おう。お前らに何ができる?」


「……シャルハットさん、質問なんですけど」


「はい? 私ですか?」


 木原はハールトを見ることなく、シャルハットを見た。


「もし、『暁部隊』が欠けるようなことがあればどうなりますか?」


「そーですねぇ……。対人結界『皆既食エクリプス』は、6枚の札で作られますが、5枚の札でも結界は継続できる。それと同様、一人欠ける程度ならば、儀式自体ができなくなるってことはないでしょうねぇ。儀式に遅れが生じることはあるでしょうが」


「なるほど」


「……俺も暇じゃない。用がないなら帰らせて――」




「ハールトさん。あなたの気に食わない『暁部隊』の連中を僕たちが殺しましょうか?」




 木原はそんな言葉を平然と口にした。


「ほう」「……なんだって?」


 シャルハットは、興味深そうに話を聞き、ハールトは顔を顰めた。


「こないだの会合、そのほか様々なところであなたを見てきましたが、『暁部隊』のご老人方に色々不満があるように見える」


 ハールトは『暁部隊』。すなわち、儀式を担当する。儀式に関する魔術の腕はいわば積み重ねである。

 ハールトには非常に秀でた才能がある。ただ、それだけでは人生を魔術の研鑽に努めてきた老齢の魔術師にはかなわない。

 それはまあ良い。ただ、歳を重ねれば、それに比例して保守派となり頭は固くなる。そこが気に食わない。すこしでも外れたことをすれば結果を見ずに邪道と言われる始末。

 例えば、『砕け散る器ギブ・ハート』の一件だ。

 現在使われている魔術のほとんどは魔術の祖ゼフィラルテ・サンバースが数百年前に考案した物であるが、ハールトの使う『砕け散る器ギブ・ハート』は違う。これはハールトのオリジナルである。

 保守派の魔術師は、ゼフィラルテ・サンバースの考案した魔術こそが頂点であり、至高と信じて疑わない。そのうえ、古株の魔術師にとって、誇りでもある『器』を分ける前代未聞の魔術ということもあって、『砕け散る器ギブ・ハート』、並びに考案者のハールトは大きな批難を浴びた。

 それなりに実力を認められているため『暁部隊』に選ばれてはいるものの、待遇は悪く老害どもに良く思われていないのは間違いない。


 クソだ。


 ハールトが、『暁部隊』の老魔術師に大きな不満があるのは事実である。


「違いますか?」


「……あぁ、それは認めよう」


「詳しいことはわかりませんが、ここ日本で行われる儀式が成功すれば、魔術が世界を支配をすると言っていましたよね。そうなったとき、あなたより上の人間は邪魔なはずだ。それを僕達が全員殺す」


 シャルハットはくつくつと笑い始めた。


「恐らく、あなた達はこの儀式が終わったら……いや、終わる前かもしれませんが、僕たちを殺す気でいる。それが非常に、非常に困る。……とても恐ろしい」


 木原はがたがたと足を震わせた。


「ハールトさん。これはそれを避けるための取引です。儀式終了後、僕達の命の保証を引き換えに、殺しを請け負います」


「……」


「僕たちはいわば部外者。あなたが動くよりも遥かにリスクがないはずです」


 ハールトの出世において、老魔術師は邪魔だ。そして、何よりも。何よりも、あいつらが気に食わない。

 はっきり言って、木原の提案にハールトは揺れた。しかし。


「……ダメだ。飲めない。お前らは大きな勘違いをしている。とても簡単だ。お前らじゃ『暁部隊』を殺せない」


 『暁部隊』は儀式が専門。確かに『黄昏部隊』ほどの戦闘力はないだろう。だが、『詠唱』はもちろん、広大な『器』の魔力量から魔力を放出し、ある程度の自衛力は持ち合わせている。なめすぎだ。


「もし、儀式終了後お前らが殺しに失敗したとき、『器』を持っていたとなれば必ず俺に疑いが向く。脅されて『砕け散る器ギブ・ハート』を使ったと言い逃れても、俺の信頼は地に落ちるだろう。勝てるかもわからない勝負に俺の全てをベットする気にはなれない。

 ……まあ、良くも悪くもお前らに興味のあるやつなんかいない。儀式が成功すれば殺されやしないさ。帰れ」


 後半の、「儀式が成功すれば殺されない」というのは大嘘である。残念ながら、ハールトの上に老害が居座る限りはこの殺人鬼は必ず処刑される。ハールトの知ったことではないが。


「シャルハットさん、もう一度聞きます。今、もし『暁部隊』が1人欠けても・・・・・・儀式に大きな支障はでないんですよね?」


「えぇ。まあ、『黒葬』は恐らくもうこちらに手を出してこないでしょうしあまり支障はないでしょうねぇ……。まあ欠けないに越したことはないですけど」


「ハールトさんはどう思います?」


 ……試せと言っているのか。

 遠回しだが、こいつは『暁部隊』の一人を殺して見せると言っている。

 いや、最初の段階でシャルハットに儀式のことを聞いているあたり、この展開を予想していたという感じだ。


「……」


 もし失敗すれば、返り討ちにされてこいつらは死ぬ。『極夜の魔術団』は人手不足だが、『黒葬』という大きな邪魔者は消えた。いた方が良いが、いなくなって大きく困りはしない。

 今ならこいつらが『器』を持っていることは不自然じゃないし、『器』を分けること自体は皆が賛成したこと。そして、殺人鬼をみつけたのは、『暁の1』の占いだ。ハールトに対しての批難は、監視を怠ったという点のみだろう。そもそも失敗した時点で、損害はでていないのだから、ハールトに大きなリスクはないだろう。

 儀式はどうだ。ハールトとして、儀式は絶対に成功して欲しいと思っている。ただ、それは魔術が世の中に認められ、自分が『上』へ立つためだ。他の『暁部隊』の老害とは、儀式を望む理由・・・・・・・が違う。

 本当に、上へ立つことを考えるならば――。


「……あぁ、そういえばシャルハット。『暁の5』が、最近住む場所を変えたらしい」


 シャルハットはハールトの言葉に笑みを浮かべる。


「へぇ、どちらに?」


 ハールトは、『暁の5』が住む場所を伝えた・・・


「……では、ハールトさん。僕たちは用事・・があるので」


「……言い忘れたけど、後始末・・・はしっかりしてくれよ。埋めるなり沈めるなり」


 木原と篠崎は、そう言うとアパートを出て行った。


 部屋に残されたのはハールトとシャルハットだけである。


「……止めないのかい?」


「私がですか?」


 ハールトはシャルハットの方を見た。


「私はねぇ……楽しければ良いんです。『極夜の魔術団ここ』にいるのはただの義務ですから。必ずしも最善を選ぶ必要はないんです」


 義務。シャルハットの言う、義務とはなんだろうか。


「死のうが生きようどーでもいんです。コクソーも殺人鬼もおじいちゃん達もね。ま、長生きはしたいので、この件には一切関与しませんよ。恨みを買うってのは色々大変でしょうから」


「……儀式が失敗する確率はあがるけど?」


「それもどぉーーーでも良んです。言われたことはやりますけどね。義務ですから」


「……ピザでも取る?」


「イタリア育ちなのでピザには厳しいですよ? 私」


 お互い深くは詮索しない。

 シャルハットとの、その関係がハールトにとっては心地よかった。


 ◆


「あれ、新入社員ちゃん? どっか行くの?」


 春奈に声をかけたのは『barBLACK』のマスター伊勢原 導治である。


「えぇ。……やることがあるので」


 春奈はそう返事をするとふらついてしまった。


「おぉ、大丈夫? なんか無理してない?」


「……そういう日なんで」


「あ、あぁ、失礼……」


 春奈は『黒葬』を飛び出した。

 向かうべき場所はある程度考えている。


【『アトランティス』調査隊、帰還まであと16時間半】

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